229:竜が翼なくして舞う理由
滝の音に混じり空洞を打つような音が響く。奏でるのはデラバンとバーゼィだ。
逆鱗状態の筋肉のない異様な姿は裏腹に、デラバンの動きは力強く、速い。鉾も見事に使いこなし、それは尻尾と共に第三第四の手足となる。
バーゼィの剣がデラバンの腕を打ち鳴らした。空洞を打つような音はデラバンから発せられたものだった。
「鱗の硬さじゃないな。だってそうだろ、鱗は剥げて、再生してる」
彼の言う通り、デラバンの腕の鱗は剣を受け止めるとともに剥げ落ち、剣が離れると新たなものが生えてきた。
「鱗より下……骨か!」
「案外考えているんだな。ただの暴れん坊かと思ったが」デラバンは鉾を薙ぎ、バーゼィを遠ざける。そして鉾で自身の腕を打つ。「その通り。竜人の骨は異空の自然物質のなかで一、二を争う硬さを誇る。そして竜人の本領は、竜骨を統べることにある。硬く、軽く、柔く、重く。自在な骨をもってして翼なくして天を舞うこともできる」
「どうでもいい。だってそうだろ。どうせ竜の神はもういないんだからさ」
言いながらバーゼィは剣を消し、身体を獣に近づけていく。硬質な体毛に覆われ、肥大化する腕や脚。鋭く伸びる爪に牙。そして生える尻尾。
「どうでもいいと言う割には、こちらに似せてくるんだな。未練がましい」
「違うさ。竜の力なんていらないって、証明になる。これで充分だってな!」
跳びかかってくるバーゼィ。デラバンは鉾で迎える。そして受け止めると、膝を突き上げる。ただ膝を上げただけではない。骨を伸ばして突き出したのだ。骨の形を変えることができる竜人の皮膚はもちろん、その変形に耐え得る。骨が皮膚を突き破ることはない。
「ぐぁっ、くそが!」
顎を打たれ上向くバーゼィ。そのまま尻尾で鉾を掴み、くるりと頭を地面まで落とした。その勢いのまませり上がり、デラバンの鳩尾に獣の拳が叩き込まれた。
ぼこぁと、くぐもった音がした。
「んっ」
「なんだ、腹も骨かよ」
「ふんっ!」
デラバンは鉾を手放し、両手を組んで振り下ろし、バーゼィを地面に叩き落した。そうして跳ね返ってきたバーゼィを今度は尻尾で叩きつけ、さらに足で踏みつける。鉾を手に、逆鉾を逆鉾よろしく毛に覆われた背中、心臓に突き刺した。
「ぐぁぁあっ!」
地を這う苦痛の声に目を向けると、デラバンは目を瞠った。鉾が突き刺さってるのが、バーゼィの腹だったからだ。
「いつの間にっ?」
驚いているデラバンを余所に、バーゼィは鉾を掴んで抜こうとする。それに気づくと、デラバン鉾を握る手に力を込めて抵抗する。
「無駄だし」
「!?」
急に抵抗がなくなり、デラバンは体勢を崩し倒れていく。なにが起きたのかとバーゼィに目を向けると、鉾の彼が握っていた箇所がどろりと溶けて、デラバンが握っていた下部と完全に分離していた。
「だっ!」
倒れていくデラバンの腹にバーゼィの蹴りが入った。骨に護られた身体には大した痛手ではない。だがその衝撃に吹き飛んだ先、滝が急に数多のつららの剣山となってデラバンの背中の鱗を剥がした。
「それでも刺さんないのか。なあ、なんだったらいいんだ?」
「竜の骨より硬いものはそうない」デラバンは浅い滝つぼから上がる。「さっきも言った通り、最高峰の硬さだからな。強いて言えば、この逆鱗状態が終わるのを待つことだな。そうすれば腹を裂けるだろう」
「へぇ、じゃあ、待つか……ってなるわけないだろ? だってよお、お前もその気ないんだろっ!」
「もちろんだ!」
デラバンは駆け出した。
ハツカが戻ってくると、イソラは共にデラバンとバーゼィの元へ跳んだ。そして目も前に広がっていた光景に目を見開く。
「え!?」
「なんで、デラバンさんの気配、ちゃんとあるのに……」
イソラもハツカの発言に同感だった。デラバンの気配はちゃんと感じる。猛り狂う逆鱗の竜の気配は、ちゃんとある。
それなのに、これはいったいどういうことなのか。
伏した逞しい身体に折れた鉾の先が突き刺さり、心臓の鼓動を止めている。
竜人の身体を跨ぐように座ったバーゼィがイソラとハツカに黒き目を向ける。
「待ってたぞ」