224:不明瞭
仲間たちがアズを跳び出していく中、セラは実兄の身体の実父と睨み合っていた。なにもできずに動かなかったわけではない。
記憶を見ていた。
ブァルシュ。懐古。同郷。転生。ヴィクード。真実の隠匿。向かうべき果て。監視。ビズラス。ノア。
瞳にだけエメラルドを揺らめかせ、レキィレフォの力を用いて見たヴェィルの記憶。長い時間存在しているヴェィルのすべては見れなかったが、ここに至ったごく最近の出来事を共有したのだ。その中でも特に、色濃く前面に出ている記憶が、ゼィロスのもとに現れたナパスの民ブァルシュとのものだった。それだけでも、どうしてヴェィルがノアの身体でここに来たのかを知るには充分だった。
「ノアの身体は返してもらうっ!」
セラは掴まれた腕を捻り、空いた手で裏拳を放つ。それはヴェィルによって防がれるが、二人はそれを機に距離を取る。
「俺の身体と故郷を返せば済む」
「そんなことさせるわけない」
「なぜ拒む? 俺は奪われたものを取り戻そうとしているだけだろう」
「それは……違う」
セラはこれまで奪われた多くの命や世界を想う。
「あなたはそのために、関係ない人たちの大切なものを奪いすぎた!」
「関係ない? 違うな。神々の恩恵を受ける者。俺の目的を邪魔する者。必然の報いだ」
「平和的な解決だってできたはず!」
「ありえない。これは復讐だ。話し合って済むのなら復讐ではない。お前もやっただろ? 復讐。なぜ否定できる」
「……」
「己だけを正当とするのか? 俺となにが違う」
「それ、は……」
「お前も強き想いに衝き動かされ、故郷のため、愛すべき民のために戦っただろう。立ち上がっただろう!」
「それとは……違う」
「違うものか! 知りもしないで否定をするな! 自分が大切なものだけ護れればそれでいい! 邪魔をする者は捻じ伏せる! 奪う者は殺す! 敵を根絶やしにしなければ安らぎはない!」
「……違う」
「ふんっ、理なき一点張りか。我が娘ながら浅いな。徹することのできないその浅さが、喪失を招くのだ!」
ヴェィルがその手に黒き靄の剣を出現させ、セラに迫った。セラはウェィラでそれを受けながら、もう一方の手でフォルセスを抜き振るう。ヴェィルがもう一本の剣を現し、容易く受け止められた。
「俺が不完全だからと全力を出さないのならば、俺の目的は果たされたも同然」
見抜かれている。
修行で想造状態の制御を身につけたセラ。今、瞳だけをエメラルドに輝かせている状態。この状態ならば、知り得ている技術を最大限の力の発揮で扱うことができる。ただそれも一つから三つ同時が今のセラの限界だった。それ以上複数の技術を同時に使えば、増やせば増やすほどに一つ一つの質が落ちていくのだ。そしてなによりこの状態では、想造の民の神髄である無から生み出す力は使えない。負傷をなかったかのように治すこともできない。
ヴェールを纏わなければ。
しかしセラは頭の片隅に恐怖に近い憂慮を覚えていた。
ヴェィル本人への恐怖はないのだ。だが、ヴェィル自身が言ったように不完全なのだ、彼は。想造を全開に戦ったとして、それで及ばなかったらどうする。それもここで及ばないとなれば、ヴェィルは身体を取り戻し、さらなる力を手に異空に脅威を振るうだろう。そうなれば隙があっては駄目だとヨコズナが言っていたのを思い出す。ここに来て、ヴェィルを目の前にして、彼と自分の信念に明確な違いを打ち出せなかったことに、セラの中で弱気が膨れ上がっていた。
『随分弱気じゃない、セラフィ』
『そうだそうだ。駄目なら修行だろ』
『セラ。ゼィグラーシスだ』
アズの地に眠る白の友と幼馴染、そして兄の声がした。憂うセラの背中を押し、弱気を吹き飛ばしてくれる。
そうだ。
やってみるしかない。やらなければ、敗北しかないのだから。今はここで父を止めることだけを考えればいい。
セラの周囲に碧が渦巻く。
「終わらせる。ここで、あなたの復讐を!」
「いいや、はじまるのだ。すべてを取り戻し、そして、神々を討ち滅ぼす撲滅が!」
「そろそろ戦いがはじまる頃でしょう」
フェルは百余年前のホワッグマーラ・マグリアの時計塔の最上階で、当時の識者と現在の識者の二人に目を向ける。
「進捗状況はどうですか?」
彼女の問いに対して、灰銀髪が作業の手を止めて机から顔を上げる。
「上々ですっ! セラちゃんたちのため、なによりユフォンくんのため! むしろ想定より進んでますっ!」
「ヒュー、手を止めるでない。完成が見えたからこそまだまだ終着点が遠いとわかる」
「はい、ジェルマド大先生っ! まずはフェズくんの夢を叶えてあげましょう!」
木組みの建物を遠くに見る町はずれ。
碧き花と共に現れてすぐ、ハツカたちはバーゼィから距離を取った。
「咄嗟にヒィズルに跳んだけど、大丈夫だよね?」
「ま、他の世界に迷惑かけるよりはな。俺でもそうしたよ」
「うん! それに、お師匠様もいる! みんなであいつを倒そう!」
ハツカがバーゼィを見据えながら聞くと、テムとイソラは強く頷いて応えてくれた。
「俺もいいと思うぜ。だってそうだろ、ここがお前らにとって大事な場所なら、死に場所にはもってこいなんだからな!」
バーゼィは薄い茶色の瞳を黒く染め上げた。




