214:三週間
「今回は三週間ですよ!? もう耐えられません。どうじゃばじょおぉ~……」
ゼィロスは既視感を覚えていた。
灰銀髪を盛大に躍らせて、魔導賢者ヒュエリ・ティーは机を叩く。その顔は今にも泣きだしそう……否、すでにぐちゃぐちゃだ。その点は彼の知るものとは違った。
いいや、記憶にある光景と今回は全くもって違うのだとゼィロスは思い直す。
「俺だってわかっている。だから落ち着いてくれ、ヒュエリ」
「無理でずよぉ~、だってぇ、だってぇ~」
「今回は研究して待っていろとは言わない。俺だって気が気じゃないのは一緒だ」
「うぅぅ~……」
ぐずぐずの目がゼィロスに向けられる。彼は自身の焦燥を落ち着ける意味合いも含めて、心を律しながら状況をはっきりと口にする。
「……ヌォンテェもコクスーリャも、エァンダでさえお手上げ状態だ。それならとセラを頼りたいところだが……彼女もいない。現状の連盟の力を注ぎに注いでも見付からないのだから、俺たちには信じ、無事を祈ることしかできないんだ」
アズの地が沈黙に圧し掛かられる。
その時だった。
ゼィロスの小屋に碧き花が閃いたのは。
想造の副作用からの回復を待ち、セラがイソラとハツカと共にアズの地に姿を現すと、ヒュエリはともかく、ゼィロスまでがふざけにふざけているのではないかと思うような大げさな驚き顔を見せた。
「セ、ラ……!?」
「……伯父さん、驚きすぎじゃない?」
若干引いたセラにゼィロスはものすごい剣幕で彼女に詰め寄ってきた。
「なにっ?」
「なに、じゃない! お前はいったいどこに行っていたんだ!」
「ああ」セラはヒュエリに行き先を伝えなかったことを思い出す。「ごめん、ちょっと神の墓地まで……なにも言わずに行ってしまってごめんなさい、ヒュエリさん」
伯父の視線から外れて、顔を涙で濡らす司書に謝る。すると彼女までがセラに詰め寄ってきた。
「ユフォンくんはっ!? 一緒じゃないんでずかぁ!?」
「ユフォン? ユフォンならネルのところで別れて…………」
言いながらセラは表情を険しくする。その様子を見たイソラとハツカも気配を探りはじめたようで、続いて顔に力が入る。
「ユフォンが、いない……」
セラは軽くゼィロスとヒュエリを押し退け、回復したばかりの想造を全開にした。ハツカを見つけ、バーゼィから助けた時のように、異空中を感じ取るために。
「……どうし――」
言いかけてセラは首を横に振って諦めを振り払った。そうして今度は知ったばかりの力を使うことにした。超感覚や気読術でも追えなかったイソラをハツカが捜し出した時のように。
糸を辿れば。
その考えは一瞬にして砕かれる。
彼との繋がりが、なかった。
彼女の思考に、絶望が足音を響かせて近付いてくる。
と、絶望との間にゼィロスが割って入る。
「セラ、取り乱すな。とりあえず、お前やイソラのいなかった三週間のこと。そこから話そう」
「三週間……?」セラは言葉と共にヴェールをひっこめた。「いつからの?」
「だから、お前がヒュエリの前から跳んで行方をくらました日からだ」
「うそ、三週間なんて」
セラが同意を求めるようにイソラに視線を向けると、彼女は前髪を跳ねさせて頷いた。
「そうだよ、時計を見てないから正確な時間はわからないけど、長くても一日経ったかどうかくらいだよ、あたしたちがあそこにいたのは」
「時濃度が違っていようが、一日は一日、一週間は一週間だ」ゼィロスは眉をひそめながら言う。「今さら言うことでもないだろ」
「待って、ゼィロス伯父さん。時濃度の問題じゃない……」セラは思いついたことを口にした。「わたしが修行したときは何か月もあの場所にいた感覚だったけど、二日くらいしか経ってなかった。そして今回はあの時より短かった、なのに三週間経ってた……ザァトの言ってた時の樹の洞ってそういうことなのかも。時軸との関係性が特殊な場所」
「ぢょっどぉ、みなざんっ、今、そんなこと、あとでいいじゃないでずがぁ~! うう゛っ!」
ヒュエリが泣き、怒り、唸る。もちろん心中を察するセラだったが、その獣のような司書の姿の物珍しさに、気圧されてしまった。
「ぁ……ははっ、そうですね」