212:家族の再会
「ふわぁ~……、ぁ、おはよ~、イソラ、セラ」
セラの姿をしたイソラは大きく伸びをして、何気ない朝を迎えたようにセラとイソラに目覚めの挨拶をした。そして、二人の後ろにいた神を見つけると、跳び上がるように仰け反った。
「えっ! お父さんっ!?」
「お、ようやくだ」
ザァトはセラの隣にいたイソラに盛大に抱きついた。そして、その勢いのまま飛び退いたイソラも巻き込んで、神は二人の娘を再び抱きしめた。
「父ちゃんだぞぉ! 二人とも!」
「うぁっ」
「おろろっ」
「ずっと、こうしたかったんだっ、ずっと…………」
その目から涙を流すザァトに、二人のイソラは一瞬の戸惑いを見せたが、目配せし合うと、父の背にそれぞれ腕を回した。
その様子を見ていたセラは、微笑ましくなって見守った。ただ、それだけでいいのか、なにか自分にできることはないのかと、しばし考える。そして思いつく。
できるかどうかはわからない、本当にただの思い付き。
セラは碧きヴェールを纏い、ゆっくりとイソラたちに近づく。それからザァトの肩に優しく手を置いた。
玉の緒の神の力は、もう知っている。だからもしかしたら、それができるかもしれないと思い付いた。
セラは瞳を閉じて集中する。瞼の裏に、張り巡らされた糸たちが見えてきた。その中から、ザァトや二人のイソラに繋がる玉の緒を手繰り寄せる。複雑に張り巡らされたそれらの中からただ一つの糸を求めて。
ザァトの嗚咽が集中を乱したが、問題はなかった。それはとても目立つ糸だった。あとはこの繋がりを用いて、彼女をセラたちの前に呼び出せれば親子の再会は完成される。たとえそれが一時のものだとしても、成されるべきだ。
セラは幽体化のマカの技術を用いてみた。自分でやったこともなく、他人に使えるのかどうかも定かではなかったが、成功した。
彼女を家族の再会に交えることができた。
「こら、ザァト! 泣きすぎ! イソラたちが困ってるでしょ!」
セラが瞳を開けると、セラの向かい側、抱き合う三人の向こうに、浅く焼けた肌の溌溂とした女性が立っていた。彼女がハツカ・イチだ。
顔を上げたザァトが目を瞠った。「ハツカ……」
「なに情けない顔してんだい、角おっかくよ」
「どうし……」
ザァトは言葉を止めてセラを振り返った。セラは彼に笑顔で頷いた。自分の声は、この家族の再会には雑音でしかない。
「お前、ほんとに……んぐっ、やっぱあいつの娘だな」
その言葉にセラは訝しんで問い返そうと思ったが、ぐっと堪えてザァトに家族の方を示す。
「わりぃな」
イソラ二人と共に立ち上がり、今度は四人で抱擁した。玉の緒の神一家。
「お母さん……」
「ハツカさん……」
「大きくなったね、イソラ。二人とも」
「お前はあの時のまんまだな、ハツカ」
「それはあんただってそうだろう」
「俺は神だからな」
「あはっ、なに言ってんだい……まったく」
そのあと、沈黙を涙の音が埋めた。
しばらくして、ザァトが家族を離した。
「イソラ、ハツカ」セラのイソラとハツカを見て彼は言う。「頼りない親父で、夫で、悪かった。大事なものなに一つ護れなくってよぉ……」
「違う。あんたは立派な男だったよ。それに、あたしの方こそ、最後、あんたを信じ抜けなかった。イソラを見殺しにするんだと思った……最低な妻だよ」
「そんなことないよ、お父さん、お母さん!」イソラが両親に訴えかける。「二人とも最後までわたしを想ってくれてた。赤ん坊だったわたしに、意識なんてなかったけど……わたしが今ここにいることが、その証明! 二人の想いが、わたしをイソラまで繋いでくれた。ね?」
イソラはヒィズルのイソラを身体に引き付けて笑う。それにヒィズルのイソラも笑顔で答える。
「うん!」
と、一転してヒィズルのイソラは戸惑ったような顔を見せる。
「……えーっと、なんかあたしも混ざっちゃったけど、あたし、二人の子じゃ――」
「なーに言ってんだい」
「そうだそうだ。お前も俺たちの娘だ。誰がなんて言おうとだ」
「いいの、かな……」
「いいんだよ」ザァトがイソラの前髪を指先で弾いた。「血の繋がりよりも強い絆……てか、玉の緒で繋がってるんだからな、俺たちは」
セラはここで口を挟むことにした。イソラの状況が自分自身と重なったから。
「イソラ。ザァトの言う通りだと思うよ、わたしも」
「セラお姉ちゃん」
「わたしもさ、血は繋がってないけど、お父様もお母様も、お兄様もお姉様も、それにゼィロス伯父さんも、みんな家族なんだから」
「……ぁ、そっか」
「さすがセラ、いいこと言うな」とザァトがセラの背中を何度も叩いた。
「いたっ……」
「こらザァト! 恩人になにしてんだい」
ハツカがザァトの角を持って引っ張り、セラから彼を離すと自身が正面に立って頭を下げた。頭が上げると、セラと視線が合う。
「セラちゃんだったね。イソラのことも、あたしをここに呼んでくれたことも、ほんと、ありがとう」
「そんな、わたしはみんなに感謝されるようなことは。それに、みんなをこんな状況にしたのは、わたしの本当の父親だから……恩人でもないです」
事情を知らないハツカはザァトに真偽を問う眼差しを向ける。
「セラが言ってることは本当だ」ザァトがセラを両手の人差し指で示す。「俺たちを殺したヴェィルの娘」
ハツカは僅かに目を瞠り、それから唇を噛みしめた。それから長く息を吐いてから口を開く。
「そっか。でもそんなふうに自分を落とさなくていいよ、セラちゃん。あたしたちを会わせてくれたことに変わりはないし、なにより、宿命っていうのかな、そういうのと戦ってるんだろ、セラちゃんは。目を見ればわかる。それをあたしは汲んでやらないといけない。そうしなきゃ、女が廃るってもんだろ?」
そう言って白い歯を出したハツカ。
「ハツカさん……」
セラはその温かい笑顔につられて笑うのだった。
「ハツカさん……かっこいい」