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碧き舞い花Ⅱ  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳:御島 いる
第四章 黄昏の散花
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207:想造の閃き

 真っ暗な空間、照明に浮き立った二人が、距離を置いて背を向け合っていた。

 ィエドゥが膝を着いた。そして、彼を照らす照明が消えた。

 セラだけが残された。

 すーっと、彼女を照らす光が細くなっていく。

「?……っ!」

 彼女の背後から、その右耳の水晶に手が伸びてきた。ィエドゥだ。それを躱すと、セラは完全な暗闇の中に入った。

 そしてそれが黒幕と呼ばれる演目の本当のはじまりなのだと知ることになった。

 気配を感じ取れない。

 ィエドゥを感じない。自身のヴェールさえ見えない。ただ自分の身体だけが、黒の中にあった。

 これは夢で見た光景に似ていた。そのものと言っても間違いではないかもしれない。だが、セラは違和感を覚えた。少し違う気がした。これではない気がした。

 正面から彼女に向かって手が伸びてきた。黒の中から、ぼんやりと、唐突に。

 見え透いている。セラは感覚を閉ざされながらも、ィエドゥがしようとしていることに呆れてしまう。迫る手を払い、すぐに右耳に迫る背後からの手を掴んだ。

「それで取れると思ってるの?」

「まだ取られていないと思っているのか?」

「っ?」セラはすかさず自身の耳たぶに触れた。そこに馴染んだ感触がなくなっていることに気付く。「!?」

「手品師を相手にするのに、見えているもの、感じているものだけを頼りするのはよくないな」

「……そうね」

 セラは耳から手を下す。

「だからこれも、嘘。わたしから感覚を奪って、耳飾りがないように思わせてる」

「どうかな?」

 その声と共に、セラの正面に水晶の耳飾りが浮かんで現れた。それを持つのはィエドゥの手だ。

「それも幻覚でしょ。ここはお前の意識の底から作られた空間。なら簡単にできること――」

 セラは言いながら、ふと気づいて口を閉じた。

「ん? どうした?」

 どこからともなく聞こえる手品師の声。

 どこにいるのか。

 外だ。

 煌白布の中に意識の底を引き上げて作ったという空間。

 煌白布の中の空間。

 一緒にィエドゥも入ったものだと錯覚していた。すでにそこから手品師の術中だった。

 煌白布の特性上、中から自力で外に出ることはできない。外にいる誰かが、布の入り口を広げなければならない。

 そもそも煌白布だということが、ィエドゥの嘘かもしれない。

『夜霧』の仲間が別の場所で入り口を開けるかもしれない。

 けれども、例えそうであっても、可能性を捨てる理由にはならない。

 セラは瞳を閉ざし、ヨコズナの試練で飽きるほど見た、自身の意識の底の景色を思い浮かべる。原理はわからないが、ィエドゥの意識の底が煌白布の中に引き上げられて、再現されている。それならセラにだってそれができないとは考えにくい。

 想造する。

 ユフォンの下宿を再現したのと、そう変わらない。

 想造する。

 あの場所での過去との修行。あの時に想いを馳せる。

 想造する。

 煌白布から出ることは今は考えなくていい。

 想造しろ。

 想造の閃きを。

 掴む。

 瞼の裏に揺らいだ碧。彼女がサファイアを露わにすると、前に伸ばした左手が碧を掴んでいた。合間から輝きが漏れる手を胸の前に持ってくると、力を込めて、漏れた光すべてを手中に収める。

 閃光。

 彼女の身体を伝い、碧がフォルセスに宿った。

「ん?」

 ィエドゥの疑問の吐息が聞こえたころには、セラはフォルセスを床に突き立てていた。

 光が破裂する。

 黒が晴れていく。

「まさか、ここまでとは……!」

 碧一色空間にセラとィエドゥは立っていた。

 セラが耳たぶの水晶を確認すると、ィエドゥが拍手をしはじめた。

「見事なショーだ。褒め称えよう、セラフィ」

「ご褒美にみんなを閉じ込めた箱くれる?」

「この空間から出ることは望まないのか? 君を閉じ込めたまま、ヴェィルさんが装置を見つけるまで待つこともできるんだぞ」

「そんなに待つ気はない。たぶんもうすぐ捜し出してくれる。ううん、もう捜し終えてるかも。あとはここからわたしを出すだけ。だから箱があればいい」

「出し方がわからなければ意味がないと思うが?」

「連盟には優秀な人が集まってる」

「時間がかかれば中の人間は死ぬぞ」

「どうかな? みんなしぶといと思うよ」

「それも信頼か」

「そういうこと」



「あなたが話し相手になってくれないのなら、マスターと話すことにしますよ」

「ご自由に」

 肩を竦め、酒を一口飲むネゴート。コクスーリャはそれが終わるの待って、彼がカウンターに降ろしたグラスと、自分の前にあった口をつけていないグラスを入れ替えた。それから軽く手を挙げてマスターを呼ぶ。

「マスター」

 はい、とマスターがグラスを拭きながら移動して来る。そこでコクスーリャは交換した口をつけていないグラスに、手を被せるようにして、ネゴードの前からマスターの方へ滑らせる。

「なんでしょう」

「彼、お酒を飲まないようなので、もしよかったらどうですか、マスター?」

「いえいえ、わたくしは仕事中ですので」

「そう言わずに、他にお客さんもいないですし、いいじゃないですか」

「はあ……」

 困惑した様子でグラスを拭き続けるマスター。コクスーリャはそんな彼の目を下から見つめ上げる。

「それにしても……さっきまでいたお客さんたちは、どちらに行かれたのでしょう?」

「……」

 コクスーリャの問いかけに、マスターは手を止めて、ただ探偵を見返した。

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