20:すごい強い人
セラが地下闘技場に入ってすぐ、彼女の前に知った顔が現れた。
腰の後ろの隻翼。耳の上の羽根っ毛。長い蒼白の髪。帯びた二本の細剣。
「プライさん!」
『三つの蒼』の天原族、プライ・ドンクバだ。
「ああ、やっぱりセラだったか。久しいな」
二人は握手を交わす。
「二年も会ってないですもんね」
「修行の旅に出ていると聞いていたが、終わったということか? 参加を決めてよかった、面白くなりそうだな」
「あぁ……」
「どうした?」
「いえ、修行はまだ終わってないんです。一度目を失敗しちゃって、今は新しくはじめたばかりで」
「なるほど、この大会は多くの経験を得るにはちょうどいいということか。戦うことになったら、いい修行相手になってやろう。今度は本気でな」
「わたし、勝てるかなぁ」
「謙遜を。あの時はともかく、今じゃ俺が本気でやって勝てるかどうかだろ」
「わかんないよ。失敗したばっかだし」
セラは小さく肩を竦めた。
ビュソノータスやジュラン達についてセラとプライが話していると、闘技場の天井から下がった五角柱の側面に禿げ上がった頭の老人が映し出された。
『私だ。コロシアムを取り仕切る、クラッツ・ナ・ゲルソウだ。ここで一番偉い人間だ』
クラッツの登場に合わせ、闘技場の壁に地上の客席が映し出される。
歓声が戦士たちを包み込む。が、すぐに偉そうな声が遮る。
『これから開催されるのは、第十九回魔導・闘技トーナメントの予選ではない! 此度の大会は復興記念にして、新生大会! 故に名を改めさせてもらおう。全空チャンピオンシップ! それが今大会の名である!』
なにを言い出すのかとぽかんとしていた参加者と観客たちであったが、それもすぐに終わり、支配人が宣言した新たな名称はすぐさま受け入れらえた。恐らくは深く理解している者は少ないだろう。名前が変わったという事実に対しての歓声や拍手だ。
束の間、舞い上がる人々を手で制するクラッツ。満足そうに顔をしわだらけにする。
そうして徐々に静まっていく観客たちの余韻に浸ると、威厳を覗かせる表情で口を開く。
『新たに生まれ変わった記念すべき第一回大会、その予選の内容については、我らがマグリアの帝、ドルンシャ様にご説明していただきます。ですがその前に、私から一言』
クラッツは地下に集まった出場者たちを睨むように目を細め、低く言う。
『この大会で命を落としても我々は責任を負わない。だが! 他の参加者の命を奪う行為は許さない。即刻失格、および逮捕だ。忘れるな』
そしてにこやかに。
『では、私はここまでだ。諸君の健闘を祈る。続いて、ドルンシャ帝が予選の説明をしてくださる。心して聞け!』
クラッツが映像からはけ、変わって淡い紫色の瞳と髪の男が映し出される。
「ドルンシャ帝、出ないって主催者側ってことか」
セラが呟くと、プライが視線を上げたまま問う。「帝が知り合いか?」
セラも映像に目を向けたまま答える。「うん。すごい強い人。六年間は顔隠して出場したの」
「セラが『すごい強い人』か。確かに、画面越しなうえに、この世界の力を感じとれない俺でも、すごいとわかる」
画面の中の帝からは、プライが言うようにひしひしと伝わってくる迫力があった。神への畏敬とは違う、純粋な人として、同じ人としての安心感と近寄り難さ。
実際に彼と接したことのあるセラには、彼の人となりが人を寄せ付けないようなものではないことは承知のこと。それでも、そう感じてしまうほどの凄味があるのだ。
試練を進めれば、それもなくなるだろうか。
セラがそんなことを考えていると、隣のプライが零す。
「似てるな、セラに」
「え?」
思わず、顔をプライに向けてるセラ。
「お前も『すごい強い人』の一人だと思うが、俺は」プライはセラに笑いかける。「自分で気づいてなかったのか?」
「そんな、わたしじゃドルンシャ帝には敵わないよ」
首を横に振るセラに、プライは肩を竦め、画面に向き直った。