206:新たな闘技
「あんなエネルギー反応を持つ相手に引けを取らないなんて、ケン・セイさんもさすが、というか異常ですね……」
呆気にとられるチャチを余所に、師匠ともう一人のイソラの攻防をテムはつぶさに観察した。
「俺には……さっぱりだけど、なんか掴んだか、テム……」
ようやくといった感じで言葉を紡ぎ、キノセが問いかけてくるが、テムは答えずに観察に集中した。
新たな闘技。
躱されたはずの攻撃が、繰り出した拳や蹴りとはずれた場所から敵を襲う。最初にイソラを殴ったあの技術。今も攻防の中で見て取れるが、あれはきっとデルセスタ棒術の蛇爪に似た感じだろう。だが闘気を放つのとはまた違った印象を受ける。まるで腕や脚を増やしたように、その場に留まった闘気が攻撃しているようだ。
闘気を留めると言えばあからさまなのが、波紋の球体だ。
闘気は、放てば消える。それが闘気の迸りの常識だ。いや、だった。それを覆す技術なのだ。それも自身の闘気だけでなく、相手の闘気まで留めている。
ただ、いったいそれがどうだというのだろうか。
今のところ留めているだけで、なにも起きていない。
きっとその答えはもうすぐ出るのだろう。
闘技の技術は三つで一組。
移動術、見捌きの技術である駿馬、水馬、天馬の馬の組。攻撃術、当て身の技術である闘牛、水牛、天牛の牛の組。
現在ケン・セイが見せたものが、見逃しなくテムが見て取れている二つだけならば、あと一つ師匠は新たな技術を見せるはずだ。
名は明らかではないが、闘気を留める系統の組。
これは言わば、闘気の三要素である鎮静、静止、放出に次ぐ、第四の要素だ。体表に気膜を張る静止と、打ち出し迸らせる放出の合併とも言える。いいや、闘技と闘気がうまく噛み合った一段階上の技術と言っても過言ではない。
早く、三つ目を見たい。そして自分も体得したい。
テムは爛々とした目で、師の戦いを見据える。
「そろそろ、終わりだ」
未熟な半神には、通用することもわかった。なにより、余裕も残っている。邁進はしないが、ひとつ、指標ができた。
ケン・セイは黒イソラから距離を取った。
「天鶏」
言いながら、広げた右腕を巻き込むように曲げた。
途端、留めていた波紋の球からそれぞれ鋭利な闘気が飛び出す。それらが黒イソラへ向かう。彼女は回避行動に出るが、逃がしはしない。
闘気の直線一本一本が、ケン・セイの意のままに動く。駿馬で逃げようが、挟み撃ち。水馬で急旋回しようが、曲線となる。天馬で舞おうが、降り注ぐ。
勝負は、決した。
倒れたイソラから黒が剥がれていき、色を取り戻していく。セラに似た外見だ。
「イソラっ!」
イソラがイソラに駆け寄ったのを見て、ケン・セイは僅かに口角を上げた。
呼びかけには応えはなかった。
イソラはセラの顔をした自身の半身の頬をぺちぺちと叩いた。
「イソラ、起きて。戻ってきて」
彼女の手を取り、自身の胸の前で握る。
「イソラ!」
「おい、イソラ」
イソラを呼ぶイソラの肩に、後ろから来たテムが手を置いた。
「無理やり起こすなよ。師匠との戦いのあとだぞ? それに暴走もしてた。身体に障る」
「……うん」
「それより、今のはあくまでも、その、セラ姉ちゃんの顔したイソラ? の暴走だろ? この空間の影響もなくはなさそうだけど、倒したから出られるってわけじゃなさそうだし、出る方法を考える方が先だ」
ケン・セイがオルガに身体を預けるキノセに目を向ける。
「キノセ、あの状態。テム、お前に任せる」
「まあ、そうなりますよね」
テムはどうしたものかと、今はもうなにもなくなった空間を見回した。
「そうですか。白い布で消えたと……」
客のいない店内。カウンターに着くと、自分とネゴードの分の酒を頼んでからマスターに話を聞いたコクスーリャ。マスターは少々戸惑いながらも、見た出来事を順を追って語ってくれた。
「ありがとう、マスター」
礼を言われ、仕事に戻っていくマスター。彼が離れてグラスを拭きはじめるのを見届けて、コクスーリャはネゴートに問う。
「箱について教えていただけますか?」
「ん? もう万策尽きたのか?」
「ま、そうでもないんですけどね」
コクスーリャはグラスを傾け、氷を鳴らした。