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碧き舞い花Ⅱ  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳:御島 いる
第四章 黄昏の散花
201/387

198:箱

 独房の扉がノックされた。

「どうぞ」コクスーリャは扉を見ることなく、ネゴードに視線を向けたまま笑む。「有意義にはならなかったですね」

「まだ現実世界での時間は終わってないですよ。結果を急ぐ必要はないでのでは?」

 ネゴードの言葉にコクスーリャは小さく鼻で笑った。余裕に見せて、こちらが隙を見せるのを窺っているのがみえみえだと彼は思った。

 扉が開き、ヒュエリ・ティーが入ってくる。その胸に大事そうに、陽炎のように揺らめく書物を抱きかかえて。

「準備ができました、コクスーリャさん」

「じゃあ、任せるよ」

 コクスーリャが席を立ちネゴートの前からどくと、ヒュエリが彼の正面に緊張した面持ちで立った。

「魔導書館司書殿のお目に掛かれるとは光栄だ。そしてその本。『副次的世界の想像と創造』の実物をこの目にできるとは」

「光栄続きですね、あなたは」コクスーリャがわきで悪戯っぽく言う。「これからその本の中に入れるんですから」

「本当に光栄ですよ。よもや本物(・・)を体験できるとはね」

「?」

「えっと、じゃあ、ネゴード・ボエルさん、あなたをこの本の中に――」

「待ってくれヒュエリ女史」と探偵は司書の動きを遮った。

「ひぇい?」

 コクスーリャは鋭い瞳と声でネゴードを刺した。「今のはどういう意味だ」

「ふふっ、本物ではないものを体験したことがあるということだが? つい最近、新作を売ってね。売る前に性能を試験するのに、自らで試した」

 ネゴードは不敵にコクスーリャを見やってくる。

「世界内世界、時軸の影響を受けない空間。その本や、『乖離の鍵』、そして『白昼に訪れし闇夜』が求める装置もしかり。そういった古くから存在が認められながらも、現在の技術では再現されていないそれを、わたしはついに完成させた。その牢獄に収容された人間は、この異空から感知されることなく死を待つのみ」

「時軸の影響を受けないのなら」ヒュエリが恐る恐るだが、まっすぐとネゴードに訴える。「年老いることも、空腹になることもないはずです……死は来ないはずです……!」

「着想こそそういった空間でしたが、兵器にするにはただ閉じ込めるだけでは不十分でしょう。殺すことを目的としたものなのだからな、兵器というものは」

「……そんな。ぁ」ヒュエリはなにかを思い付いたように小さく肩を震わせた。そして表情を青くする。「もしかして……」

「ああ」コクスーリャはヒュエリに頷き、それからネゴードを見た。「ケン・セイたちが消えた理由」

「ふふっ、さあどうする探偵さん。あの()のすべてを知るのはわたしだけだが?」



 薄暗い落ち着いた雰囲気のバー。カウンターに座るハットを目深に被ったタキシード姿の男の両隣を、セラとイソラで塞いだ。

「おいおい、んー? なんだなんだぁ? 俺ってばモテてる、もしかして。マスター、この絶世の美女二人にワインを。俺の奢りで、たんまりと…………渡界人でも酔っちゃうくらい頼むよ」

 浮ついた語気ではじまったかと思うと、最後には鋭くなった男の言葉。グラスを弄ぶ手を止めると、急に腕をセラとイソラに振るった。その袖口からは仕込みナイフが飛び出して、二人の喉元寸前でぴたりと止まった。

 男はさっとナイフを引いて、それからくるりと椅子の上で回転し、カウンターに背を預ける。

「ショーの時間は終わったんだが? なんの用だい連盟の諸君」

「お前、第二部隊のィエドゥ・マァグドルだな」

 男の背、今は正面となったそこに立っていたキノセが男にそう問いただした。

「そういう君は、キノセ・ワルキュー。前々から君の音楽を聴いてみたいと思ってた。そうだ、『碧き舞い花』もいることだし、ここでジャズでも披露してくれよ」

 ィエドゥは顎をしゃくって店の奥に設えられた小さなステージを示した。

 そんな彼にイソラが詰め寄った。「イソラはどこ!」

「ん? イソラ? イソラ・イチか……それにケン・セイにテム・シグラ、あと小人の娘。君ら、わざわざ俺のところに確認しに来たのか? 気配が感じ取れないんだ、その意味くらいわかるだろ?」

「イソラの糸はお前に向いてるっ! イソラは生きてる!」

「糸?」ィエドゥはハットの奥からイソラを見つめた。「ふーん、面白いやつだ。舞い花とイソラ・イチの気配が混じり合ったその奥に、また別の気配。それも神の()を感じるな。半神か」

 ィエドゥの洞察にセラは視線を鋭くする。全くの他人であるこの男が、一目見ただけで神の血まで見抜くことなんて普通では考えられない。この男もまた神に通ずるなにかを持っているというのか。バーゼィのように。

「半神もまた神だ。神の根絶やしがヴェィルさんの目的……見過ごすわけにはいかないな」

「!」

 セラは目を瞠った。ィエドゥは『ヴェィル』と口にした。それなのに、気が狂う様子はない。

「お前」キノセもその事実に気付いたようで、眉間に皺を寄せた。「呪いをかけられてないのか……?」

「俺たちは特別でね。それにヴェィルさんも次を見据えてるんだ」

「次?」

「諸君には関係ない……いや」ィエドゥはセラを見た。「君にはあるのか、舞い花」

 言い終えた彼の視線はサファイアから右耳の水晶に向いた。さっと手が伸びてくる。すかさずセラは顔を引いた。

「冗談だよ」ィエドゥは肩を竦める。「奪える瞬間があるのなら、奪ってしまってもいいと思うだけどな、俺は。ただヴェィルさんは手元に置いて気持ちが急いて、失敗してしまうのが怖いんだろうな、きっと」

 たんっとィエドゥは椅子から飛び降りた。

「さて、じゃあ……」ィエドゥは手をすり揉みした。「特別にはじめるとしよう俺のショータイム。再演の名は――」

 すり揉みした手の中、どこからともなく立方体が取り出された。

 トルルル、トルルル――――。

 不意にキノセの方から音がした。通信を報せるものだ。

 キノセがィエドゥに警戒しつつ、懐からロケットペンダントを取り出し中を見る。「コクスーリャ?」

「君、ショーがはじまるんだ、そんなものはしまうべきだ」

 ィエドゥが人差し指を自分の方へ小さく振るった。するとキノセの手から、なにかに引っ張られるようにしてペンダントがィエドゥの手に納まった。それを手で包み込み、また開くとそこにペンダントはなく、音も止まった。

「さ、改めて、演目の名は……『神隠し』」

 その言葉をきっかけに、ィエドゥの掌、さっきの立方体から眩い光が放たれた。

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