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碧き舞い花Ⅱ  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳:御島 いる
第四章 黄昏の散花
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197:音の記録

 イソラのナパードで移動した先はウェル・ザデレァではなかった。

 夜風の心地いい、煌びやかな街灯が続く長い長い街道だった。夜風には甘酸っぱさが滲んでいる。優雅な酒気だ。

「『酒呑の宴会場』とは大違いだ」キノセは街道を行き交う人々の姿を見て小さく笑む。「大人な酔い方をしてる。俺はこういう雰囲気の方が好きだ」

「『酒樽(テシュア)()(ヒク)』の『葡萄の街道』」セラも辺りを見回しながら呟く。「イソラの気配は……」

 言葉を止めたセラを引き継いでキノセがイソラに視線を向けながら言う。「感じないな」

「わたしも気配は感じないの……でも、ちゃんと糸は視えてる。こっち」

 イソラは自信たっぷりにセラとキノセを先導する。



「単純な界音一つ一つを指揮するのは指揮者の基本だ。そこから複数の界音を同時に指揮するのが応用。界音をいくつも合わせれば合わせるほど力は増すし、場合によっては特異な効果を持つものになる。もちろん、一回一回界音を組み合わせればいいことなんだけどな、労力もかかるし戦闘の忙しさの中じゃ正確さも落ちるだろ? だからこいつが役に立つ」

 イソラが糸を辿るのに集中する後ろで、キノセはセラに向かって新たな指揮棒をひょいひょいと示した。

「複雑な界音を記録しておくことで、組み合わせの作業を省き、かつ良質な音を奏でることができる。ジルェアス、試しにお前の音を記録してやるよ。なんか喋ってみろ」

 セラの口に向けられる指揮棒。

「え? そんな急に言われても。そもそもそれって人の声でも意味があるの?」

「…‥よし」キノセは指揮棒をセラから離した。「これで充分。この指揮棒はお前の音を記録した。それで、人の声で意味があるのかって話だよな。当然、記録したんだから意味はある。むしろ、これこそがこの指揮棒の真骨頂とも言える。人含め生物が持つ界音ほど複雑なものはないからな、どれだけ指揮の技術を上げても生物の界音を奏でるのは不可能と言っていい。でも、記録したものを使えるとなれば話は変わる。今この指揮棒を振るえばナパードだってできる」

「ナパードを? それがわたしの界音ってこと」

「ナパードは一例だ。俺がこいつを使いこなせれば声を録った現時点のジルェアスそのものを、幽体化のマカみたいに出すことができるはずだ」

「ほんとに?」

「嘘ついてどうするんだよ。まあさすがに俺でもそこまで使いこなすにはもうちょっと時間がかかるけどな。今は指揮棒を向けた先のものをナパードさせるのが限度だろう」

「それでも充分すごいじゃん」

「お前に言われてもな。あ、そうだ」

 キノセは貝鸚鵡の真珠の指揮棒をしまうと、別の一本を取り出した。それは以前から彼が使っていたものだ。

「これ、お前にやるよ、ジルェアス」

 セラは冗談っぽく訝しむ。「どういう風の吹き回し?」

「別に大した意味はない。ただ俺はもう使わないし、お前なら界音指揮法も心色(しんしょく)指揮法も、音率(おんそつ)指揮法だって使えるだろ?」

「まあ、想造の状態になれば使えないことはないけど。でも使うにしてもわたしの場合自分で指揮棒も作れちゃうし……」

「……それもそうか、じゃあやっぱいいや」

 思案顔を見せてからキノセは指揮棒をしまおうとする。しかしセラはそんな彼の手から指揮棒を抜き取った。

「うそだよ。貰うって、ちゃんと使わせてもらうよ。界音の組み合わせじゃないけど、なにもないところからものを作り出すのも力使うからさ」

「そうか。じゃああとで俺が使い方教えてやるよ」

「うーん、それはいいかな。もう見て知ってるし」

「それむかつくな、やっぱ返せっ、ジルェアス」

「駄目で~すよ。」セラは腰、ウェィラの隣に指揮棒を差した。「もうわたしのですか~ら」

「おい、メルディン様を真似するなよっ!」

「ちょっと二人とも!」

 二人がじゃれ合っていると、イソラが足を止めてぐるりと振り返えって頬を膨らませた。

「楽しそうにしないでよ!」

「ははっ……ごめん」

「あぁ…‥わるい」

「もお……。ここ、このお店の中に続いてる。イソラとわたしを繋ぐ糸」

 イソラが横を向いて示したのは一軒の洒落た酒場だった。

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