188:群青は黄昏を招く
急降下してきた男の刃を受ける。それに合わせて二人を複数の火柱が囲んだ。
「時間が戻ったように感じたけど、違うみたいだ。だってそうだろ? お前はさっきより弱ってるんだからさ!」
「くっ……うっ」
エァンダは片膝を着く。タェシェを両手で持ち、耐える。火傷が痛む。
「よくわかっただろ。上から言っていいのは俺だってさ!」
「ぐっ……」
エァンダの膝が沈んだ。そして天に向かっていた火柱たちが一斉に二人に向かってその先端を向ける。
「今度こそ終わりだ!」
炎に影はなく、エァンダのエメラルドに赤々と迫る。エァンダがまさに終わりを覚悟したその時だった。
「ん?」
「……?」
男もエァンダも刃を交えたまま揃って訝しんだ。
炎が止まっている。
しかし時が止まっているわけではないようだった。炎は燃え盛りながら、その場に二人に迫ったその状態で留まっているのだ。
「これもお前……じゃないな」男は黒く染まった瞳を人間の瞳に戻した。そしてその薄い茶色の瞳を横に向ける。「そうだろ、フェース」
男の言葉と同時に、エァンダもその気配を感じて視線を向けた。二人を囲む火柱の中に、暗い藍色の花が散って、フェース・ドイク・ツァルカが現れた。
「長い食事だ、バーゼィ」
「食事はもう終わってる。邪魔者が来たから殺そうとしてただけ。だってそうだろ、邪魔者は殺さないとだ」
男、バーゼィと言葉を交わした彼は、仮面の奥の暗緑色の瞳でエァンダを見下ろした。
「あの時のお前のように、少し当たってから助ければよかったか? エァンダ」
エァンダは痛みで歪んだ顔で飄々と返す。
「チャンスだぞ、フェース。俺を殺したいんだろ?」
「ふんっ、弱ったお前じゃ意味がない。俺も万全じゃないしな。だがじきにその時は来る。備えておけ、エァンダ。それとゼィロスにも伝えておけ。『異空の賢者』を名乗る愚者の粛正の時も近いってな」
「粛正か。されるのはどっちだろうな。『ナパスの化身』として、俺が影の役目を果たすさ」
フェースは鼻を鳴らすとエァンダから視線を外し、バーゼィを見やる。
「食後の運動はここまでですバーゼィ。世界を滅ぼして帰りますよ」
エァンダに加わる力がなくなる。バーゼィはその手の剣を灰にして、それから手を合わせる。
「させるわけ――」
エァンダがタェシェを振り上げようとした途端、彼の目の前を藍色の光が包んだ。かと思うと、彼の姿は『氷結と炎上』とはかけ離れた、平穏な環境の中にあった。
よく知った景色。エレ・ナパスのミャクナス湖畔だ。
「……」
エァンダはタェシェを納める。
サパルのところへナパードしようと異空へ向けて勘と気読術を向ける。全身の火傷の痛みに邪魔されてうまく気配を探れないが、勘によって大体の見当はついた。
そうして彼が群青を閃かせようとしたところで、彼の背後に二つの気配が藍色の花を散らして現れた。フェースとバーゼィとは違う気配だ。
「……え? ここエレ・ナパスじゃないかセラ?」
「わたしちゃんと『氷結と炎上』に跳んだよ。けど、すぐに他の力で跳ばされたみたい」
「なにそれ。他の力って今のナパードだろ?」
「触れないナパードだ」エァンダは振り返る。「フェースのな」
二人とも知った気配と顔だったが、知らない雰囲気だった。『案山子の牧場』で対面したアレス・アージェントと、セラの顔と気配を持った女。雰囲気が違うのはエァンダの知る服装ではなかったからだとも思ったが、それだけではなさそうだ。なにか、大志を窺える。
それにセラに似た女に関しては、一瞬タェシェに潜む悪魔が反応を見せたが、エァンダの頭の中に『作り物の花だな』と言葉を残して興味を削いだのを聞くと、全くの別人だと考えていいだろう。
「それから『氷結と炎上』は消えたよ」
エァンダは二人から目を離し、湖畔を眺めるように座りながら言った。
「あんた、エァンダ・フィリィ・イクスィアか!」アレスがエァンダの正面に回り込みながら言う。「トー・カポリで会ったとき髪長かったから、一瞬気付かなかった」
「あの後切ったからな」
「てか、その怪我っ! ちょっと待ってろ、今おれが治してやる」
言いながらアレスは左手の平を上に向け、その中央に右手の親指を押し付けた。するとその親指が徐々に光を帯びていく。
「活力付与の印か。さすがはセラの追っかけだな……」
「当たり前だ。ナパード以外は全部できる」
「そうかな? 今のセラはもう誰にも真似できないところに足を踏み入れてるぞ。きっとそこにいるよく似た彼女にも行けない場所だ」
「それなら大丈夫です、エァンダさん」セラの姿の女がアレスの横に並んだ。「わたしは別の場所に向かって歩いてますから」
「そういうことだ。おれだってほら、もう見た目の真似やめたし。さ、いいから黙っておれの活力受け取れ」
光った親指をエァンダの額に当てるアレス。
温かさに包み込まれる中、エァンダは小さく笑った。「その印じゃ火傷は治んないだろ」
「……減らず口が」
アレスは最後に強くエァンダの額を押して指を離し、立ち上がる。そんな彼女にエァンダは礼を告げる。
「ふっ、ありがとう。あとは自分でなんとかする」
「そうかい、じゃあおれたちは行くぜ。なんて言ってもおれはあんたにとってはお尋ね者だからな」
「じゃあなんで回復させたんだ」
「そりゃ、セラ様ならそうするだろうと思ったからだよ。な、セラ」
「うん、セラなら絶対そうする」
「なるほどな」エァンダは優しく口角を上げた。「確かに」
「じゃあな、達者で」
アレスが手を挙げ、去ろうとする。小さく頭を下げてそれに続いていくセラに瓜二つのセラと呼ばれた女。エァンダは勘が告げるままに、そんな彼女たちを呼び止めた。
「待った。新しい剣を求めてるんだろ?」
エァンダの顔を不思議がる二つの顔が見返す。そんな彼女らにしっかりとエメラルドを向けてエァンダは言う。
「名工がいるのは『氷結と炎上』だけじゃない」