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碧き舞い花Ⅱ  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳:御島 いる
第四章 黄昏の散花
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184:空席に納まる者

「あまり芳しくないようですね、博士」

「ええ、想定外が多すぎました。申し訳ない」

 ムェイの元から研究室に戻ったところ、『紅蓮騎士』に巻かれていた包帯の反応が消えていた。前情報としてはさすらい義団を構成する若者たちでは、『紅蓮騎士』に及ぶ者はいないはずだった。剣との繋がりで、なにか思いもよらないことが起きたのだろう、そうクェトは結論付けた。

 今はその事実をフェースに連絡したところで、詳しく話を聞くために彼が研究室に出向いてきたところだった。

「しかし道はいくつか用意してあります。ムェイを探す術がないわけではない。それに仮にムェイが無理だとしても新たな器の用意もありますから」

 クェトは言いながら、螺旋状の頭蓋が液体に浸るガラスの容器に手を触れた。

「ソルーシャ? 今は肉体も持たないムェイの劣化体。凡庸型がマスターの力に耐えうると?」

「いいえ、ソルーシャに関しては一時的なものとして考えていただいた方がいい。あの方とフェース様の肉体の共有をひとまず離し、あなたが真の肉体と力を持つことを目的としたものです。凡庸型ですのであの時のように量産し、朽ちるごとにあの方には移り変わっていただくという形です」

「……あまり気が進まないですね。マスターより先に肉体を取り戻すのは」

「フェースくんがそういうのであれば、優先順位を下げますが、ですがフェースくんなら、『碧き舞い花』を探すのも容易のはず。無窮を生み出す装置、あれが見つかったとしたら、この方法を用いるのがいいでしょう。あの方の完全復活も早急に済まされるというものです」

「そうだな。その時はそうしよう」

「その様子だと装置の方も芳しくないのですね」

「ふっ、今順調なのはルルくらいなものですよ」

「そうですか。現在離れている者ついでに、第一部隊の隊長の席はまだ空いているのですか?」

「ああ、そうですね博士に報告がまだでしたね。埋まりましたよ。ヌロゥに関してはもうマスターも見放していますよ。戦力としては優秀でしたが、マスターの意に沿わない行動も目立ちましたからね」

「なるほど、確かに気ままな方でしたからね、ヌロゥ様は。それでどんな方なのですか、新たな第一部隊隊長様は」

「『神喰らい』バーゼィ・ドュラ・ノーザ。今まさに食事の時間のはずですよ」



 つららが生い茂った凍土。ぱちぱちと暖のための焚火が鳴る。

 そんな中。

 バリバリ、ゴリゴリ…………。

 骨を砕く咀嚼音は盛大。

 ばじゅ、ぷちゅ、じゅる、じゅるる…………。

 肉を噛み千切り、血を啜る音は艶やか。

「グオ゛ォォォォォ……」

 腹の底から吐き出される湿っぽい臭気は下品の極み。

「おっと失礼。いつもは紳士的なんだぜ、俺。これでもさ。たださ、食事は駄目だ。マナー守って大人しく食べても不味いだけだろ、だって。だからさ、許してくれよ」

 口の周り、裸の上半身、そしてズボンまで真っ赤に汚した男は、彼の周囲で恐れ露わにした人々にそう言った。自らの神を目の前で捕食されている光景を見て恐怖している彼らに。

 そうしてそのまま。食事を続け、全てが男の胃の中に納まった。

「お前らの神、おいしかったぞ」

 おもむろに立ち上がる男。口の周りを血の付いた手で拭い、結局汚す。

「ご馳走様。んで、さいなら」

 男は丁寧に手を合わせようとした。だが、その動きは目的を達成することなく止まった。

「ん?……っく、ふんっ……どうして動かない」

 腑に落ちない男の首に向かって黒き刃が閃いた。

「おっと」

 男は刃が首に到達する前にぴたりとつまんだ。



「おう、動けた」

 サパルの拘束をこうも簡単に解くのか。血でべたついた赤黒い乱れ髪の男は、動きという動きを見せていない。なにもせずに拘束を解いたようにエァンダにも見えた。エァンダは男の底の知れなさに警戒心を強める。

「で、なんの用?」

 ぐるりと首を回して、男の真っ白な瞳がエァンダを捉えた。

「っ!」

 エァンダは跳んだ。サパルの隣に現れ、彼が今までいた場所に目を向けると、散った群青の花が大きな力によって吹き飛んでいくのを見た。

 神の睨み。

「こりゃサパルには荷が重いわけだな」

「いけそうか、エァンダ?」

 そうサパルが問いかけてくる。彼とは『名無しの鍵』の件を終えたのち別行動をとることになった。エァンダはヴィクードを用いる集団の捜索。サパルは休暇を取ったのち、ここ最近現れた破界者のような存在の調査と対処に動いた。あの男のことだ。

「俺ならいけると思って頼んできたんじゃないのか? 少し離れてる間に信頼なくなったのかよ。悲しいな」

「冗談が言えるくらい余裕だってことでいいのか?」

「それこそ冗談」サパルは真剣に言った。「サパルはそこの人たちと一緒に避難してくれ」

「わかった」

 重く受け取ったサパルがエァンダから離れ、恐れ震える人々の元へ向かう。もうエァンダの意識は血に汚れた男にしか向いていない。

 鋭くエメラルドが真っ白な目を見据える。

「神を食べるっていうのは本当なんだな」

「ん? なんだお前も喰いたいのか? じゃあ殺さないとだな。だってそうだろ? 競争相手がいたら俺が喰える分が減る」

「俺は食う気はないけど、お前を殺す気はある」

「へー、変な奴」

 男の瞳が黒く染まった。

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