182:隣
「死んでから会うの何度目だ? ここまでくると、ほんとに死んだのかわかんなくなるぜ、まったく」
彼の身体に入ったのは、紛れもなく彼の遺志だ。
「……どうやって?」
セラはもう戦いはないだろうと、ヴェールを散らした。そして足もとに碧きステンドグラスを敷く。
「わからん。なんか懐かしい光があったから、追ってきたら、俺の身体があって、俺が死んでて俺の身体が動いてるってことは、そいつは俺じゃないだろ? だから、とりあえず取り返そうと思って飛び込んだんだ。そしたらよ、なんか窮屈で、頭が痛くてよ。だから包帯取った」
「ふふっ、ズィーらしい」
「だろ?」
ズィーは笑いながらスヴァニを背中に納め、両手でハヤブサを身体の前に持ってきた。じっとかつての愛剣を見つめたかと思うと、セラに差し出した。
「これはもう俺のじゃねえからさ、ズィードに返しておいてくれ」
「自分で……」セラは言いかけてやめて、ズィーからスヴァニを受け取った。「そっか、わかった」
現実世界でのこの再会は刹那的で奇跡的なものなのだ。彼にはそもそも時間がない。存在していない。肉体がここにあって、愛用の剣がここにあって、数多の想いが集った結果、ここに現れたのだ。
「あと、俺の身体、アズに頼むよ」
「うん」
「やっとビズの隣で眠れるな」
「そうだね」
ズィーがセラの方へ近づいてくる。
「その頭の朱いの……ちょっともやっとするけど、似合ってる」
セラは簪に指を触れて微笑む。「ありがとう」
ズィーはセラの真ん前に辿り着く。
「じゃあ、またな」
「うん……」
ふっと力が抜けたズィーが倒れてくるのをセラはしっかりと受け止めた。
「またね、ズィー」
「今回は引き下がりましょう。僕ではやはり手に負えないのでね」
呼吸を乱したクェト・トゥトゥ・スはゆらゆらと揺れながらその姿を消した。残されたアレスとセラは荒れた研究室で剣を下した。
「とりあえず、終わったな、セラ」
セラは険しい顔で首を横に振った。「違うよ、アレス」
「え?」
「はじまったんだよ。……わたしはこれから『夜霧』から逃げないといけない」
「セラ……」
「さよならだね、アレス」
「は? なんだよ急に。おれはお前に付き合うって言っただろ?」
「それは、わたしが誰なのか見つけるための旅の話でしょ。もう、わたしは誰で、なんのために生まれてきたのか、わかったから……知らない方がいいのかもなんて言ったけど、大体察しがついてるんだよね……。ムェイ。『白昼に訪れし闇夜』の器になるために、一番近い肉体を持つセラを映した機脳生命体」
アレスは剣を納めた。「で? だから?」
「だから……これはクェトが言ってたみたいに、セラの正義感がそうさせるのかもしれないけど、わたしは絶対に、『夜霧』に捕まっちゃいけない……!」
「はあ、それで?」
「それでって、『夜霧』が追ってくるんだよ! これ以上アレスと一緒にいたら、危険な目に遭うかもしれない! だから、わたしたちはここで、った……!?」
アレスはセラの頭を小突いた。
「誰がセラに戦い方教えたと思ってんだよ」
「それは、もともとわたしの中にセラの戦闘データがあったからで時間が経てば結局思い出しとぅえっ…‥」
アレスはセラの頬を指で両側から挟んだ。
「そんなこと言うなよ。おれたちの思い出だろ。そんで、これからも作るんだろ、思い出。一人じゃ作れねーだろ!」
「……!」
「セラがいるべき場所がおれの隣なら、おれがいるべき場所はセラの隣だ」
「ありぇす……」
つままれたまま喋ったセラの声は、小さく震えていた。
「ふんっ、とことん付き合ってやるよ」