177:紅蓮継承
暴風の中でもピャギーの動きは安定していて、それでいて鋭い。さすがは『虹架諸島』の出身だった。
ただズィプ本人は違った。これまた勝手が違うのだ。ピャギーとの共闘に前向きに戦意を向上させたのはいいものの、移動が自分の思うところではないというのは、途方もなく戦いづらかった。
ピャギーとの意思疎通がそもそもないのだが、その点は、シァンと共に戦いにも身を置いたことのあるピャギーの動きで補われていた。正しく言えば補ってもらっていた。圧倒的に空中での戦いの経験がないズィードが、押される原因だった。
「ぴゃ……!」
ピャギーへの負担が大きく、彼は疲労を見せはじめていた。今まで躱せていた敵の攻撃も、間に合わず、ズィードが剣で受けるようになった。その振動がまた、ピャギーの疲労に繋がっていた。
さらに問題なのは、ズィプが触れずにズィードとピャギーをナパードさせることだった。今のところバラバラに跳ばされることはなかったが、急に変わる視界にピャギーは翻弄された。野生の勘やズィードの指示に従ってなんとか対応してきた。しかしそれも疲労で疎かになってくる。
このままでは落とされる。地上での戦いに場を戻さなければいけない。
「ピャギー、降りよう!」
「ぴゃあ――っ!?」
「ぐあっ!」
突然風が吹き下ろした。空気の塊が、二人を襲った。
「落ちたいなら、最初からそう言えよ」
ズィプがさらに空気の塊を落とした。その衝撃に離れ離れに落ちるズィードとピャギー。ズィードがピャギーを見ると、力なくただ落ちていた。気を失ったらしい。
「ピャギー!」
ズィードは巨鳥に手を伸ばし、優しく空気を放った。落ちる速さが変わって、ズィードはピャギーを見上げながら落ちる。
「鳥なんてほっとけよ!」
ナパードでズィードに張り付くように現れたズィプ。暴言と共にズィードの腹に貫くような蹴りが見舞われた。破裂するような衝撃を受けた腹。だがそれよりも背中が強烈に痛み、ズィードは飛びそうな意識と共に吹き飛んだ。やがて激突の衝撃を受ける。
ソクァムとダジャールをネモに任せ、甲板に出たシァンは気配を感じたままに空を見た。そしてすぐにズィードが吹き飛ばされ迫っているのを目にした。
次の瞬間にはケルバに押し倒される。「シァン!」
彼女がさっきまでいた場所から、船体の反対側まで、斜めに破壊の跡が走っていた。ズィードが船を突き抜けて、岸に落ちたのだ。
ケルバと共に反対の船縁に駆け寄り、岸のズィードに心配の眼差しを向ける。
「ズィードぉ!」
シァンの叫び声が聞こえた。
彼女に受けた掌底のときのように、気を失うことはなかった。しかしたった一撃の蹴りが思った以上に身体に響いていた。闘気の迸りと、あと外在力による空気の破裂。
「ゲフっ……」
顔を横に向け、地面に血を吐いた。
立ち上がるために身じろぐが、思うように身体が動かない。もう、風に荒れる朝の空しか見えない。
これでは駄目なのに。
これじゃあ、駄目なんだ。
ここで立ち上がれないようじゃ、『紅蓮騎士』の名を継ぐことなんてできない。
仲間を、大事なものを護る。それが『紅蓮騎士』だ。
ピャギーは安全に着地できただろうか。ズィードが放った空気が地面まで運んでくれたのかが不安だった。己の様を見れば、途切れてしまい急降下してしまってもおかしくなかった。
ソクァムとダジャールの姿が目に浮かぶ。戦士である以上、傷を負うことはあるだろう。それでも、自分が一人であの偽者のズィプの相手をできていれば、二人はああはならなかったかもしれない。
一人で空を駆けることができれば、ピャギーも……。
ズィードは不意に涙がこみ上げてくるのを感じた。目頭が熱くなって、鼻の奥が痛む。
シァンの時と同じだ。また泣くことしかできない。自分の無力さに打ちひしがれることしかできない。決意だけでは力は手に入らない。啖呵を切るだけではだけでは強くはなれない。
時間が必要だった。
時間が必要だ。
今回は決意からあまりにもすぐの出来事で、時間がなかった。
『そうだな。昨日の今日で強くなるのは無理だ』
ズィードを見下ろす『紅蓮騎士』の姿が見えた。いいや違う。見下ろしてなどいなかった。倒れるズィードに背を向けて立っている。まるで見捨てるように。
『だから諦めるんだろ?』
なんで。
ズィードは頭に血が上った。
なんで、見放すようなことをするんだと。普段は励ますようなことばかり言うくせにと。
『仕方ないんだ。誰も責めない。みんなだってやられてるし、お相子だ』
違う。
これは『紅蓮騎士』の言葉じゃない。
自分の言葉だ。
ズィード自身の、弱音だ。
身体に力を込める。
動けと、念じる。
立てと、命じる。
叫ぶ。弱音を捻じ伏せるように。
吠える。想いが届くように。
――俺が護るんだ、みんなを!
『ふっ』
軽い調子の笑い声と共に、ズィードの視界に紅き花がひとひら舞った。
それが『紅蓮騎士』の差し出す手となった。
『スヴァニはもう譲ってる。あいつはお前のだ、ズィード。あとはお前の気持ち次第ってことだ』
「俺の気持ちなんて、最初から、ずっと、決まってる!」
ズィードは『紅蓮騎士』の手を取った。