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碧き舞い花Ⅱ  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳:御島 いる
第四章 黄昏の散花
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177:紅蓮継承

 暴風の中でもピャギーの動きは安定していて、それでいて鋭い。さすがは『虹架諸島』の出身だった。

 ただズィプ本人は違った。これまた勝手が違うのだ。ピャギーとの共闘に前向きに戦意を向上させたのはいいものの、移動が自分の思うところではないというのは、途方もなく戦いづらかった。

 ピャギーとの意思疎通がそもそもないのだが、その点は、シァンと共に戦いにも身を置いたことのあるピャギーの動きで補われていた。正しく言えば補ってもらっていた。圧倒的に空中での戦いの経験がないズィードが、押される原因だった。

「ぴゃ……!」

 ピャギーへの負担が大きく、彼は疲労を見せはじめていた。今まで躱せていた敵の攻撃も、間に合わず、ズィードが剣で受けるようになった。その振動がまた、ピャギーの疲労に繋がっていた。

 さらに問題なのは、ズィプが触れずにズィードとピャギーをナパードさせることだった。今のところバラバラに跳ばされることはなかったが、急に変わる視界にピャギーは翻弄された。野生の勘やズィードの指示に従ってなんとか対応してきた。しかしそれも疲労で疎かになってくる。

 このままでは落とされる。地上での戦いに場を戻さなければいけない。

「ピャギー、降りよう!」

「ぴゃあ――っ!?」

「ぐあっ!」

 突然風が吹き下ろした。空気の塊が、二人を襲った。

「落ちたいなら、最初からそう言えよ」

 ズィプがさらに空気の塊を落とした。その衝撃に離れ離れに落ちるズィードとピャギー。ズィードがピャギーを見ると、力なくただ落ちていた。気を失ったらしい。

「ピャギー!」

 ズィードは巨鳥に手を伸ばし、優しく空気を放った。落ちる速さが変わって、ズィードはピャギーを見上げながら落ちる。

「鳥なんてほっとけよ!」

 ナパードでズィードに張り付くように現れたズィプ。暴言と共にズィードの腹に貫くような蹴りが見舞われた。破裂するような衝撃を受けた腹。だがそれよりも背中が強烈に痛み、ズィードは飛びそうな意識と共に吹き飛んだ。やがて激突の衝撃を受ける。



 ソクァムとダジャールをネモに任せ、甲板に出たシァンは気配を感じたままに空を見た。そしてすぐにズィードが吹き飛ばされ迫っているのを目にした。

 次の瞬間にはケルバに押し倒される。「シァン!」

 彼女がさっきまでいた場所から、船体の反対側まで、斜めに破壊の跡が走っていた。ズィードが船を突き抜けて、岸に落ちたのだ。

 ケルバと共に反対の船縁に駆け寄り、岸のズィードに心配の眼差しを向ける。

「ズィードぉ!」



 シァンの叫び声が聞こえた。

 彼女に受けた掌底のときのように、気を失うことはなかった。しかしたった一撃の蹴りが思った以上に身体に響いていた。闘気の迸りと、あと外在力による空気の破裂。

「ゲフっ……」

 顔を横に向け、地面に血を吐いた。

 立ち上がるために身じろぐが、思うように身体が動かない。もう、風に荒れる朝の空しか見えない。

 これでは駄目なのに。

 これじゃあ、駄目なんだ。

 ここで立ち上がれないようじゃ、『紅蓮騎士』の名を継ぐことなんてできない。

 仲間を、大事なものを護る。それが『紅蓮騎士』だ。

 ピャギーは安全に着地できただろうか。ズィードが放った空気が地面まで運んでくれたのかが不安だった。己の様を見れば、途切れてしまい急降下してしまってもおかしくなかった。

 ソクァムとダジャールの姿が目に浮かぶ。戦士である以上、傷を負うことはあるだろう。それでも、自分が一人であの偽者のズィプの相手をできていれば、二人はああはならなかったかもしれない。

 一人で空を駆けることができれば、ピャギーも……。

 ズィードは不意に涙がこみ上げてくるのを感じた。目頭が熱くなって、鼻の奥が痛む。

 シァンの時と同じだ。また泣くことしかできない。自分の無力さに打ちひしがれることしかできない。決意だけでは力は手に入らない。啖呵を切るだけではだけでは強くはなれない。

 時間が必要だった。

 時間が必要だ。

 今回は決意からあまりにもすぐの出来事で、時間がなかった。

『そうだな。昨日の今日で強くなるのは無理だ』

 ズィードを見下ろす『紅蓮騎士』の姿が見えた。いいや違う。見下ろしてなどいなかった。倒れるズィードに背を向けて立っている。まるで見捨てるように。

『だから諦めるんだろ?』

 なんで。

 ズィードは頭に血が上った。

 なんで、見放すようなことをするんだと。普段は励ますようなことばかり言うくせにと。

『仕方ないんだ。誰も責めない。みんなだってやられてるし、お相子だ』

 違う。

 これは『紅蓮騎士』の言葉じゃない。

 自分の言葉だ。

 ズィード自身の、弱音だ。

 身体に力を込める。

 動けと、念じる。

 立てと、命じる。

 叫ぶ。弱音を捻じ伏せるように。

 吠える。想いが届くように。


 ――俺が護るんだ、みんなを!


『ふっ』

 軽い調子の笑い声と共に、ズィードの視界に紅き花がひとひら舞った。

 それが『紅蓮騎士』の差し出す手となった。

『スヴァニはもう譲ってる。あいつはお前のだ、ズィード。あとはお前の気持ち次第ってことだ』

「俺の気持ちなんて、最初から、ずっと、決まってる!」

 ズィードは『紅蓮騎士』の手を取った。

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