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碧き舞い花Ⅱ  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳:御島 いる
第四章 黄昏の散花
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176:ズィード対ズィプ

 ズィードの竜化がはじまってしまった。

 瞳の竜化、それが竜人以外の人間が許される限度。そこまでに竜毒を抜かなければ、待っているのは竜の姿と死だ。『竜宿し』と呼ばれる麻薬とは違い、そもそも疲れが一時的に消えることもない。ただ死に向かうだけだ。

「ネモ! 『竜あやし』!……解毒薬! あたしの荷物から取ってきて! 早く!」

「う、うん!」

 ネモが動き出したのを見届けることもなく、シァンは葉っぱを吐かせようと、ズィードの鳩尾へ拳を突き出した。

 止まった。

 受け止められた。

「うそ……」

 竜の眼が、竜の眼を捉えた。

「なんで?」

「わかんね」ズィードは笑った。「けど、大丈夫だ!」

「……ズィード、お前、カイエン様のところで、桃食べたんじゃ、ないか?」

 そう息継ぎ多めに言ったのはソクァムだ。カイエンと言えば、『桃源老師』のことだ。桃がたくさん生った甘い匂いに満ちた岩山がシァンの脳裏に浮かぶ。しかしその桃を食べることは禁止されていて、浸透式呼吸を学ぶ時に、匂いによる誘惑を退けるのに必死だったのを覚えている。

「あーそういえば」



『食べたな』

 ズィードの頭の中で、『紅蓮騎士』が思い出したように言った。

『あの桃、匂いのわりに不味かったなぁ』

 ズィードはその声に頷くように言った。「そうそう不味かった、不味かった」

「はぁ……それが理由だ。あの桃の表面には、桃藻(ももも)って藻が、生えてる……そいつは、竜毒を分解する、酵素を持ってて、それが『竜あやし』の、原材料に、なってる。……だが、それにしたって、今の量は――」

「ま、難しい話はいいよ。とにかくあの偽『紅蓮騎士』を倒してスヴァニを取り返さねえとだかんな。お前はしっかり休んでろ」

 竜の眼のまま笑んでソクァムを遮ると、ズィードは戦意上々に男子部屋を出る。

「あたしも後から行くから」とシァンの声を背中に受けた。



「どうしたよ! 急につまんなくなったぞ!」

 ズィードが甲板に出ると、ケルバが劣勢だった。窮地だった。今にも止めを刺されそうだった。

「っへへ……ま、俺が出るまでもなくなったってことで。窮地の演出? 団長を立てるのが団員の務めでしょ」

 状況に反して弱りのない微笑みのケルバ。その円らな瞳でズィードを一瞥した。

「ズィード! 譲るよ、この遊び!」

 スヴァニがケルバの血で汚れるよりも早く、ズィードは紅き気迫を纏い、その柄を三度(みたび)掴んだ。

「放せよ!」

「お前がな、偽モン!」

「っち」

「おっつ…‥」

 ズィプがナパードでズィードと距離を取った。張り合いがなくなったズィードは小さく体勢を崩す。それから、ズィプが現れた先を竜の眼で見据える。そのまま視線を外さずに後ろの団員に聞く。

「いいのか、ケルバ? 倒すのは俺だ、とか言ってたじゃん」

「あー、まあ、いいよ。団長が『紅蓮騎士』になるのも見てみたいし」

「そっか。じゃあ見せたるよ!……ところでさ、ひとまず剣貸してくれないか?」

「……ははは、もちろん」

 ケルバが後ろからズィードのわきから柄を差し出した。

「ありがとっ」

 受け取ると、ケルバのなんの変哲もない剣は、スヴァニと比べたら軽かった。振ったら折れてしまうのではないかと心配になる。

「壊したらごめんな」

「大丈夫だよ、もともと再利用の剣だし」

「? そうなのか?」

「うん。拾った剣」

「こだわりとか、振りたい剣とかないのかよ」

「ないない。てか話してていいのか? 逃げられるぞ、あいつに」

「あ、ああそうだな。じゃ、借りてく!」

 竜の脚力で駆け出す。

「わわっ、速ぇ!」

 疲れが飛んだからか、竜の力か、思ったより速く、ズィプを通り過ぎてしまった。

 すかさずスヴァニの元へナパードして、すぐに手を離す。引っ張り合ってもらちが明かないのはもうわかっている。スヴァニは戦利品だ。

 ズィプの懐で剣を振り上げる。躱されると、風切り音が高音で、耳にキンときた。

 敵からの反撃を受け止め、さらに反撃を繰り出す。揺れる船と濡れた甲板は戦いづらく、不意に体勢が崩れるのが歯がゆい。新たに得た力にも慣れていないせいか、所々でボロが出る。そこをズィプに狙われる。

 それでも、張り合えている。

 ズィードはズィプを船外へ蹴り飛ばした。『紅蓮騎士』はそれでも川に落ちることなく、空気を操り宙に浮かんだ。

「あ、ずりー、俺まだそれできない! けど、関係ねえ!」

 スヴァニの元へ跳んだ。柄を掴んで身体を支え、剣を振るう。だがそううまくはいかなかった。頭の中で『ばかっ』と騎士の意志が叫んだ。

 振り払われたズィードの身体は重力に従って落ちる。

 追撃、もといとどめとばかりにスヴァニを構えたズィプが迫ってきた。

「俺ならできる! ここで、空だって飛べるようになる!」

 強がって叫んでもみたが、甘くはない。どれだけ力んでも、空気は味方してくれなかった。

 すぐそこまで迫る切っ先。

「くそおぉーっ!」

 せめて体勢を変えて攻撃から逃れるしかない。でも間に合うのか。そうズィードが考えた時だった。

「ぴゃああっ!」

 背中に優しい衝撃を受けたかと思うと、ズィードはピャギーの背中に乗っていた。

「ピャギー!? お前、男乗せるの嫌なんじゃ……いや、いいや。ありがとう。もしよかったら、このまま乗せといてくれるか?」

 バランスをとりながら、巨鳥の背中で膝立ちになるズィード。

「ぴゃ~……ぴゃっ!?」

 嫌そうな声を上げたが、ズィプが襲ってきたことで遮られる。避けた先でピャギーは仕方なさそうに鳴いた。

「ぴゃあ~ぴゃ!」

 その声とは裏腹に俊敏な動きでズィプに向かっていく。

「よっしゃ、頼んだぞ!」

「ぴゃー!」

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