175:“それこそ死ぬ!”
シァンの胸はきゅっと締め付けられた。
敵によって起こされた不慮の出来事だということはわかっていても、またズィードを傷つけてしまったことに血の気が引いた。
「シァン! 避けてぇ!」
ネモの叫びと力によって、シァンの意識は振り下ろされるスヴァニに強制的に向けられた。
「っ!」
力強い連撃を軽やかに躱して身を引いていく。そうして船縁に背が着いたところで、身体を沿わせて回し、ズィプの横っ腹に蹴りを繰り出す。空気の壁に阻まれる。そのまま大きな力に吹き飛ばされる。
「うわっ!……んぐっぁ……」
壁を突き破り、シァンの身体は男子部屋のタンスに受け止められた。また船を壊した。違う。今考えるべきはそんなことではない。
シァンは頭を振り、船外に出る。
そして目を瞠る。
絶望的光景だった。
ズィードは倒れたまま動かず、ケルバの剣がダジャールを貫いていた。駆け寄ろうとするソクァムが、ズィプの次の標的となって、今まさに、ナパードによって背後を取ったズィプに腹を一突きされて倒れた。
「駄目っ!」
ポンと音を立て、ソクァムを見下ろし剣の血を払うズィプの後ろを取った。その頭に向かって足を振る。今度は手で受け止められた。
「それ、竜化してるのか?」
ズィプは嘲笑と共にシァンの身体を持ち上げ、そのまま倒れたソクァムの上に叩き落す。
「ぐあぁあっ……」
「きゃぁ」
「弱え。試し斬りしてさっさと帰るか」
スヴァニを両手で持って振り上げるズィプ。
「ねぇ、俺の相手はなんでしてくれないの?」
赤の混じった刃が、ズィプの首を狙って振るわれた。ケルバだ。
「!?」
これにはズィプも驚きの色を見せて身を退いた。
「へぇ、強い奴いるじゃんか。気付かなかった」
「……ケルバ?」
「こいつとは俺が遊ぶからさ、その間にシァンとネモでみんなを中に運んどいてよ。そんでついでに休んできなよ」
ケルバ。現在所属するメンバーで一番最後に仲間になった彼だが、それでも一年以上同じ時間を過ごしている。それなのに、未だに謎だと思う。ズィードとダジャールと並んでお騒がせトリオなどと言わしめる彼だが、傍から見ていると、どこか馴染んでいるふうに見せているようにもシァンには思えていた。仲間って、男子ってそうするものでしょ、とでも言うような違和感があった。
それでも反面、実際に彼も心の底から楽しんでいるようも見えていた。ただじゃれたいだけの純真な少年にも。
わからなかった。
絆は結べていると思うのだが、どこか遠い。
「休まないよ。あたし戻ってくるから」
「あ、そお? まあそれならそれで別にいいけど。じゃ、みんなのことよろしく」
ケルバはズィプに向かっていった。シァンはすぐに動いた。ソクァムに肩を貸して起こすと、空のネモに叫ぶ。
「ネモ! みんなを中に!」
「わかった! いくよ、ピャギー」
「ピャ!」
仲間たちが運ばれていくのを感じながら、ケルバはズィプと剣を交える。
「その剣さ、団長のなんだ。返してよ」
「これは俺のだ」
「死んだのに、未練がましいんだね『紅蓮騎士』」
「死んだ? わけわかんないこと言うなよ!」
「幽霊はともかくだけど。死んだら生き返らない。これは時が決めた絶対の法則なのに」
「だから勝手に人を殺すなっ!」
空気が暴れ狂う。
ズィードは紅い空間でズィプガル・ピャストロンと対面していた。
英雄が言う。「いざってときに大事なもの護れないのは辛いぞ」
「え?」
「俺もそうだった。だから強くなったし、最後にはセラを護れた。死んじまったけどな」
「……ん? てかここは?」
「どうでもいいだろ、とにかく起きろよ。『紅蓮騎士』になりたいなら、こんな時に寝てる場合じゃねえぞ」
ぱっと目を開いた。
身体を起こすと、いつの間にか男子部屋にいた。辺りを見回せば、女子部屋のように壁が破れ、そしてタンスも壊れていた。そしてダジャールとソクァムも苦しみながら横になっていた。二人はそれぞれネモとシァンに応急手当を受けていた。二人ともすごい血の量だ。
「どうなったんだ!?」
近くにいたネモに詰め寄った。
「あいつは! 二人も部屋もあいつのせいか!」
「うきゃ……落ち着いてズィード。あの男とは今ケルバが戦ってる。それにこれからシァンも行く」
「うん、あたし、ちょっと無理するかもしれないけど、今度はみんなに迷惑かけないから――」
「は!? ふざけんな!」
葉っぱを手にして示すシァンにズィードは吠えながら近づく。
「んなことしなくていい、二度とだ!」
「でも! それくらいしないと、あのズィプにみんなやられちゃうでしょ!」
「……っ」
「みんなを護るために命を張るのはズィードだけじゃない!」
「……」
「……」
「二人ともやめてっ!」ネモが大声を張り上げた。「喧嘩してる場合じゃないでしょ?」
ズィードがネモに目を向けると、彼女は目に涙を溜めて訴えかけるようだった。ネモの言う通りだった。仲間内で喧嘩をしていても敵を退けることはできない。それでも、ズィードの中で収まりがつかない。シァンが竜化の限界を超えようとすることはあってはいけない。
「その葉っぱってさ、疲れ飛ぶんだよな」
「え?」
「うきゃ!?」
「ぴゃぁ!?」
ズィードはシァンが手にしていた葉っぱを奪って、そのすべてを口に放り込んだ。葉っぱがなければシァンの考えもなくなる、そう考えての行動だった。
「ちょ馬鹿っ!」シァンがすかさずズィードの首を絞めた。「それこそ死ぬ!」
「ぐぅっ、ぬぁああ゛あっ」
苦しむズィードの瞳孔が縦に鋭く伸びはじめる。