174:ズィプガル対さすらい義団
揺れる船上は暴風と殺気に満ちていた。荒れ狂う川面から飛沫が舞い上がり、ズィードたちを濡らす。
そんな中つまらなそうな紅い瞳が、さすらい義団の面々を見やっている。きっとスヴァニにしか興味がなかったのだろう。かと思うと、急にズィプの口角が上がった。
「久しぶりのスヴァニだ。試し斬りでもしてくか」
やはり『紅蓮騎士』ではない。ズィードはそう思った。本物の『紅蓮騎士』ならば、むやみに人を傷つけようだなんて考えない。
『そんなこと、スヴァニが泣く! 絶対に止めろよ!』
声が背中を押す。紅い気迫もまだ消えていない。本物のズィプの遺志はまだここにある。
「これが『紅蓮騎士』になるための最後の試練ってとこ?」
『いや、まだそれ言ってんのかよ。「紅蓮騎士」は俺ので……っていいや、話してる場合じゃない、来るぞ!』
ダンッと甲板を鳴らしたズィプ。飛沫を散らしながら義団に迫る。
「俺が最初だ!」
ダジャールが先陣を切る。スヴァニを握るズィプの手を、大きな手で掴み込んで受け止める。
「一人じゃ無理だ」
ソクァムが言いながら、止まったズィプにナイフを投げた。しかしそのナイフは簡単に空気に押し返され、甲板に虚しく落ちた。そしてズィプはダジャールを蹴り飛ばした。
「ぐぁっ」
軽々と浮かび上がり、義団一の巨体が船縁の外に出て船体に隠れて見えなくなった。
「ダジャールっ!」
「ピャングッ!」
ネモとピャギーの声がしたかと思うと、背中にネモを乗せ、嘴にダジャールを咥えたピャギーが上昇してきた。
「ぴゃぁああああっ…………!」
重そうにしながら甲板にダジャールを投げ降ろし、ネモと共に空高く甲板から離れる。
「もっと丁寧に降ろせねえのかよ、あとで焼き鳥にしてやる」
軽口を叩きながら立ち上がるダジャール。
ズィードはふっと笑って、スヴァニの元へナパードした。
「またか」
「まただ……けど、今度は一人じゃない」
再度スヴァニを掴み、睨み合う二人。
「こっち!」
空からのネモの声で、ズィプが天を仰いだ。ネモが注意を引いたのだ。その一瞬が大きな隙だ。両わきからシァンとケルバがズィプに迫る。
ケルバが剣を突く。シァンが掌底を繰り出す。それにズィプが気付いたが対応するにはもう遅い。空気で押し返そうとしても、短時間だけならズィードがそれを止める。
決まりだ。
仲間と力を合わせれば、強敵であろうと、敵ではない。
『おい、ナパードがあるだろ! 気抜くな!』
頭の中からの注意喚起にはもちろんだと思った。だがその点にはソクァムが動いてくれている。ズィードが視界の端に捉えるソクァムは、角笛に口をつけている。口をズィプに向けている笛から、音は出ていない。ソクァムの頬は膨らんでいない。彼が吸っているからだ。
ソクァムの角笛に吸われている人間は、その場から瞬間移動することができなくなる。それは瞬間移動の祖ともいえるナパードでも例外ではないと、昔ズィードは彼から説明を受けた。
抜かりなく、さすらい義団の勝利だ。
あ、そういえばとズィードはダジャールに気を向けた。逃げたアルケンはともかく、この攻撃に参加していないダジャールが不意に気になったのだ。彼は跳躍していた。ネモとピャギー、ズィプの間にちょうど入り込んで、遅れながらも上から攻撃に参加するように。
間に合わないだろうな。ズィードがそう思った時だった。
紅い花が散った。
ズィードの目の前で。
ケルバの前、ダジャールの巨体が割り込んできて、それに押されたズィプとズィードがシァンの方へと体勢を崩す。
「やばっ!」とケルバの焦る声が聞こえた。
「ぐはっ……!」とダジャールの苦悶の声が聞こえた。
「また、触れずに!?」とソクァムの驚きの声が聞こえた。
「みんな!」とネモの声が空から聞こえた。
「ズィード!」とシァンの危険を知らせる声が聞こえた。
顔面をシァンの掌底が打つ音が聞こえた。
そこでズィードの意識は飛んだ。