170:友達の友達
ガンコンガンコン、ギコギコギコ――。
シァンが森から船の前に戻ると、ズィードとソクァムが連れてきた異空船大工ハビノが船の修理をはじめていた。腕の立つ人だと聞いている、自分が壊してしまったという記憶を想起させないくらいに直してもらえればと、シァンは思う。この船とは長い付き合いになる。なかったことにはできないが、乗っている間ずっと思い返されるのでは、戒めに留まらない痛みを伴うことになる。
ここに戻って来たこと。その決意を折るわけにはいかない。
「それじゃあ、彼女は俺たちが預かるよ。ユフォンに会わせて、それから彼女の父親を探す依頼を改めて受けよう」
甲板にはハビノとペレカとは別に二人の客がいた。ソクァムとネモと話しをしていたようだ。
探偵と指揮者。コクスーリャ・ベンギャとキノセ・ワルキューだ。
シァンと入れ違いで、今まさに去ろうとしているところだった。ペレカも一緒で、きっとコクスーリャが探していたのか、ソクァムか誰かが連盟を通じて彼を呼んだのかもしれない。連盟が関係しているのならキノセがいる理由もわかる。
「ああ、シァン。久しぶり」
コクスーリャがシァンに気付いて、爽やかに手を上げて言った。彼はシァンにとって叔父師匠とでもいうべき存在だ。さっと頭を下げて挨拶を返す。
「お久しぶりです、コクスーリャさん」
「久しぶりに会ったばかりだけど、俺たちはこれで帰るんだ。またな」
「はい、また」
「あの、シァンさん」連盟の二人に連れられるペレカが、シァンの前に来て頭を下げた。「わたし……ごめんなさい。シァンさんはなにも悪くないのに」
シァンは膝を折って笑いかけた。
「ううん、気にしないでペレカちゃん。怖かったら、無理しなくていいんだから。思い出したくないことは誰にだってあるんだから」
「……シァンさんにも?」
「うん……あたしにもあるよ、思い出したくないこと。でもね、忘れるのは違うんだ。忘れちゃ駄目なの。辛いけど、目を逸らさないで覚えておかないといけないの。なかったことにしたら、そっちの方が心が痛いと、あたしは思うから」
シァンは躊躇いがちにペレカの頭に手を伸ばした。そしてそっと撫でた。
「だからペレカちゃんも、これから嫌なことがあったら、そこから逃げないで。もし受け止めきれなくても、あたしたちには友達がいる。一緒に受け止めてくれる友達が」
「……わたしに、友達は…‥」
「なに言ってるの? あたし……は、ともかく、ネモはもうペレカちゃんの友達でしょ!」
ペレカがネモに目を向けようとすると、それよりも早く赤ら顔がペレカの横顔にすり寄った。
「うきゃ! ペレカちゃんとわたしは大親友でしょ~もお~!」
「……わぁ、あはは、くすぐったいです、ネモさん」
二人の笑顔を見て、シァンはすっと立ち上がった。そんな彼女の手をペレカが掴んだ。
「シァンさん」
「ん?」
「シァンさんも、お友達です!」
真に迫った宣言だった。嬉しかったが、少し違うなとシァンは思った。その気持ちはもちろんペレカの中に芽生えたのかもしれない。けれど、まだ芽生えただけだ。雰囲気の勢いだけ、応えてしまうのは違う。
「嬉しいよ。でも無理しないでって言ったでしょ、ペレカちゃん。あたしたちがこんなにすぐに友達になっちゃうのは、ペレカちゃんの気持ちをないがしろにしてるってことだもん」
「でもっ…‥!」
「だからさ、あたしたちはお友達の卵、でどお? 少しずつ、友達になって行こう」
「……はい!」
「ぴゃぁあ!」
天高く旋回するピャギーが鳴いた。かと思うと、ひらひらと煌びやかな羽根が落ちてきた。二本。シァンはそれが落ちてくるのを待って手に取ると、一本をペレカに差し出した。
「これ、あたしの友達のピャギーから。友達の友達は友達……ってことかな、この羽根があたしとピャギーを繋いで、それからペレカちゃんに繋がる。いつかピャギーとの繋がりがなくても友達って言える日が来るまで、これがあたしとペレカちゃんの繋がり」
ペレカは羽根を受け取ると大事そうに手で包んだ。「友達になれるまで絶対に持ってます。ううん、友達になっても持ってます!」
「ふふっ、それを考えるのは友達なってからね」
「はい!」
「ぴゃっぴゃっぴゃ~!」
二人の絆を繋いだことを誇らしげに、巨鳥は高らかに鳴いた。
キィ、キィ、キィ……――。
甲高い音と共に扉が横に開く。
「みんなはここで待ってな。おれとセラで中を見てくる」
アレスはデンをはじめとした数人に子どもたちに言って、セラと共に開いた扉の中に入る。
子どもたちの中には悲しみよりも好奇心が勝った者がいたようで、目新しい異世界を冒険したらしい。そうして建造物の中に、石とは明らかに違う素材でできた扉を見つけて二人に報せてくれたのだ。
「砂とは縁遠いな」
「うん」
セラと共に奥へ進んでいく。扉の隙間には砂が入り込んで音を立てていたが、中には塵一つないように思えるほどきれいだった。そして扉と同じで、石の気配も全くない造りの廊下だった。
「また扉だ」
廊下の突き当りにはまた扉があった。ここの扉は無音で開いた。
「研究所か?」
「そう、みたい」
広い空間には様々な機材が並び、机の上には出しっぱなしの設計図のようなもの、それから石や包帯がよく目についた。
「この石って護り石かな、セラ」
アレスは石の一つを取って、セラに投げ渡した。受け取ったセラは石を眺めて唸る。
「うーん、見ただけじゃさすがにわかんない」
「ま、そうだよな。ここに跳んだセラならわかるんかなと思って聞いただけだ。……そういや、ここってどこなんだ? 記憶なくす前に来たことあるのか?」
「どうだろう。咄嗟に跳んだのがここだったの。名前もわからない」
「ここはゥワークュイ。僕の生まれ故郷ですよ」
髑髏の持ち手のステッキが、床を鳴らした。