16:解放を望む者
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「そうね。ちゃんと話しましょう」
フェルは真剣な眼差しでセラを、その耳の水晶を見つめる。
「最初は今の言葉の通りだったの。実際にその中に太古の地とヴェィルを封じた。封印の神ヒュポルヒが造り出した無窮を生み出す装置を使って、『神狩り』で弱った兄を、世界ごと閉じ込めたの」
「ん?」ゼィロスが目を見開く。「奴らがウェル・ザデレァの遺跡を探るのはそれが理由か。封印するだけの装置ではない」
「そうですね。装置には解放の機能もあります。ヴェィルはそれを使って封印を解こうとしています。故郷と、自らの身体を取り戻すために」
「身体?」とセラは訝しむ。
「兄は何百年という時間をかけて、封印から外へ出たのです。精神体として。精神だけだとしても、普通はこんなことはできません。しかし、兄だからできてしまった」
セラは不快な引っ掛かりを吐露する。「精神体……でも、わたしは」
「そう、あなたは産まれたわ、セラ。でも決して、ヴェィルが力を使って、あなたのお母さんのお腹に命を造ったわけではないわ。あなたは正真正銘、愛の交わりによって生を受けた」
「……それは、知ってるよ。お母さんから、全部聞いたから」
セラは実母であるクァスティアから自身の出生について、すべてを聞いていた。一夜の出来事を、母は娘にだけ伝えたのだ。
わずかに重くなった空気の中、ゼィロスは話を止めないように口を開く。
「つまりその時は肉体を持っていたということか?」
フェルはその問いに、わずかな間を置いてから答えた。
「造ったのです。しかし、それを長いこと保つことができなかった。兄は渡界の民の地を離れ、組織を作りました。肉体と故郷を取り戻すため、故郷を襲った神々を殺すために」
フェルは今一度、水晶に目を向ける。
「なのでその水晶には、兄の身体と故郷が封印さえている状態というわけです」
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セラの問いかける視線に、伯父と叔母は互いに目を合わせた。口を開いたのはゼィロスだ。
「セラが戻ったことは敵にも知れた。確かに狙われることになるだろう。だが、それは隠していようが、いまいが関係ないだろう。力を取り戻すまでは用心がいるだろうが、力を取り戻したのなら、お前以上の持ち主はいない」
「ですね」とフェルは相槌を打った。「それではわたしはこれで失礼します。例によって、共に過ごす時間が増えるほどに、予見を口にしてしまうかもしれないので」
「レィオゥっ。フェル叔母さん」
「レィオゥ、セラ」
フェルはセラを抱擁し、何度か身体を揺らしてから、そのまま自分だけ姿を消した。
「俺はこれからエレ・ナパスに行くが」ゼィロスは椅子から立ち上がり、問う。「お前も来るか?」
「行きたい。けど、ユフォンにホワッグマーラに行くって約束したから。マカの調子も戻したいし」
「そうか。焦ることはないが、力を取り戻すのは早い方がいい。だが、ちゃんとナパスの王家として、民との交流を忘れるなよ」
「うん。ひと段落着いたら行くよ。みんなによろしく、伯父さん」
「ああ。そっちも、ヒュエリやブレグ殿によろしくな」
そうして二人のナパスはそれぞれの目的地へと向けて花を散らしたのだった。
セラがセラに戻ったころ。
とある世界、一人のナパスがそれに感づいた。
「どうした、エァンダ?」
サパル・メリグスは友が見せた機微を見逃さずに問いかける。
「ああ」その問いに、エァンダ・フィリィ・イクスィアは右腕に触れながら返す。「セラが戻ったみたいだ」
「聞いてたより早いね。セラのことだから、思ったより早まった?」
「もしくは、というより失敗、だな……ったく、面倒なことになりそうだ」
「?」
サパルはエァンダの言葉に訝しむが、エァンダはそれに対して応える素振りは見せない。顔を逸らして、歩き出す。
「行くぞ。あと三本、いや二本か。張り切って探さねえとだ」
「ああ」
サパルはエァンダの背中を刺すように見つめながら、彼の後に続いた。
「おいおい、そんな顔で睨むなよ」
「ああ、ごめん」
おどけるエァンダに、サパルは表情っを和らげて、隣に並ぶのだった。




