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碧き舞い花Ⅱ  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳:御島 いる
第四章 黄昏の散花
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166:酷い友達

 故郷は滅びていない。異空図を眺めるアレスは、一つほっとした。断定できないがあの『紅蓮騎士』によって攻撃され、炎に包まれはしたが、世界の命は尽きていない。沈静化したら、みんなと帰ることができる。帰る場所がある。

 セラがナパードで跳んだ先は、赤く焼けた空に砂塵舞う世界だった。

 光沢のある幾何学的に組まれた長方形の石で、人工的に造られたと思われる建造物。その中でアレスたちは砂塵を逃れていた。今もセラが往復して、息のある者を連れてきている。

 それでもがらんとした建造物の内部。入り口で外に身体を向けるアレスの背後で、集落の人たちは無事を確かめ合い、失ったものを確かめ合い、薄い喜びと濃い悲しみを分かち合っている。子どもたちは静かだ。なにが起こったのか、理解していない子がほとんどだ。けれど、大人たちの不安と哀感に、押しつぶされそうになっていた。

 アレスにはそんな子どもたちを励ますことはできなかった。自分に余裕がないのもそう。不用意に勇気付ける無責任もそう。人殺しとは思えない、繊細さが自分の中にあったことに驚く。自分のこととなるとこうも、痛むのか。

「アレス」

 不意の声に、振り向くとセラが疲労の色を含んだ顔で立っていた。

「探せた人は、全員連れてきたよ。あと、あの男はもういなかった」

「おう、ありがとう」

 隣に来るセラに、アレスは告げる。

「セラがいてくれたおかげで、助かった。おれだけだったら、あいつにすぐ殺されてただろうし、みんなも見つけられなかった」

「うん」

「本当にありがとう、セ――」

「アレス」

 セラはアレスが呼ぶのを遮った。さっきまでエレ・ナパスにいた不安定な彼女はそこにはいなかった。本物のセラに会って、世界が焼けるのを見て、みんなを助けて回った。その経験と行動が急速に、彼女をセラに近づけたようにアレスは思った。

 だから覚悟した。終わりだ。

「……わたし、セラじゃないんでしょ?」

 どこか申し訳なさそうに告げられた二の句に、アレスは目を伏せる。

 セラは続ける。「セラはエレ・ナパスで会った、あの人」

 気づいてしまった。

 騙すつもりはなかった。むしろ騙していたのはアレス自身のほうだった。彼女が憧れの英雄で、自分はその友達なのだと、思いたかった。

「フォルセスに」アレスは打ち明ける。「いや、セラが背負ってるその剣にさ」

 彼女の言葉に合わせて、セラは背中の剣を抜いた。それが証明になることをもう知っているのだ。アレスは目を伏せたまま横目で一瞥する。

 露わになった刃。

 ごく普通の刀身。

 そこに『碧き舞い花』の証しはない。

「神の鳥の意匠がないのを、組手で見た時におれは気づいてたんだ。あの時さ、咄嗟にウェィラと同じで奪われてるなんて言ってさ……無理があったよな、ならウェィラの時に一緒に言えって話だろ?」

 自嘲するアレス。セラは優しく笑い返した。

「ふふっ、確かに、なんでいまさら言うんだろうって思った。でも色々お世話してくれてたし、忙しくて伝え忘れちゃったのかなって」

「お世話、か。そんな優しい言葉にしないでくれよ。おれはセラを、自分のものにしようとしたんだ。記憶をなくしたことをいいことに、セラの過去に割り込んでさ……」

「うん、それは酷いよね。ほんと酷い」

「軽蔑してくれていい。そして、もう……おれに関わらなくていい。セラじゃないって、お前も気づいたんだし……もう、用ないしな」

「セラじゃないから、消えろって?」

「セラじゃなくても、ナパードはできるだろ?」

「セラじゃないけど、友達でしょ? アレス」

「……ぅっ」

「そんな辛そうに涙流しながら言われたって、説得力ないんだから」

「泣いてなんか、ねぇよ……」

 目頭が熱い。涙が流れてるなんて信じたくなかった。自分で自分を偽って、満足していただけだ。なにも感情が動くことなんてないはずだ。セラがセラではないと知っていて、本物が現れればこの時も終わるんだとわかっていた。

 いつか、そんな時が来たら、開き直って彼女のことを見捨てられると思っていた。『碧き舞い花』を語る悪人の命を奪うのと同じように冷酷に。

 なのに、重い。

 セラがアレスに寄り添った。

「アレスがわたしに『碧き舞い花』の物語を思い出を交えながら話してくれたこと。わたしが忘れたいろんな戦い方も教えてくれたこと。アレスができないことも、物語に書いてある内容から、こうじゃないか? ああじゃないか? って真剣に二人で悩んだ。その思い出は本物のセラにはない、わたしの本物。でしょ? そしてそれはアレスの中にもある本物。その日々はなかったことにできないよ、アレス」

「たった三日そこらだ」

 そうだ。セラがアレスのもとに来てから、そう長い時間は経っていない。自分で言って、驚いた。涙するほどの時間を過ごしてはいないはずだった。

 セラにはアレス自身のことを混ぜ込んで『碧き舞い花』の冒険を語った。長い時間一緒に旅をしていたと。

 それを信じたのが彼女で、信じ込んだのがアレス自身だったということだ。

 我ながら愚かだ。とんだ茶番だった。

「……あ、そっか、話してくれた思い出、嘘があったんだ」セラが隣で視線を落とした。「アレスは、昔からの友達じゃなかった……」

「そうだ、わかったろ。おれはお前の友達じゃ――」

 優しい掌がアレスの顔を包んで言葉を遮った。二人はサファイアを向き合わせる。そしてセラは親指でアレスの涙をぬぐった。

「なかったことにはできない、大切な三日間。今のわたしの中で、一番大きな思い出。話に聞いた物語は、どこか他人事だった。まあ、本当に他人事だったけどね。だから、アレス……友達じゃないなんて言わないで。本物の前でわたしのこと友達だって言ってくれたこと、嘘にしないで」

 アレスは息を呑んだ。

「セラじゃないわたしは、セラとして友達にはなれないけど、わたしとして、アレスの友達だから」

「セラ……」

 セラは困ったように笑う。「だからセラじゃないって」

「……」

「……あー、とりあえずはセラでいいかな。なんて呼べばいいか、わからないもんね」

「セラ……」

「アレス」

「ぅぅ、セラっ……」

 アレスはセラに抱きついた。そして我慢をやめて、涙と熱い吐息を心のままに解放する。

「ふふっ、アレスにもこんな一面があったんだね」セラがアレスの銀髪を撫でた。「なんか新鮮」

「一生の恥だ、忘れろよ……」

「えーやだよ。これも大事な思い出なんだから。絶対に忘れない」

「……酷い友達だな」

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