157:探すもの
トラセークァス。
ネルの研究室、影光盤に映るノアが言う。
『俺もセブルスって呼ばれて不思議に思ったんだ。ビズとは俺がまだ自分のことを知らなかった時に会ったから、ノアって呼ばれてたのに』
「ゼィロス伯父さんもビズ兄様にはノアがセブルスだってことを教えたうえで、一緒に出向いたって言ってた。わたしかどうかを疑問に思うのも、会ったことがあるのにわざわざセブルスかどうかを確認するも、おかしいよね」
「まるで会ったことがないみたいだよね」
ユフォンがセラの隣で一緒になって悩む。
「ホワッグマーラに現れたセラのお兄様は幽霊だったのよね」ユフォンとは反対側の隣でネルが考え込む。「それもマグリアの帝が『それ』の力で呼び出した。それが偽物って考えるのは難しいですわ。とすると、ゼィロスおじさまと一緒にヲーンに行った方が偽物かもしれませんわよ」
「うーん……偽物かぁ、確かにお兄様は異空中を旅してたから、エレ・ナパスにいない間にお兄様として帰ってくればもしかしたら成り代われるかもしれないけど……」
「変装、変化の技術が相当なものじゃないとだよね、それだと。周囲の人との関係もあるし。イソラとテムが戦った夢見の民みたいな感じかな?」
『でも誰がなんの目的でそんなことをするんだい?』
影光盤の向こう側でノアが首を傾げる。
『俺と会ったって仕方がないだろうから、他の目的があったと考えるのが妥当だろうけど』
『幽霊として現れた年齢が関係してるんじゃない?』ぬっと影光盤にでかでかと映り込む黒髪の女性。エムゼラだ。『仮説だけど、ノアと会う前でセブルスっていう名前も知らない時代のその人の幽霊なら、その記憶がなくても不思議じゃないんじゃない。ねえねえそれよりさ、幽霊になるってすごい調べてみたいんだが! 興味津々なんだが!』
『エムゼラ、興奮しない』
ノアは呆れ気味にエムゼラを押し退けて画面から外すと、でも、と真剣な面持ちを見せる。
『確かに彼女の仮説も一理あると思う。幽霊という存在が、どういう風に形成されているのかわからないからなんとも言えないけど』
『だから研究をっ!』
ギラギラに好奇心をむき出しにした目で、また画面に割って入ろうとするエムゼラ。ぜえぜえと息を荒くする彼女をノアが腕で抑える。
『ごめん、エムゼラが壊れたから切らせてもらうよ。まともに話ができそうにない』
「ははっ……うん、ありがとうノア。気を付けて」
『あはは…‥じゃあ、また』
そうして影光盤は消えた。するとユフォンが静かに告げる。
「言いづらいんだけど……ズィーの幽霊は若い姿だったけど、最期の時までちゃんと覚えてた」
「色々と考える必要がありそうですわね」
「うん。幽霊についてはヒュエリさんや、ジェルマド・カフにも聞いてみる」
「僕やネルよりもそのことに詳しいと言えばあの二人くらいだもんね」
「悔しいですけど、ユフォンの言う通りですわ。ああ、せっかく会えたのに、セラがまた行っちゃう……」
「また来るから、今度は迷子にもならない」
「当たり前ですわ、また迷子になったら絶交ですからね」
「うーん、じゃあまた迷子になろうかなぁ」
「! ちょ! どういうことですの!?」
「うふふっ。嘘だよ」セラはネルにぎゅっと抱きついた。「ネルと絶交なんて嫌だからね」
「わたしだって。今度いなくなっても……わたしが絶対に探しますからね!」
数多の機器や配線、それから護り石をはじめとしたあらゆる世界の不思議が詰まった研究材料たちがひしめく研究室。
薄暗い無機質な光が照らす中、クェト・トゥトゥ・スは実験体の額に新開発した包帯を巻き終える。意思への拘束をより強固なものとした。もとより根付いていた己の正義に反する行動も躊躇わないだろう。
実験体が目を開けた。紅の瞳がクェトの猫のような瞳をまっすぐと見た。
「セラ……セラはどこだ?」
「君には彼女を探してもらいたいのです。お願いするまでもないでしょう?」
「あたりまえだ」
紅の花を散らし『紅蓮騎士』の遺体は姿を消した。
「本当にあんな抜け殻で探せるのですか、博士」
背後からの声。振り返ると、研究室にいつの間にか客人がいた。暗い藍色の花を辺りに散らしているところを見ると、今しがた姿を現したのだろう。
「あれほどに大事な人を求める者が抜け殻に見えますか? 死しても身体に刻み込まれた想い、むしろそれだけしか残っていない状態こそ重要なことですよ。ただひたむきに目的を達成しようとするでしょう」
「科学者であるあなたが、そういう考えを持っているとは驚きですね。感情だけでなにもかもが為せれば苦労はしないですよ」
「しかし感情をないがしろにしてしまうのはもったない。冷静なあなたでも強い感情で衝き動かされることはあるでしょう?」
「……否定はできませんね」
仮面に覆われることなく露わになった口角が優しく上がった。そう口角が。
「それにしても、再び肉体が造られたのですね、フェースくん。マスターの回復は上々のようだ」
上半分を仮面で隠した顔はもちろん、フェースの身体は頭の先からつま先までしっかりとそこにあった。マスターの力が戻ったことで再び仮の肉体を手にしたのだ。
「ええ。だがまだですよ。計画が次の段階に進めば、俺とマスターの肉体の共有は終わり、俺の力、なによりマスターの力がさらに確固たるものになります」
「そうなればおそらく事は早く進むことになるでしょう」
「そのためにも、『紅蓮騎士』には早々にムェイを探し出してもらわなければ」
フェースはその仮面から覗く暗緑色の瞳で、さっきまで『紅蓮騎士』の遺体があった場所を見やった。