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碧き舞い花Ⅱ  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳:御島 いる
第四章 黄昏の散花
158/387

155:旅する鍵

「まばたき?」

「瞼を閉じるなんて……」

「待て、俺はそれくらい……」エァンダは目元に力を込めるが、瞼が下りることはなく鼻筋に皺が寄るだけだった。「……できない」

 サパルは笑って、また鍵のように重々しくユフォンの手紙を回しはじめた。

「『名無しの鍵』が開閉するのは名前。つまり名前が現す概念。俺は今、まばたきという概念を閉じたんだ」

 そうして回し終えるのを見届けると、セラはまばたきをした。今の一瞬自分が『まばたき』という概念を忘れていたのが不思議なほど自然に。

「異空中に影響があるから今はまばたきにしたし、すぐに戻したから平気だろうけど、もしこの鍵でもっと重大な概念が閉じられてしまったら、そのことを知らない(・・・・)のに異空中が大混乱に陥ることになる。その概念がないと生きていけない人たちがいれば、そもそもなかったものとして消滅するだろうね。それほどに危険な鍵だ、これは。使いようによっては七封鍵で一番危険かもしれない」

「なるほどな。でもそれって」とエァンダが悪戯っぽくサパルを見やる。「『存在の鍵』とどう違うんだ?」

「そうだな簡単に言えば『存在の鍵』は記憶を残すけど、『名無しの鍵』はそもそも知らなくなる。今みたいに目の前で、その概念を見た人は知らなかった瞬間があったっていう記憶は残るけど、また開けば、知らなかったことも覚えてないのが普通だね」

「『追憶の鍵』も使えば同じ効果が得られるのか?」

「上手くやればそうできるかもね。それにしても、やけに突っかかってくるねエァンダ。そもそもお前は知ってるじゃないか」

「まあな。でもなんかな。さっきのが気持ち悪かったから。なぁ、セラ。お前もそうだろ?」

「うん確かに、なんでできなかったんだろうって思うけど。そこまでイライラすること?」

「言われればそうなんだけどな。なんか落ち着かないんだよ」

「サパルに笑われたからじゃないかい?」とユフォンが笑う。

「それもあるかもな」

 わざとらしく笑うエァンダを余所に、セラはサパルに問う。

「でも、どうしてユフォンの手紙が? どういうことなんですか、サパルさん」

「まあそうなるよね。でもこればっかりは偶然としか言いようがないかな」

「「偶然」」

 セラとユフォンが腑に落とすように、声を合わせて視線を交わす。

「『名無しの鍵』は決まった形を持たず、物体に宿ることでやっと鍵としての役目を発揮することができるんだ。宿る物体に法則性はなく、鍵の気まぐれで宿主は変わる。物だけじゃなく、生き物にも宿ることもある」

 サパルがそう説明すると、今度は別の疑問が浮かんでくる。それはユフォンも同じだったようで、彼女より先に尋ねる。

「じゃあどうしてその手紙に宿ってるってわかったんですか?」

「コクスーリャが『鍵探しの錠』という道具を探し出してくれてね。これのおかげさ」

 言ってサパルが取り出したのは、鍵穴が一つ空いた球体だった。

「探したい鍵を想ってこの鍵穴を覗くと、その鍵の在り処が見えるものなんだ。鍵束の民の俺でも知らなかった道具だよ」

「それを覗いたら、セラのバッグの中だったことですか?」

「そういうこと」

 エァンダがまだ機嫌が悪そうに呟いた。「最初にそれがあれば他の鍵はもっと早く見つかったのにな」

「そう言うなよ、エァンダ。コクスーリャがいなかったら『名無しの鍵』は見つからなかった」

 そんな二人のやり取りの最中、セラはユフォンと言葉を交わす。

「わたしがあの手紙を持っておこうって思ったのって、そういう理由もあったのかも。勘で」

「ああ、確かに。あの時僕は捨てちゃっていいよって言ったからね。やっぱり君はすごいや」

「ところでセラ。この手紙なんだけど――」

 サパルがそう切り出すと、セラは言葉の最中に返答する。

「大丈夫ですよ、サパルさんが持っ――」

「いや、違うんだ」とサパルがセラを遮り返した。「コクスーリャの調査の結果、実は盗まれる以前からこの鍵は扉の森で保管なんてされてなかったことがわかったんだ。盗まれてもいないってね。鍵の意思のまま、異空を旅させていた。保管を任されていた人物も含めて、誰もその行先を知らずにね」

「誰も知らないというのが、隠すよりも最適な盗難防止ってことだ」エァンダが深刻な気配で告げる。「だが、もう俺たちが知ってしまった。探せる道具の存在もな」

「おい、エァンダ。深刻な雰囲気にしないでくれよ」

 サパルはエァンダに釘を刺してから、ユフォンの手紙と『鍵探しの錠』を改めて示す。

「これはコクスーリャからのお願い、というか依頼の報酬としての契約でね。『名無しの鍵』は確認したのちに、同じように鍵の思いのままにさせることになったんだ。それでセラに確認したいのが、この手紙を燃やしてしまってもいいかってことなんだ」

「燃やす?」

「そう。形のないものに『名無しの鍵』は宿れない。強制的に宿主を変えてもらうんだ。それで俺たちはその行先を追わない」

「そしてその前にサパルはこの異空から『鍵探しの錠』という概念を閉じる。そうすれば探す手段も知られることがない」

「なるほど」ユフォンは頷く。「つまり今までの状態よりさらに厳重になるわけですね」

 探す手段までなくなれば、確かにより強固に『名無しの鍵』は守られることになる。達筆な手紙には思い入れがあるが、異空にとって危険な代物への処置との天秤にはかけるまでもない。手紙がなくなっても、思い出は消えない。

「わかりました。ユフォンも、いいよね?」

 手紙を書いた本人にも確認の視線を向ける。

「僕はそもそも捨てていいって言ってたしね」

 同意を得ると、サパルは真剣な表情で頷いた。

「じゃあ、まずは――」



 変な間があったようにユフォンには思えた。セラやエァンダもその間を感じ取っていたようだったが、サパルがセラに手紙を差し出したことで考える時間もなく話が進む。

「セラが燃やすべきだよね」

「……はい」

 言われて、どこかに違和感を覚えたようではあったが、セラは自ら手紙を燃やした。

 ユフォンは彼女のマカによって一瞬で燃え上がった炎をじっと見つめた。炎の塊が、すぐあとには灰の集まりになった。

 じっと見ていたからか、ユフォンの視界には炎の残滓が焼き付いていた。ちかちかとする目を何度かしばたかせ、目頭を押さえる筆師だった。

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