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碧き舞い花Ⅱ  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳:御島 いる
第三章 碧花爛漫
154/387

152:イソラの縁

「セラ、姉ちゃん…‥?」テムは地に伏したまま疑いの目で見上げる。「ケフッ、教祖の力か」

「教祖? なんのこと、テム」

 コクスーリャの脚を交差させた両腕で受け止めたまま、セラが問い返してきた。かと思うとすかさず二の句をつづけた。

「待って、答えなくていい。喋らないで。死んじゃったら助けられない」

「……やっぱり、教祖か」

「もお、すぐ終わらせるから」

 ヴェールに包まれたセラは、コクスーリャの脚を跳ね上げると、そっと彼の額に指先を触れた。その瞬間、コクスーリャの身体から力が抜けた。ふらついたかと思うと彼は立て直し、セラを見て、テムを見て、それからこめかみを抑えて顔を顰めた。

「…………そうか、潜入じゃなく入信してしまうとは……」

 自嘲気味のコクスーリャはそれからまたセラに目を向けた。

「君はセラでいいだよな」

「『真実の口』飲もうか?」

 言ってセラがその手に碧い光の粒を集めた。するとそこに真っ白な楕円形の錠剤が一粒、出現した。その場で造られたように。

「飲むならこっちを」と言ってコクスーリャは懐からケースを出し、セラに差し出す。

「まあそうだよね」セラは受け取って、その中の薬を飲んだ。そして最初の質問に答える。「わたしはセラで大丈夫だよ。セラフィ・ヴィザ・ジルェアス」

 コクスーリャは黙って頷く。それを見るとセラはテムに目を向ける。碧が光るサファイアは確かにテムの知るセラのものかもしれない。『真実の口』を飲めば嘘を口にできないことも知っている。しかしテムには起きていること全てが信じられなかった。

 睨み上げていると、セラが手をかざしてくる。洗脳される。そう思ったときには、テムは自分の身に起きたことに訝しんだ。

 身体が、軽くなった。瀕死の怪我が嘘のように、なくなった。

 徐々にではない。一瞬で。

 信者はこうやって教祖の力の恩恵を受けて命を取り戻すのか。そう考えて、そう考えられていることを不思議に思う。洗脳されても、教祖に対する敵意のままに思考できるのかと。

 コクスーリャに脇を支えられ起こされる。

「これ分化なの」そういうセラの身体が透けていくのをテムは見た。「もう一人がイソラたちを連れてくるから、そのあとは、頼んでいいコクスーリャ」

「もちろん」

 探偵の返事を待って、セラは碧い粒になって消えた。

「……本物の、セラ姉ちゃんだったのか?」

「『真実の口』、俺も飲んで答えようか?」



「悪いけど」セラはあしらうように神に告げた。「今は戦ってあげられないの、フュレイちゃん(・・・)

「ここはわたしの世界よ。出られるとでも?」

「渡界人だから」

 セラは微笑むと、腕を焦がし倒れるイソラとルピに触れることなく、花を散らして地底湖から共に姿を消した。



 石像の並ぶ高台。テムとコクスーリャの前に再びセラは現れた。腕の焼かれたイソラとルピ、そしてナギュラを連れて。

「イソラ!?」テムは一目散にイソラを抱きかかえた。

 ルピとナギュラはすでに教祖の洗脳が解けているようで、状況が把握できずに戸惑っている。

「……あれ」セラは驚いた様子でルピがその手首を握ったナギュラを見た。「ナギュラ・ク・スラー? ルピが掴んでたの?」

 コクスーリャが彼女に告げる。「ナギュラは連盟の所属になったんだ」

「そうなの?……って、今はそれどころじゃない。イソラを戻さないと」

 テムはセラが掌を向けてくるのを見返す。すると一瞬イソラごと碧い光に包まれた。



 それは唐突で、理解はまったく追いついていなかった。

 どうして自分がこの状況になっているのかも。いったい()はどうなっているのかも。

「あたし……」

 イソラは赤い鳥居に囲まれた中で、もう一人の自分と相対していた。自分と違って、前髪を下してたイソラ・イチと。

「違う。わたしはイソラ・イチ」

「……あたしも」

 言いかけてイソラは口を紡ぐ。

「言って」

「え?」

「自信を持って」

「でも……」

「大丈夫だから、あなたも名前を教えて」

「……イソラ・イチ」

「うん」イソラ・イチは満足そうに笑った。「その通り!」

「え?」

「わたしもイソラであなたもイソラなのよ! 名前は一緒! でも、間違えちゃ駄目よ、わたしはあなたじゃないし、あなたはわたしじゃない」

「……ん?」

「あなたはあたしで、わたしはわたし!」

「あたしはあたしで、あなたはわたし?」

「ずっと一緒だったけど、身体もあなたのものだし、記憶もあなたのもの。傷も、師匠や友達との出会いも全部あなたのものよ、イソラ」

「ずっと一緒……あなたはずっと知ってたの? ずっとここにいたの?……それなのに、あたしはあなたのことを知らなかった」

「うーん、確かにわたしが一方的に寄り添って見てただけだからね。でも、気にしなくていいよ。わたしが勝手にイソラの中に入っただけなんだから。本当は消えるべき存在だったのにね」

「違うよ! イソラは、お父さんとお母さんに大事にされてて、護られたんだよ! 親の顔も知らないあたしの方が消えるべきだった! あなたがこの身体で生きるのが正しい!」

「それじゃあ師匠たちに出会えてなかったよ、きっと。イソラが持ってた(えにし)が、みんなとの出会いに繋がってるんだよ」

「そういうのはイソラの力なんでしょ?」

「わたし半血だよ? それに赤ん坊だった。力のことを知ったのも、ついさっき一応伯母さん? に言われたからだもん。イソラ・イチが大勢の仲間たちに囲まれているのは、イソラの選んできた道のおかげ」

 と、もう一人のイソラはなにかに気づいたように、視線のイソラから外した。

「ほら、言ってるそばからお友達が迎えに来たよ、イソラ」

「え?」

 イソラの目の前が、鳥居の空間が碧く染まった。その中でイソラ・イチの声が耳に届く。

「わたしがイソラの身代わりになってあげようと思ってたんだけど、彼女が来てくれたなら大丈夫だよね。これからもここで見守って……あ、ごめんもう()守れないや。でも大丈夫! わたしとイソラの繋がりは消えないから! どんな形でも、わたしはもう一人のイソラとしてあなたと繋がり続けるから!!」



 碧き光が弾けた。

 視界が明瞭になる。

 イソラは正気をもってセラの姿をその目に映していた(・・・・・)。碧きヴェールを身に纏ったその姿を、彼女ははじめて目の当たりにした。

 頬を涙が伝った。

 様々な感情が溢れ出した。こんがらがっていて、それでいて清々しい。

「イソラ……ありがと」

 そっと目を覆いながら、イソラはそう言った。

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