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碧き舞い花Ⅱ  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳:御島 いる
第三章 碧花爛漫
148/387

146:依存

 鍵束は鳴き止んだ。

 エァンダは静かにタェシェを納める。それからルファの遺体から『記憶の羅針盤』を外し、優しく握った。そうして似合わない穏やかな顔で眠るナパスに視線を向ける。

「『ナパスの化身』……。エレ・ルファ。あんたから貰ったこの名に恥じない戦士になることを誓うよ。ずっと温めてたんだろ、なにが思いついただ。あんたこそ、思考の波がぶれぶれだったぞ」

 死してまで恨みはしない。ナパスへの罪は(あがな)われた。そして彼もまた、ナパスの民だということに違いはないのだから。ルファの遺体は、アズの地に眠ることになるだろう。

 エァンダはルファの『記憶の羅針盤』を自らの首に下げた。そうして顔を上げると、爪のように山なりに反った剣が目に入る。主を失い、独り大地に突き刺さるその剣をエァンダは引き抜いた。そして、柄を額のところまで持ち上げる。

「……虎爪(こづめ)か」

 胸元まで下して、虎爪を見つめるエァンダ。

「悪いけど、俺はお前を振れない。独特過ぎる。ルファと一緒に眠るか? それとも新しい主を探すか? もし探すなら、俺も協力する」

 しばらくの空白があった。その後、虎爪の刀身にヒビが走った。そして、虎爪は白銀の粒となってルファの遺体に降り注いだ。

「弟子とは大違いだな」

 残った柄をルファの胸に抱かせる。そのままルファの身体に触れて、アズへ跳ぼうとした時だった。

 嫌でも慣れ親しんだ気配を感じ取った。

 空気が禍々しい殺気に震え上がる。

 右手が疼く。

 歪んだ音が鳴り出し、中空に亀裂が生まれた。そのわずか隙間に、鋭い爪を持つ真っ黒な指が捻じ込まれる。

 エァンダは左手で軽く鍵束に触れた。「まったく、待っててくれっていただろ、サパル」

 空間を引き裂いて現れたのは、サパルの顔の左側だけを残した、爪も牙も翼も鋭いという印象を具現化したような真っ黒な姿。破界者とエァンダを経由したドクター・クュンゼの怪物。

 すなわち悪魔だ。

 黒い液体が今まさにサパルを完全に取り込もうとして、彼の顔の面積を狭めていく。

「すま……い……ン、ダ……」

「喋れるってすごいな、サパル。そのまま俺の変わりに、そいつのこと飼っててくれないか?」

「……ぐっ…………」

「冗談言ってる場合じゃないか」

 エァンダはサパルに纏わる悪魔に向かって手を伸ばす。

「ひと仕事終わったばかりだっていうのに。どうせ俺の身体は奪えないんだ、そろそろ親離れして一人でどっか行ったらどうだ?」

 サパルを残し、黒い液体がエァンダに向かって飛び出した。

「聞く耳なしか」

 力なく伏すサパル。安らかに眠るルファ。その二人に挟まれて、エァンダは悪魔と生存競争をはじめる。

『疲れているな。身体も心も』

「うるさいっ……」



「うるさいっ、うるさいっ、うるさいっ!」

「うきゃ……!」

 ズィードは錯乱するシァンに突き飛ばされたネモを受け止める。

「おいシァン。最近おかしいぞ!」

「おかしくない! 知らない! 黙ってて!」

 見開かれた竜の瞳孔は限りなく細く鋭い。鋭い歯を獣のようにむき出している。その形相は誰が見ても普通ではない。なにより、ここ最近、シァンの頭の角が伸びているのではないかと、他の義団メンバーで囁かれはじめていた。ギーヌァ・キュピュテの一件以来、シァンの様子がおかしいことに仲間たちも次第に気づいていった。

 そして今日、この現場だ。

 異空船の女子部屋には手持ちとは別に逆鱗花の葉が保管してある。その残りが戦闘で使っている量と合わないと、ネモがズィードとソクァムに相談したことがきっかけで、義団全員で寝静まったフリをしてシァンの行動を待った。

 その結果が蝋燭の僅かな光の中、逆鱗花の葉の入った棚の前に立つシァンの姿だった。

 ネモがその手に持った逆鱗化の葉について聞こうと、歩み寄って現状に至っている。女子部屋に全員が集まるのは、テムから異空船をもらったときに部屋決めをする時以来だった。

 憐みの目で首を横に振るダジャール。「完全にイカれてるな」

 悲しげになくピャギー。「ぴゃ~……」

「なんなの、みんなして! 女子部屋だよここ!」

 ケルバがあっけらかんという。「そうだぞ。女子部屋だ。くつろぐ場所だ。戦いじゃないのに、その葉っぱはいらないだろ?」

「これはっ……だから、えっと、残りの数を……確認してた、だけだよ」

「こんな時間に?」とアルケン。

「目が覚めちゃったの。だから」

「シァン」ソクァムが諭すように言う。「お前は依存してるんだ。ネルさんかお姉さんに相談しに行こう」

「依存? なに言ってるの? あたしはちゃんと管理できてるよ、ソクァム。戦いの時だって、デラバンに言われてる量を守ってる」

「ネモが言うには、残りの数と使ってる量が合わないらしい」

「それはネモが勘違いしてるだけだよ。管理はわたしがしてるんだから、そもそもネモは細かく把握してないでしょ」

「だとしても、ネルさんに聞けば、どれくらい船に保管してたかはわかる。それでどれだけシァンが逆鱗を使ったのかわかるだろ。その意味も含めてネルさんのところに行こう」

「そういうことだ、シァン。いいよな?」ズィードは総括とばかりに言うと、指示を出す。「ソクァム、進路をネルさんのとこに」

「人任せすぎだぞ、団長」

「僕も手伝うよ、ソクァム」

 女子部屋をあとにするソクァムとアルケン。それを見つめるシァンの目が狂気を満ちていくのを、ズィードは見逃さなかった。

「なんで……」

 傍にいたネモの背をダジャールに向けて押し、シァンに向かって動き出す。

「なんでなんでなんで!」

 猛獣の瞳が扉を出ていく二人の背中を獲物として捉えると、シァンが獣じみた跳躍を見せた。だがすでに動いていたズィードが突進したことで、二人は壁に激突する。

「うきゃ!」、「ぴゃ!」とネモとピャギーの悲鳴が聞こえると、ズィードはすぐに壁際で立て直す。そのあとに聞こえたケルバの「ズィード!」という叫びにシァンに目を向けると、彼女が持っていた逆鱗花の葉をむさぼっていたが目に入った。

「シァン、やめ――」

「グルゥゥアっ!」

 竜の膂力がズィードを襲う。

 扉を出ようとしていたソクァムとアルケンを通り越して、壁を突き破ってズィードの身体は甲板に投げ出された。

「っく、ってぇ……」

 木片を払い、ズィードが女子部屋に目を向けると、鱗に包まれた身体と尻尾が目に入った。肉体がダジャールよりも大きくなり、衣服が破れた姿。それは人の形をした竜だった。

 凶暴な咆哮が異空船をバリバリと軋ませる。

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