140:テム対コクスーリャ
「お手並み拝見といこうか」
駿馬でコクスーリャがテムの懐に入ってきた。刀を構えているのだから、あまりに詰められては攻撃に転じられない。お手並み拝見と言いながら、テムに攻撃を許さない攻め方だった。
だったら防御に出るまで。テムは天涙で打ち出されたコクスーリャの拳を防ぐ。そのまま拳を薙ぎ払い、テムは後退する。
「……?」コクスーリャは訝んだが、追撃を仕掛けてくる。「っは!」
掌底。テムはコクスーリャの掌に天涙の切っ先をそっとあてがう。そして払い上げた。
「!?」
「お返しっ!」
上げた天涙をそのまま身体の後ろに回し地面に突き立てると手を離し、テムはコクスーリャの腹に拳を一発打ち込む。闘気が空気をヒビ割り、そして探偵を吹き飛ばす。
「まだだ」
すかさず諸手で天牛を放つ。そして天涙を抜き取ると、駿馬で駆け出す。最中、テムの身体に波紋が浮かぶ。コクスーリャの水牛だ。このまま食らうわけにはいかない。水牛を知った時からその対処法は考えていた。ケン・セイの一派でなければ使う者もいないのだから、そうそう相手にすることはないだろう。だが、使う者としてその弱点を知っておくことは重要なことだ。打ち破られることがないという考えは身を滅ぼしかねない。
水牛は敵に闘気に覚えさせた力を返すのに時間を要する。反射的に返せないのだ。そこにつけ入る隙がある。波紋が浮かびさざめくより前に、それを自身の闘気で抑え込むことができれば、発動しない。
テムがすぐに対処をはじめると、彼を取り巻く波紋たちは縮んでいく。だがいくらかが消えたところで、残った波紋がさざめき立った。
「っち、間に合わな――、くぁあっ!」
テムの身体が後ろに弾かれた。しかしそれほど大きな力ではなかった。テムは受け身をとると、再び駆け出す。コクスーリャもすでに立て直していて、二人はすぐに拳が届く距離に詰め寄った。
「水牛を打ち消す方法、自分で考えたのか?」
「当然」
「っと、またか」
コクスーリャの蹴りを天涙で受け、払うテム。
体勢を立て直しながらコクスーリャが言う。「いなしてるというのとは少し違う。衝撃が全くもって消されてる」
「もう見抜かれたのか……さすがだな」と構えるテム。
「いやまだまださ、原理はまったくだ。……けど、探る前に終わるかもなっ」
「……?」
テムの顔を側面から狙うコクスーリャの拳。対してテムは天涙で受け、また払おうとする。そこにできた隙を狙おうと。だがテムは警戒もしていた。探偵が口角を上げている。ただそれだけだが、警戒するには充分すぎる。
しかし攻撃を受けるわけにもいかない。思い描いた通りにテムはコクスーリャの拳を天涙で払った。上手くいった。今までと同じように無力化することができた。
警戒が心に残ることに訝る。そんな余裕もなく、テムの脇腹が強かに打たれた。
「んぐっ……っぐん……っ……!?」
脇腹だけではなかった。拳を防いだ顔より下、全てだ。体側をなにかに強打されて、皮膚に近い骨たちが一斉に悲鳴を上げた。そして打たれるままに張り倒される。
「ぐぁ……!」
テムの手を蹴り、天涙を地面に転がすコクスーリャ。「天涙に触れた力を無力化する技術。そんなところだろう」
「……俺の知らない闘技を使ったな」
テムは伏したまま、頭だけ動かしてコクスーリャを見上げる。それだけでも身体中に激痛が走る。一発の攻撃とは思えない負傷だった。それでも強気で笑う。
「勝てないと思った?」
コクスーリャは首を横に振る。「そうじゃない。ただ技術の相性の都合上使っただけさ。まあでも、使わせたって点で考えれば君の勝ちかな、テム」
「状況見て言ってくれよ……。どっちが敗者かなんて、誰が見ても明らか、だろ……」
「花神さまのところに来れば、すぐに治るぞ。それに活力が湧く」
「……死んだ方が、マシだ」
「イソラもいるんだぞ?」
「あぁ……それは……死ぬわけには、いかない…‥な」
「よし、じゃあ――」
「助、ゲフッ……に、いかないと……」
「そうか。悪いけど、それは無理な相談だ」
コクスーリャが脚を高々と振り上げた。




