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碧き舞い花Ⅱ  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳:御島 いる
第三章 碧花爛漫
139/387

137:その声は届かず

 時は僅かに遡り。

『反旗の町』。

 ゴンヮドの家でアスロンからの連絡を待つ戦士たち。

 ノヅギンがぼやく。「全然連絡ねえな。あいつらやっぱり、俺たちに危険な事させねえように、黙ってるつもりじゃねえのか?」

 小屋の中に不信感が漂う。そして誰かが言った。「もう行っちまおーぜ。どうせ連絡があれば上に行くんだからよ。出発が早くなったって問題ねえだろ」

 おう、おうと士気を高めていく。それをゴンヮドが静めようとしているが、ノヅギンも含めて止まる意思は全くなかった。誰かが扉を開け放ったのを合図に男たちが外へ雪崩出る。

 しかし意気揚々と飛び出ていった男たちの足はすぐに止まり、ノヅギンは男たちの背中という扉に出鼻をくじかれることになった。

「おいおい、どうした? 行けよ」

「それがよ、ノヅギン」扉を出たところで止まってる男が困り顔で振り返った。

「なんだよ」

「水が」

「水?……どけ、どういうことだ俺にも見せ――」

 男たちをかき分けて扉の向こうへと出ると、ノヅギンは言葉を失った。

「……なんだ、これ」

 小屋の前に浅い川ができていた。



 さらに時は遡り。

『反旗の町』へ水をもたらす滝。その前にセラの姿をしたフュレイとイソラの姿があった。二人の後方には冷たい白色のフードに顔を隠した者が横一列に三人控えていた。

「恐れ多くもフュレイ様」白フードの一人、真ん中の者が窺う。「ここが祭壇ですか?」

「いいえ、違うわ。祭壇は地下深く、地底湖にあるの」

「ではなぜ、ここへ?」

「この水がわたしをそこへ導いてくれるのよ」

 屈んだフュレイは、ぽちゃんとその手を掘られた貯水穴に差し込んだ。

「さあ、お行きなさい。そしてわたしに道を示して」

 その言葉に応えるように、溜まった水が膨れ上がり、細く流れる溝の範疇を超えて洞窟を下っていった。小川から清流、そして激流となって『反旗の町』へと向かっていった。

「少し時間がかかるでしょうし、その間に信仰を集めに行きましょう」

 水の流れが激しくなっていく様子を見届けると、フュレイはその場の全員と共に花を散らすことなく消えた。



 町の硬い地面は見渡す限り水浸しになった。その間、僅か数分。そして今もなお水の量は増え続けている。

「上は大雨か!?」

「まだ増えてるぞ! みんなを避難させるべきじゃねえか?」

「いや待て、水はここに通じる洞窟にはけてくだろ」

「そうだ。そうやって設計してる」

「でもよっ、減るどころか増えてるんだぞ。おっかしいだろっ!」

「貯水池見てきたほうがいいじゃねえか?」

「おい見ろ! やべえ!」

 叫んだ男が指さしたのは滝に向かう洞窟が見えるはずの方角。しかし洞窟の入り口は、巨大な水の流れによって隠されてしまっていた。

「嘘だろ!」

 ノヅギンは飛沫を上げながら、駆け出した。

 すぐそばではないが、ノヅギンの家はあの近くだ。そして今あの小屋にはアビットがいる。

「アビーーットっ!」

 溢れ出た奔流に、今小屋の一つが飲まれた。

「あっ……くっそぉ!」

 足に絡みつく水が鬱陶しい。ここでアビットを失っては、地上に戻っもてツリカに合わせる顔がない。そんなことがあってはいけない。

「アビーーットっ!!」

 彼の叫びは水や崩れた小屋の木材たちが打ち合う轟音とぶつかり合う。まだノヅギンの小屋は無事だが、その声が息子に届いているとは思えなかった。

 自分の声は届かない。

 妻にも届かなかった。だから教祖のところに行ってしまった。

 バチが当たった。これは自分のことばかり考えていた罰だ。愛するものは必要ないと、罰が下った。

 それでも足は止めない。声も枯らさない。

 ノヅギンは叫びながら、激流に向かって走り続けた。自分が飲まれることなど考えていなかった。ただ、アビットのことだけを想って。

 だが。

 間に合わない。

 間に合わなかった。

 ノヅギンの小屋は、あっけなく水に覆い流されて、消えた。

「あああっ! アビットぉぉぉお!」

 悲愴に打ちひしがれ、膝から崩れたノヅギン。と、その耳に破壊の音とは違うものが届いた。

「お父さぁあん!」

 その声は水の来る方向とは別のところから聞こえていた。そっちに目を向けるノヅギン。頬を綻ばせ、目を瞠る。

「アビット!」

 遠く。迫る水と反対方向に走るホルベに抱えられたアビットの姿があった。

「お父さぁあん!」

 ノヅギンは脚に力を込めて再び立ち上がると、駆け出した。ホルベに感謝だ。突っかかることの多いが、今は強く抱きしめたいと思った。

「感謝しろよ」走りながらホルベが笑う。「ノヅギン!」

「ああ! ありがとうっ……!」叫び、いつの間にか浮かんでいた涙を腕で強く拭った。「ホル、おい!」

 腕で視界が遮られたほんの一瞬の間に状況は一変していた。どこか壁にぶつかったのか、さっきまで見る影もなかった巨大な波がホルベとアビットに影を落としていた。

「なっ!?」

「ぁぁぁ……」

 見上げた二人を、波は容赦なく飲み込んだ。

「うぁあああ゛ああああっ!」

 顔全体で叫ぶノヅギン。だがそんな彼の背後にも水の猛威が迫っていた。その叫びは誰にも届かずに、水の中に消えた。

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