135:パターン2
イソラが教祖の元にいるとわかった時点で、彼女から作戦の情報が漏れるという心配があった。
だがそもそもそれ以前に、アスロンはエスレとコクスーリャを警戒していた。二人の情報収集能力を。だからこそ抜かりなくアスロンとテムは練った。表と裏で。作戦と計画を。
作戦は礼拝の儀を狙った幹部の暗殺と教祖の捕縛だった。これは『反旗の町』の戦士たちや敵が知っているもの。計画はこの作戦が敵方に漏れていることが確認され次第移行するものだった。
そのパターン2がアスロンによって宣言された。
礼拝の行なわれる場所に対象が現れず、そのうえ戦闘の気配が見えた場合。この時は戦闘を行い、信者の捕縛を試みる。それがパターン2だった。捕らえた信者には洗脳の解除を試す。
「パターン2? 俺の目を逃れて作戦を?」
集落の中にある石像が並ぶ高台でそう言うのは、テムの前に現れた瞳の虚ろな探偵だった。
「そんな正気じゃない目してるから見逃したんじゃないの、コクスーリャ」
「花神さまのおかげでいつも以上の感覚になってるんだ。そんなはずはない。教えてくれよ、テム。どんな仕組みだ隠匿や静音はおろか、アスロン・ピータスは術式を使った様子はなかったはずだ」
「だけどこれが術式なんだよ。術式狙撃施条銃、アスロンは背負ってなかっただろ。コクスーリャがどこから俺たちを監視してたかは知らないけど、喫茶店で店主を狙撃した後も銃を取りにはいってない。俺たち連れてそのまま『反旗の町』に向かったんだからな」
「他にもガラスの隠密がいたのか。その線も調べたはずだが、見逃したのか」
「違う。アスロンだけだ。アスロンが術式を弾丸にして俺たちに当ててた。もちろん見えなくしてね。ま、詳しく話したらアスロンに怒られそうだから言わないけど、術式は進歩してるってことだよ」
「穴、複製、反復…………遠隔」
両足首をステンドグラスに通したエスレ。そんな彼女を囲むように数多のステンドガラスが無造作に現れた。そして最後にはまるで施条銃の引き金に掛けるように形作ったアスロンの指先に、一枚のステンドガラスが指輪となった。
だがこれで終わりではない。アスロンは術式を続ける前にエスレに一言添えることにした。
「隠密ならまだしも、戦闘で勝とうなんて、まさか思っちゃいなかっただろ」
ぐっと歪むエスレの顔。どこか悔しそうに見えるのは師としての思い過ごしか。
「照準」
エスレを囲んだステンドグラスが、一斉に彼女に面を向けた。
「装填」
それぞれのガラスの向こうから、かちゃっと冷たい音がした。
「安心しろ、気絶させるだけだ。お前を殺したと知ったら、生き返ったとしても俺がイリースに殺されるしな」
アスロンは肩をわざとらしく竦め、そして構えた指を引いてガラスの指輪をぱりんと割った。途端、エスレに向かって無数の弾丸が飛び出した。
射抜かれ倒れるエスレを、アスロンは即座に近寄って支えた。
「こちらアスロン。こっちは終わった」
耳元でアスロンの声がした。
『こちらアスロン。こっちは終わった』
余裕を思わせる声がルピには、耳障りだった。
礼拝の現場に現れた魔法使いは彼女にとって相性がとことん悪かった。
「世界が世界なら、賢者も賢者。『鍵束の番人』。よく賢者を名乗れるわね、あなた」
黒みを帯びた赤紫の髪を掻き上げ嘲笑するナギュラ。現在は特例的に異空連盟に所属する元女怪盗。彼女はルピの故郷である『扉に覆われし園』から、全てではないが七封鍵を盗み出している。いくつもの厳重な扉を、いとも簡単にすり抜けて。
ナギュラに鍵は通用しない。身体の自由を奪う類の鍵さえも効かない。
「わたしだって……なりたくてなったわけじゃ…………!」