134:頭が心を操れるなら
恐らく一番気が気じゃないのは自分だろう。テムはそう思っていた。
アスロンがゴンヮドやノヅギンたちに揺動をする合図や注意点などを説明している間も、ざわつく気持ちを押さえつけるのに意識を労していた。表面的には平静を装えているだろう。しかしながら、今にでも単身地上に躍り出て、イソラを助けに行きたい。その想いに衝き動かされそうだった。
そう難しくないアスロンの説明も、延々と続くように感じられた。早くイソラを掴みたい。そう考えては心内で首を横に振る。感情的になって身勝手な行動に出るよりも、アスロンと組み立てた作戦を決行する方がこの世界のためであり、イソラのためになる。目的を達成するためにどうすればいいのかを見失ってはいけない。
「それじゃあ、俺たちは先に地上に出て配置につく」
アスロンが説明を終えて、ゴンヮドに通信機を手渡す。
「俺が連絡を入れたら、みんなも上へ。そのあとは合図を待つこと」
わかった。とゴンヮドが言うのに合わせて他の男たちも頷く。それを見てテムはやっとかと思う。自分の準備は万端だ。ルピとアスロンを置いていく勢いで、黙って小屋を出る。
「ちょっとテム」ルピが小走りに追いついてくる。「焦っても決行の時間は変わんないよ。こんな早くから気を張ってたんじゃ、いざってときまで持たないよ」
「……わかってる、そんなことは。でも、頭が心を操れるなら、誰も苦しくならない。異空中賢者だらけだ」
「語弊があるな、その言葉」
両手を頭の後ろに回して組むルピ。上を向いて、そのままテムに横目を向ける。
「賢者だって、悩むんだけど?」
「なんか悩んでるの?」
「……」少しの間を開けてから、ルピは試すように笑んだ。「乙女の悩み、解決できるの?」
テムは困り、一瞬言葉に詰まった。「……色恋沙汰とか、そういうのは、確かに俺じゃ役に立てない」
「そりゃそうだね。まあそもそも、別に恋だの愛だので悩んでるわけじゃないから」
「じゃあなに?」
ルピはしばし考えこむと、頭の後ろの手を解いて窺うように言う。「……聞いちゃう?」
「なにを聞くんだ?」
入り口の縦穴へと続く洞窟に入ろうかというところで、アスロンが二人に追いついてきた。
「なんでもない。世間話。テムがやけに緊張してるからさ」
「確かにさっきも全く口を開かなかったな。あの教祖のところにいるなら心配なのも仕方ないな。それも声が途絶えたってのも」
イソラと繋がったことに関しては、当然二人にも話していた。
「心配ありがとう。確かに逸ってるけど、作戦はちゃんと遂行できるから。二人には迷惑かけないよ」
「信じてるからね」とルピが笑う。
「作戦に異常事態はつきものだから、迷惑とは思わないさ。面倒だとは思うかもしれないけど、それくらいはいいだろ」
「そうですね。俺の方もアスロンさんが失敗したら面倒だって思うことにしますよ」
ふっと笑って、アスロンはテムの背中を少しばかり痛いくらいに叩いた。軽く足を躍らせたテム。そこに追撃とばかりにルピも彼の背中を叩いたのだった。
じんわりと痛む背中に意識が向くと、どことなく気持ちが落ち着いたようだった。
昼下がり。礼拝の儀の行われる人工洞窟の一つ。
静かだ。
アスロンが洞窟上方にある横穴で、身を潜めるように腹ばいになって見下ろすと、そこはもぬけの殻だった。幹部の一人はおろか、碧フードの信者も誰一人いなかった。
立ち上がり、振り返る。頭巾から覗く目で、同じく頭巾の隙間から覗く目を見つめる。
「俺から隠れて情報を盗めるまでになったことは嬉し限りだ、エスレ。と言いたいところだけど、専らは探偵の方かな。お前がそこまでできるわけないしな」
「酷いな、アスロン! おれだってちゃんとやったから」
「あっそ。まあそれならそれで、師匠としてはやっぱ嬉しいからいいんだけど」アスロンは肩を竦めた。そして耳元に手を当てる。「そっか、二人の方もか。こっちもだ。やっぱり作戦は漏れてたな。ってことで、計画のパターン2で行こう」