131:失踪
イソラの気配が消えた。ぱっと。
ゴンヮドの小屋で最初にテムが気づくと、続いてアスロンとルピもそのことに気づいた様子で、三人で視線を交わせる。
「このタイミングでどこか別の世界に行くってことはないよね」
ルピがわかり切ったことを言う。動揺を誘う出来事だ、それも無理はないだろうとテムは思う。
「何者かが入ってきた気配もなかった」
「いや」
テムの言葉に食い気味に被せてアスロンが、険しい顔で言う。
「エスレなら、もしくは」
「イソラを拉致った?」ルピが疑うような視線をアスロンに向ける。「ありえない。わたしたちの中で一番縁がない」
「とにかく、イソラが最後にいた場所に行ってみよう」
テムは言って、二人に先んじて小屋を飛び出した。
ノヅギンの気配は感じ取れる。自分が走っているというのもあるが、それにしても近づくのが早い。彼も走っているようだ。やはり敵か。
疑問を頭にテムはノヅギンと出くわす。洞窟を少し入ったところだった。テムは彼を抱き留めるように制止させ、矢継ぎ早に聞く。
「ノヅギンさん! イソラは! 敵ですか?」
「は? なに? なんだよ、んなに慌てて……ってそういや、あいつついて来てねえのかよ」
顔だけ振り向いてイソラがいないことを確認するノヅギン。彼はなにも知らないようだ。テムはなにも言わずに彼とすれ違い、洞窟を進みはじめる。「おい、なんだよ?」と背に受ける声も無視して。
走りながら額に汗が浮かぶのを感じる。身体を動かしたからではない。この程度の走りで汗なんて吹き出ない。胸騒ぎだ。冷や汗だ。よくないことが起こっている。なにがそう思わせるのか、テムには考えるまでもなかった。
教祖はイソラに興味を示していた。その理由はわからない。
あの女教祖が『土竜の田園』にしたことことはいまだに半信半疑なところがある。だが彼自身が体験したことは事実としてある。洗脳。心を覗かれるような感覚。今でもぞくりとする。
教祖は得体が知れない。
得体のしれないものの手が大事な人に伸びている。
ルピは攫われたと考えた。アスロンはエスレを例に出した。テムにはどちらも楽観的だと思った。悪く考え過ぎるのはよくないことはもう重々承知している。けれども、考えてしまう。
教祖自身が彼女の前に現れていたら。洗脳され、イソラが自ら気配を消したとしたら。なにより、弱る時間もなく刹那に命を奪われていたら。
振り落とそうにも落ちない、へばり付く悪い思考。テムはそれらを引き連れ、イソラの気配があった場所に辿り着いた。
洞窟の半ば。一本道。必要以上に呼吸が荒れる中、躍起になってイソラの姿を探す。隠れられる場所がないのはわかっているのに。
「イソラっ……」
テムはぎゅっと目を瞑り、闇の中に降りる。そこに紐を探しはじめた。イソラへと繋がる紐を。
――イソラ。
――――イソラ。
想いが高まると自然と腕が上がった。不思議だった。自分では動かそうともしていないし、力を入れてもない。それなのに、腕がまっすぐと、伸びた。
暗闇にはなにも見えない。紐はない。そうテムが思ったときだった。
閉じた瞳の中に眩い光に閃いた。遮るものがなにもなく、頭が痛んだ。テムは苦痛の中、伸ばした手を閉じていた。
「掴んだ!」光が弱まり、暗闇の中には光り輝く紐を掴む自分の手があった。「イソラ!」
カッと目を開くテム。
「!?」
彼は洞窟ではなく、赤い鳥居が延々と連なる淡い空間に立っていた。彼がそれに気付くと、間髪入れずにイソラの声が空間に響いた。
『テム。あたしは大丈夫! 教祖のとこ、っぐ――』
途絶えた声。
「イソラ!?」
テムの声が鳥居の空間に響き渡り、さらさらと壊していった。消え去った光景。呆然と洞窟に立ち尽くしていると、彼を呼ぶルピの声がした。アスロンと共に追い付いてきたのだ。
「イソラは?」
テムは首を横に振った。
「いない……ここには」
そして洞窟の天井の遥か上を睨む。
「けど、生きてる!」