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碧き舞い花Ⅱ  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳:御島 いる
第三章 碧花爛漫
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129:二つに分かれる想い

 連盟はルピの報告後すぐに動いた。

 誰もが充分に食事がとれるよう食糧を優先し、その後戦士たちに武器や防具、それから農機具を支援した。支援の中に人員と技術は含まれなかった。

 人員に関してはアスロンとテムの作戦に大きな戦力は必要ないという判断。それと、元々農耕民族として田畑を耕すことを生業にしていた『土竜の田園』の人々は、身体を動かすことを苦とせず、自らで届けられた荷物を運んでいたからだった。

 技術はもとより今回の支援の対象ではなかった。今回はあくまでも、宗教団体の排除と洗脳された人々の解放が目的であり、その作戦が完遂されるまでの生活の保障が主だったからだ。それが済めば、彼らは大きな支援を必要とせず地上での生活を取り戻すのだから。

 だが作戦決行日を前に、問題が浮かび上がった。

 数人の戦士と多くの住人が考えを変えはじめたのだ。

『もう地上を取り戻さなくてもいいのではないか』

 連盟との繋がりができた今、その支援を受けながら地下での生活を発展させることもまた世界の再起。そう考える者たちが現れた。

「俺たちの技術があればこの硬い大地も豊饒の地にできる」

 時分は夜。町の中央。二つに分かれた住民たちの中、その考えを推す側の一人の男が言ったその言葉に、ノヅギンが言い返す。

「なに言ってやがんだよ、ホルベ! ここに地上と同じ田畑ができるって? 本気で言ってんのか、お前ら。今を、この現状を見てみやがれ、俺たちの技術があっても、不毛の地だろーが」

「おいおい、熱くなるなよ。ノヅギン。それは空腹で力が出なかったからだ。食糧が届いた今、俺たちはもう自分たちで生きていける。家族が洗脳されてるお前たちには悪いが、こっちが手を出さなきゃ、向こうから攻めてくることもねえし、もう割り切って俺たちは地下、あいつらは地上ってことでいいんじゃねえか?」

「なっ……お、お前ぇ!」

 ノヅギンがホルベの胸倉を掴む。体格の似た二人が睨み合う姿に、周囲にいた人々は距離をとる。一触即発。殴り合いがはじまる。民の誰もがそう思っただろう頃に、イソラが束ねた前髪をぴょこんと揺らして割って入る。

「喧嘩ならあたしも混~ぜてっ」

「……はぁ、勘弁してくれ」ノヅギンがホルベを離して、イソラを溜息交じりに横目で見下ろす。「お前とやったら作戦に参加できなくなる」

「大丈夫、怪我はさせないよ?」

「これ以上誇りに傷を作れば、俺は自分で死ぬ」

「なに言ってるの。自分で死ぬなんて。弱いから死ぬのは戦場で敵に殺されるときだよ。生きててそれで弱いって知ったなら、あとは強くるだけだよ」

「あぁ、なるほどな。それが本当の戦人か。恐れ入るぜ。田園育ちには到底真似できねえ」

 周りを囲む人々を割り、ノヅギンは去っていく。

「お前たち、話は終わってないからな! 絶対に地上は取り戻す! 誰一人、こんな日の当たらない場所に閉じ込めておいたりはしない! みんなで帰るんだ!」

 ノヅギンを見つめて動かない住民たちを横目に、イソラは彼の背を追った。



 アビットのいる家に帰るのかと思ったら、ノヅギンは独り町を出ていった。イソラたちが降りてきた入り口へと繋がるものではなく、掘られた溝に細く水が流れる緩やかな勾配がついた洞窟。彼が行きついたのは、町のある巨大な空洞ほどではないが、開けた空間だった。

 イソラはそこに辿り着くより前にから、僅かな水しぶきを耳にしていた。滝。そこには小さな滝があり、きれいに掘られた縦に長い穴に注いでいる。その穴から溢れるようにして、水が溝を通って町へ運ばれているということだ。

「これ、ノヅギンたちが作ったの?」

「!?」水際に胡坐をかいたノヅギンにイソラが背後から声をかけると、彼は肩を震わせて振り返った。「……なんだよ、ついてきたのかよ」

 イソラは彼の隣に胡坐をかく。「どこいくのかな~って思って。頭冷やすために、水でも浴びるとか?」

「違えよ。ここに来ると落ち着くし、力も貰える。なにより信念が揺らがないようにできる。俺たちの場所はこの水が来る、太陽の下の大地だ」

 大男の目は滝の出口のさらに先を見つめていた。真っ暗なその先には、眩い日の光が見えているのかもしれない。

 けど、とイソラはおどけて言う。

「今、夜だけどねっ、ニシシ」

「……わかってんだよ、んなことは」

「アビット、一人にしてていいの? 一緒にご飯食べれば? せっかく仲直りしたんだし」

「ああ、そうするのがいいだろうな、あいつにとっては。……けど、俺が駄目なんだ。俺の方が駄目なんだよ。ツリカがいない食卓が怖くてよ、情けねえだろ? アビットとメシにしようとしたことはあったんだ。だがよ、手が震えちまう。食うどころか、吐き気がしてくんだ。それが原因であいつにあたってたってのもあるんだ」

 喉に詰まったような言葉たち。彼の目に涙はないが、イソラの()には彼が泣いている姿が見えていた。

「……」イソラは少し迷いながらも、彼に問う。「どんな人だったの、ツリカさんって」

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