124:反旗の町
「隠匿の精度も上がったのもあるけど、狙撃手が銃と一緒にいると思う、その盲点を突いた。さすがの君でも見つけるのが難しかったのはそういう理由だよ、イソラ」
アスロンはちょんとイソラの束ねられた前髪をはじいた。
「むむむぅ……」
納得のいかない顔をするイソラを余所に、テムは『ガラス散る都市』の隠密近衛に聞く。
「でもどうしてアスロンさんが? 近衛が外の世界に出るなんて、相当なことですよね? また玻璃の王が狙われてるとか?」
「いやいや、さすがにモノス王も心を改めたから。市長制度も都市会もできて権力の一極集中もなくなった、まだ問題がなくなったわけじゃないけど、上手く回ってる。今回は結構私的な部分が大きいんだ」
「というと?」
「情報を集めてたエスレが、この世界で『碧き舞い花』を名乗る女が宗教を開いているって報告をしたあとに消息不明になった。だから調査に入ったのさ」
「うちらと同じ状況ってわけだ」
ルピの言葉に相槌を打ちながら、テムはアスロンにさらに詳しい話を求める。
「その調査内容を聞いても?」
「もちろん、いいよ。エスレがどうなってたかは君たちの仲間と一緒で、さっき実際に見てきたことだろうから省くとして、この世界の情報を共有しよう」
「見てきたって……一体いつから俺たちのことを?」
「洞窟に入ってきたところから」
「入ってきたってことは中にいたの? あたし、全然気付かなかった」
「そう簡単に見つかってたら隠密じゃないだろ?」
アスロンはおどけてイソラに微笑んで見せてから、店のドアの方を示した。
「場所を変えよう。また襲われるのも面倒だろ?」
アスロンに連れられて、ひっそりと移動すること十分。
テムたちは背の高い箒のような植物に隠れた、地下に向かって垂直に伸びる穴を見下ろしていた。
「ごく少ない正常な人たちはこの下で隠れて暮らしてるんだ。さ、降りよう。梯子はないけど、大丈夫だよな」
言って、アスロンは穴に向かって足から飛び降りた。頷き合って、テムたちも続いた。そうして下まで降り切ると、自然のままの横穴が蝋燭の光に照らされ、奥まで続いていた。
「地上にいるのはみんな信者?」
この奥に暮らしの場がある。それだけならば別段疑問を持つことはないだろう。しかし、ごく少ない正常な人たちというのが、テムの気になるところだった。そこから出た質問だった。
「そういうこと」アスロンは進みながら答える。「この世界はもともと農耕民族がゆったりと暮らす世界だった。けどある時、二つの世界がここの農作物を求めてやってきたんだ。白旗を掲げる者たちと酸を振り撒く者たち。もちろん白旗のやつらは『白輝の刃』で、酸の方は公用語でなんて言うかはわからないけど、あらゆるものを溶かす沼がある世界の住民。俺たちは『溶解沼』って呼称してる。それで、その二つの世界は互いに譲らず、というよりそもそもこの世界の原住民を無視して戦争をはじめた」
ルピが「ひどい話だよな」と呟くと、イソラが「うん」と暗い表情で頷いた。
テムはアスロンとの話を続ける。「その戦争なら知ってる。顛末も。白輝の奴らが内側からの崩壊をきっかけに手を引いた。『大食らいの沼』……公用語ではこう言うんだけど、そいつらも結局自分たちが起こした戦いで荒れた田畑ではいい食物が育たないと知ると出ていった。それでそのあとはこの世界の人たちがまた大地を再生させて、結果的には元の田園風景が戻ったんだ」
「そう、表向きはそういうことになってる。俺もその触れ込みを頭にエスレを探しに来たんだけど、実は違ったんだ」
「それはどういう……」
「直接聞く方がいいだろう。また聞きより、実際に目にした人の言葉をね」
洞窟は通路の様相をやめ、開けた。
横にも縦にも広い空洞。そこには掘っ立て小屋が並ぶ小さな町があった。目につく数少ない人々はひどく痩せていて、白い。その骨ばった腕で、硬い岩盤に鍬を突き立てている人物もいる。
「グゥエンダヴィードを思い出すな……」とルピが零した。
「うん。でもあそこにいたナパスの人たちより、みんな元気そう……少しほっとした」
町の気配を探ったのだろう、イソラが胸をなでおろして弱く微笑んだ。
「『反旗の町』。もともとは白旗と溶解沼に反旗を翻すために、周辺の集落の男たちが集まって作った革命の拠点だったらしい。戦争が終わって、その役目も終わるはずだっただろうに、今も旗を翻す風が吹くのを待ってる人たちが暮らしてるんだ」
アスロンはそう言って三人を一つの小屋の前に誘った。
「ここに、この世界になにが起きたかをその目で見た人がいる」