121:血の羅針盤
「これはフィアルムの探偵が使う、血を追う蛍の仕組みを利用した羅針盤ですの。よく見てもらえるとおわかりになっていただけますけど、球の頂上、十字との接点に小さな穴が空いておりますわ。そこに探したい人、もしくはその血縁者の血を一滴垂らします。これにはもう先ほどゼィロスおじさまに頂いたセラのお兄様の血を入れてあります」
ネルの説明に頷きながら、ゼィロスがさっき渡した赤い液体がノアの血だったのかと得心するユフォン。
「十字の交差する部分がこの羅針盤の現在地で、ここ。このように青白く浮かぶ点が尋ね人の場所。点の大きさは対象者との距離に比例して、遠いほど小さく、近づくほどに大きくなっていきますわ。感知の範囲外では発光しないことと、すぐ隣に対象者がいても十字の交差点と発光点が重なることがないことは留意しておいてくださいませね。点は決して動かない。あくまで、羅針盤から見てどの方向の座標の世界にいて、そことどれくらい離れているのかがわかる。それが『血の羅針盤』ですわ」
ひとつ、羅針盤に浮かぶ点を指さして堂々と言ったネルだったが、ここで気弱な表情を見せる。
「けれど、研究段階ですので難点がありますの。蛍に覚えさせた血の血縁者すべてに反応して、さらに言えば、血の持ち主を一番に探してしまいますの」
「つまりノアに一番反応を示すと」
「あとクァスティアさんとヴェィル、それからフェルさんにも反応する?」と疑問気味に付け足すユフォン。
「セラのお母様はそうでしょうけど、フェルさんとヴェィルはわかりませんわ。特殊ですから」
「わかった。留意しておこう。恐らく、そこに今浮かんでいるのはノアのものだろうから、点が浮かんでいないセラは遠い場所にいる、ということでいいんだな?」
「はい。点が浮かぶところまでは手あたり次第世界を回るしかありませんわね、今のところ」
「ここにいる全員分あるのか、それ?」とキノセ。
光の点が現れるまでは当てずっぽうに色んな世界を行くことになるのなら、手分けして探せる人数が多い方が見つかる確率は上がる。そのことを考えてのキノセの問いだろうとユフォンは思った。
ネルはキノセに勝気な顔を見せる。
「仕組みは簡単ですもの、追加も全然できますわ」
「あっそ、じゃあ俺はそれ貰ったら一回ミュズアに帰る。新しい指揮棒を作りたいんでね」
「貝鸚鵡の真珠のやつだね」
「ああ」
「じゃあ、僕はヅォイァさんとモァルズと一緒にセラを探すよ。さすがに一人では心許ないからね、ははっ」
「そうしてくれ」ゼィロスはユフォンに頷くと、ネルに向き直る。「俺はヲーンに寄ってから、『血の羅針盤』を仲間たちに配って回ることにする」
トルルル、トルルル――――。
唐突にゼィロスの懐から音が鳴り出した。
「ホルコースさんですか?」とユフォンは聞く。
ゼィロスは懐からロケットペンダントを取り出し、開くと「ああ」と答えた。そしてそのままペンダントに向かって話し出す。
「俺だ。どうしたホルコース」
消え入りそうな声が返ってくる。『……ああ、ゼィロス様。ええと、あの、そうですね、その、テング様が……』
「テングがどうした」
『あのー、あー、っと……』
『まどろっこしいのぉ、わしに貸せぃ』と溌溂としたテングの声が変わって聞こえてきた。『ズエロスよ、セラを見つけたぞ』
彼のその声に、部屋がどことなく明るさを増したように感じられた。
『だが、すぐに跳んでいってしまった』
誰かが溜息を吐いたわけでもないのに、部屋があからさまに落ち込んだ。
『凍てつく白髪世界でのことだ。とても弱り切っておったぞ』
「そうか。連絡すまない。今捜索の手立てをネルからもらったところだ。お前にもその装置を渡したいから、そのままスウィ・フォリクァで待っていてくれ」
『さいか。よかぁ。待っておる』
それを最後にロケットからの音声は途絶えた。
「凍てつく白髪世界」ユフォンはロケットをしまうゼィロスに問う。「ベルェ・トォールカですか?」
「そうだな。いないとわかっているが、そこからセラの捜索をはじめてくれ、ナパードが不安定ならそう遠くの世界には移動していないかもしれない」
「わかりました」
頷くユフォンにネルが自分のしていた『血の羅針盤』を外して差し出してきた。
「お願いしますわよ、ユフォン。動けないわたしの分まで」
「もちろんっ」
ユフォンは「ははっ」と笑みを返した。
暗がりに潜む者がいた。
二人、いや三人。
天井を間近に梁に身を低くして、気配を忍ばせるのは、イソラ、テム、ルピの三人だ。
三人の視線の先には碧きフードを被り、壁に向かって膝をつき半円を描く集団があった。
その壁の前には女性が一人、神々しくも思える笑みを湛えて立っている。
セラフィ・ヴィザ・ジルェアス。
三人のよく知る友の姿が、洞窟に作られた礼拝堂の最奥にあった。