120:碧き嵐の中で
碧花の嵐。
荒れ狂う意識の底。
セラは途方に暮れていた。
佇んでは歩き、歩きは佇む。それからはじまって、落とし込んでいるという技術を使ってみようと試みて、なにも発動しないことに肩を落としたり、それならば嵐を落ち着かせられないかと瞑想を試し、しかしなにも変わらない事実に溜息を吐いたりを何度も繰り返していた。
時間の感覚がない。もう何度同じことを繰り返しているのだろうか。
眠気も空腹もない。
時間は経っていないのかもしれない。
どうやったら落とし込んだ技術、力を馴染ませることができるのか。
「はぁ」
溜息が意識の世界にこだまする。そのことにセラはムッとする。
あまりにも同じ事ばかり考えているのがいけないのかもしれない。彼女は溜息を吐かないように努めながら、試練には関係ないことに気を回しはじめる。気が紛れるかもしれない。
視線を落とすと、空の鞘が目に入った。
ウェィラ。
今もマグリアの『竪琴の森』で待っているだろうか。それとも誰かに抜かれ、離れているだろうか。全てが元に戻ったら、真っ先にその繋がりを辿って迎えに行かなければ。
「……あれ、ビズ兄様ってノアと会ったことあるんじゃ?」
ウェィラから連想で疑問が浮かんだ。
ウェィラの鞘が見せたあの記憶でのビズラスに、セラは今さらながら違和感を覚えた。思い過ごしや勘繰りすぎということも拭い切れないが、そこには収まりの悪さがあるように思えた。
『セラ?……いや、もしかしてセブルス?』
その言葉が引っ掛かる。
兄ビズラスは、ゼィロスと共にヲーンでノアと会っているはずだった。セラと瓜二つの彼の存在を知っていれば、彼が目の前にいたことに対して驚き、さらにセラかどうかを確認するのはおかしいのではないか。
ビズとゼィロスの中ではノアをセブルスと認識していたのなら、セブルスと尋ねることは不思議ではないが、それでも疑問口調だったことに素直に頷けない部分がある。
戻ったらゼィロスやノアに確認してみようと思うセラだった。
「それがいいよ」
「!?」突然自分の外からした声に、セラは思考を止めた。「セブルス」
ネルとのセラとしての再会を機に、永遠の別れを感じた男装した自分自身が、彼女の前に立っていた。
「ようやく気付いてくれたな、セラ。らしくなく立ち止まってるからひやひやしたぜ? ゼィグラーシスはどうしたんだよ」
セラは戸惑いが隠せない。「……えっと」
「ひとつひとつ整理していこう。ここは俺の場所でもあるから、ぐちゃぐちゃだと落ち着かない。まあ、安心しろよ、俺たち過去の遺物が手助けするからさ」
セブルスは左手で、背中に携えたなんの変哲もない剣に化けたフォルセスを抜いた。
「そして、まずは俺からってわけだ」
「えーっと……」
向けられた切っ先からセブルスの顔へと視線を滑らせていくセラ。髪で顔の右側を覆ったセブルスの口角が好戦的に上がった。
「つまり……」
セラは背中のフォルセスに右手を伸ばす。カチャリと鳴く神鳥。
「こういうこと?」
「そういうこと!」
理解しつつも悪戯っぽく尋ねたセラに、セブルスはにっと笑って頷いた。
ゼィロスはキノセと共にネルフォーネの研究室に戻った。
部屋ではすでにネルがセラを探すための装置の準備を終えていて、二人の到着を待っていたようだった。
ユフォンがゼィロスに尋ねる。「エァンダとサパルは?」
「別行動になるだろうな。サパルになにか考えがあったようだし、彼に任せるさ。俺の言うことはなかなか聞かない弟子だからな、二番目は。俺たちはセラを探そう。準備はできているようだな、ネル」
「ええ、もちろんですわ。ゼィロスのおじさま」
部屋にいる全員の注目がネルに集まる。
すると彼女は得意気にその手首に巻き付けた球体が一つついたバンドを示した。その球体は透明なガラス玉で、中には立体十字が収まっている。
「まるで『記憶の羅針盤』だな」とゼィロスが零す。
「まさに羅針盤なのでは?」
ヅォイァが孫に視線を向けながら言うと、モァルズは懐から四角い箱を取り出し、それを半分に割るように開いた。そこにはネルが示したものと同じようなガラス玉があった。
「わたしも持ってます」
「ナパスには馴染みがないのか?」とキノセ。「俺も持ってる」
ユフォンがキノセに驚きの顔を向ける。「え、そうなのかい? 知らなかった」
「おいおいお前もかよ。異空図だけで移動できるとでも思ってたのか? これだから一瞬で移動するやつらは」
「だって使ってるところを見たことないよ、僕は」
「まあ確かに、ここ最近は行先の座標がわかれば迷わない移動法が浸透してるからな」
「ちょっと! 今はわたしの説明の時間ですわ! それにそこらの羅針盤と一緒にしないでもらえるかしら?」
ネルは口を尖らせながらも、胸を張る。
「これは『血の羅針盤』ですわ!」