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碧き舞い花Ⅱ  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳:御島 いる
第三章 碧花爛漫
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105:影

「なんでついてくるんだよ。怪我治せよ。ネルの治療が嫌だったら施術室に入ってろよ」

 一人になりたいと城を出ていくエァンダに、サパルはついていった。昼なのに暗く、ランタンに照らされた森の開けた場所だ。

「一人にしたら勝手に行くかもしれないからね。そうだ、ちょうどいい。一緒に施術室に入ってくれるか?」

 サパルは背を向けるエァンダに言って、鍵を束から一本ちぎると自分の顔の前でちらつかせる。

「悪魔は治せるか?」と皮肉げに言って振り向くエァンダ。

「わかってるだろ、聞くなよ」サパルは鍵をその手から離して、消した。「どうしてそこまで命を粗末にしようとするんだ。今までお前が無茶するのを目を瞑って頷いてきたけど、僕もそろそろ――」

「じゃあ!」夜の森にエァンダの声がこだまする。それから静かにサパルに訴えかけるように言う。「……今まで通り目瞑って頷いてくれよ、今回もさ」

 サパルは即答した。「嫌だ。今回のお前には、未来を感じないんだ、エァンダ」

「……」

 エァンダからは黙ったままサパルをただ見つめる。夜に映えるエメラルドで。

「お前からしたら大したことのない僕の勘かもしれないけど、この勘は、今のままじゃきっと当たる。あのルファって渡界人との間になにがあるかは知らないけど、彼のところにお前を行かせたくない」

「……」

 エァンダはすっとサパルから視線の外すと、隅にある切り株に腰を掛けた。そして口を開く。

「俺は旅がしたかった」

「……」

 急になにを言い出すのかと思ったサパルだったが、訝しむことなく彼の横に並んで座った。

「っていうのは嘘だ。俺の目的はずっとルファで……あの男を追ってた。ゼィロスとビズも目的は一緒だった。エレ・ナパスには、ナパスが生んだ異空の脅威を排除するための王管轄の執行組織がある。いやたぶん今はないから、あったが正確か。これはナパス王と構成員しか知らないもので、『ナパスの影』って内々では呼称されていた。ビズの英雄としての通り名が『輝ける()』だったんだけどな、表向きはナパードで背後に音もなく現れる姿が、まるで背中をとられた奴の影のようだからそう呼ばれてると思われてた。けど実際は違う。『ナパスの影』の一員になると影名(かげな)が与えられる。王族であり、血の執行人であるビズの影名がそれだ」

「話の腰を折って悪いけど、『世界の死神』の前にはなんて名前だったんだ? 気になる」

「ふっ、俺には影名はないんだよ」エァンダは胸元に下がる『記憶の羅針盤』を指先で持ち上げた。「実際は十五で貰うこいつだって、ゼィロスの修行がはじまった時点で貰ってるし。俺はなにかと特別でね」

「なるほど。続きをどうぞ」

「浴場で聞いてただろうけど、俺はルファに剣を習った。もちろんナパードの使い方も教わったけど、全部教わる前に師がゼィロスに変わったんだ」



 ~〇~〇~〇~

「そうじゃないって、チビ公! どうして言った通りにできない」

「仕方ないよルファさん、こいつまだガキだし」

「お前もガキだろーが、フェース」

 エレ・ナパス・バザディクァス、ミャクナス湖畔。ルファ・ウル・ファナ・ロウフォウはがははと笑いながら、フェース・ドイク・ツァルカの頭をはたこうとする。だが、その手はひょいと躱される。

「ほら、ガキじゃない」

「んなの、証明にならねーつうの」

 子どものように大きく歯をむき出してフェースにいーっとすると、そのまま笑いに転じて、その顔を辺りに群青を散らす子どもに向ける。

 エァンダ・フィリィ・イクスィア、六歳。

 その手に木の枝を持ち、悔しそうにルファの笑顔を睨み返す。

「いいね、その目。貪欲に吸収しろ、なにもかも。さ、もう一度だ」

 フェルは満足そうにして、エァンダと同じく持った木の枝を構える。

「俺だけ残して、跳ぶんだ」

「わかってる!」

 エァンダは踏み込んでルファの持つ枝に自分の枝をぶつける。そして鍔迫り合いの真似事をはじめて、数秒、二人の姿は群青の閃光に消え、少し離れた場所に現れた。

「だーっ、なんでだっ! 掴まれてるとこから自分だけで跳べるのに、なんでこれはできない。同じことだろ」

「同じじゃないよ、ルファさん」エァンダは反論する。「だって、剣……枝も一緒に跳ばなきゃいけないじゃん。自分だけじゃないじゃん、それって」

「いや、同じだろ」と二人に近づきながらフェースが言う。「枝持ったまま跳んでるし、お前」

 言われて手に握る枝を見つめるエァンダ。「これは自分のだから……」

「相手の剣も自分のだと思って跳べば済む話だろ? ああ、ガキにはまだわからないか」

「……」

 下唇を噛んで、フェースを睨むエァンダ。

「はいはい、怖くない怖くない。ルファさん今度は僕と戦闘訓練してよ。こんなガキほっといてさ」

「フェース、そうチビ公をいじめるな。今は歳の差そのものが大きな力の差になってるが、こいつはお前より才能がある。四つの時にはナパードの基本が完成してたんだぞ? ナパードを交えた戦闘はまだまだだが、単純な剣捌きだって現状でお前と同格だ。何年か経って仕返しされても知らねぇぞぉ?」

「ふんっ、その時は僕だって今より強くなってるから、返り討ちにするだけだし」

「がはは、頼もしいこった。互いに競争し合って、高め合えよお前ら」

 二人の弟子の頭を優しく撫でるルファの顔は、笑みを顔から零さんばかりだった。

 〇~〇~〇~〇

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