102:賭け
凍てつく。
呼吸もままならない。
霜に白む世界で、セラは凍る寸前だった。
徐々に霜が彼女の身体に覆い、それが痛みと熱さを与える。
寒いが、痛くて熱い。
ユフォンたちと出会うことができたのも束の間、思うようにできなかったナパードが、してほしくないときに限って発動した。
そうして姿を現した世界で、その瞬間に彼女はヴェールを失い、寒さに身動きが取れなくなった。
雲塊織りの保温力も意味をなさず、なにより、変態術が働かない。
これはきっと、厳しい環境に耐えうるための変態術の杯が限界を迎えたわけではないのだろう。変態術も例に漏れることなく、絶不調と考える方が妥当だった。
当然そんなことを考えていられる余裕は彼女にはなく、次第に意識が薄れていく。
「火……?」
その時、彼女のぼんやりとした視界には赤いものが映った。
「なんとっ! 本当にっ!」
赤が段々と近づいてきて、セラはふわっと包まれる。
温かい。
セラは温もりの中、瞳を閉じた。
薄暗い藁ぶきのテントの中、尖がった編み笠を深く被った男が焚火に諸手を向ける。
ざくっ、ざくっ、ざくっ――。
冷気を注ぐ入り口の方からする霜を踏み鳴らす音。彼は笠の影から真四角の虹彩に赤い瞳孔の瞳を覗かせ、テントに戻って来た遊び仲間を見やる。
真っ赤な肌に、黒い翼。そして三つ目。
「ふゅー!」男はテントに入ってきた、人を背負った大男に向かって口笛を吹いた。「この賭けは吾輩の勝ちだな。で、誰だったい、君の知り合いってのは。吾輩も知っている人かい?」
言いながら男は友が背負っている者を覗き込もうと、その場で首を伸ばす。
「おっと、これはこれは……」
男は背負われた人間が凍えきっているのを見ると、すぐに立ち上がる。そして遊戯をしていた台も、飲みかけの酒瓶と杯もテントの端に片す。
二人で空いた場所に女性を横たわらせる。
「まいったぞ、ホーストロストよ。まさか、セラだとは」
「吾輩もそこまでは勘が働かんかったわ。しかし、本当にセラかい? 君と同じでこの寒さは平気なはずだろう、テング」
ホーストロストはテングに疑問の目を向ける。
「杯が溢れたとも考えられるが、この世の寒さはそう厳しいものではないからのぅ。お主も火に当たっておればどうということもないじゃろう」
「いや、どうということもない、ということはないよ、君。火に当たっていても、寒いさ」
「なんとぉ! なぜそれを早く言わん。言うてくれれば、より暖かな場所を……否、今はそれどころではないのぅ。セラをズィロスの元へ連れて行かなければ」
「いや、テング」ホーストロストは自身の勘が告げることをそのまま友に告げる。「それは叶わなそうだよ」
テングは彼の物言いに三つ目を細め、苦言を返す。
「こんな時に勘を働かせるでない。働かせるのであれば、いい方に――」
その最中、テントに碧き光が満ちた。
収まると、そこにセラの姿はなかった。
テングの三つ目がまるでホーストロストのせいだというように、じとっと彼を見てきた。
「……勘はあくまでも勘だよ、君。予言ではないのだから、責められる謂れはないよ」
「よかぁ……」
溜息交じりにテングは言って、肩を竦めた。
光に包まれた、温かい空間に立ってた。
「セラフィ」と呼ぶのは白の女将軍キャロイ。
「セラさん」と呼ぶのはマグリアの帝ドルンシャ。
「セラ」と呼ぶのはナパスの英雄ビズラス。
「妹君」と呼ぶのはフクロウ……オーウィンだと気付く。
「俺、なんだけどな」と苦笑気味な声は、もう一人の自分であるセブルス。
「よっ」とたったそれだけなのは、幼馴染のズィプガルだ。
セラはみんなが迎えに来たのだと思った。ビズとノア、それからエムゼラに救われた命も、結局はここで終わってしまうのだ。
でもどうして、お父様やお母様、スゥラ姉様はいないのかな。みんなと一緒に行けば、また会えるかな。
セラは呼び声がした方へ向かって足を運ぶ。
そうしたセラの腕を誰かが掴んだ。
「おいおい、セブルス。どうして俺が迎えに来てんだよ。逆だろ」
ゆっくりと振り向き、セラは六本の腕を見た。