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碧き舞い花Ⅱ  作者: ユフォン・ホイコントロ  訳:御島 いる
第三章 碧花爛漫
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98:絶不調

 トー・カポリ。ナパス語だった。連盟が定めた共通名称に翻訳すれば、『案山子(かかし)牧場まきば』。

 ただの天原族がナパス語を口にしたことも、ひとつ引っ掛かることではあるが、今はそのことは考えないようにユフォンはしていた。

 本部長ホルコースに報告を終えたユフォンは、ペレカの父親がくれた情報の地を訪れていた。共にいるのはビュソノータスからのキノセ、そしてエァンダとサパルだ。

 ポチューティク大虐殺の実行犯だという、男の『碧き舞い花』。性別はこの際どうでもいいのだが、大虐殺を行った凶悪な人物だとわかっているのなら、自身とキノセだけでは力不足。鍵探しが止まって、アズの地にいる連盟随一の戦力に頼るのは、恥ではなく、正しい判断だろう。

「本物じゃないってわかってるならあんまり興味ないんだけどな」

「そんなこと言うなよ、エァンダ。異空の脅威に対処するのも連盟の勤めだ」

「エレ・ナパスは加盟してるけど、俺個人はどちらかというと監視対象だからな」

 そんな会話をするエァンダとサパルを余所に、キノセがユフォンに言う。当然本人に聞こえていることを承知で。

「『闘技の師範』に頼んだ方がよかったんじゃないか? もしくはイソラとテムを待つとか。エァンダ、なんか機嫌よくないし、やる気なさそうだし」

「ははっ、確かにちょっと苛々してるようだけど、いつもあんな感じじゃないかな?」

「そうだ。俺はいつもとなんら変わらないさ。慣れろ、キノセ」

「悪いね、キノセ」とサパルがすかさいた仕方なしと微笑む。「ユフォンの言う通り、いつも通りだけど苛ついてるんだ。セラを見つけられなくて」

「……そんなんじゃないっての」

 エァンダの少し遅れた否定を最後に、会話は途絶えた。

 まるで案山子のような背の高い十字の樹が所々に生える黄色い草原を、彼らは行く。



 セラは自分が寝ていた小屋の中に人がいないことを確認してから、その場を離れた。

 辺りに人の気配を感じなかっために、もしかしたら気読術や超感覚も鈍ってしまっているのではないかと不安に感じ、念のため見て回った。

 それは杞憂に終わり、彼女はひとまず安堵した。そして一度では感覚の手を伸ばすことのできなかった場所を探るために移動する。

 そうして新たな建物を目と鼻の先に捉えた。寝ていた小屋より大きなログハウスだ。

 しかしセラの目に歓喜はない。これほどの距離に来ても、そのログハウスから人の気配は感じられなかった。そうとなれば、闘気を抑えられるような人物や、気配を持たない者でない限りそこに誰かがいるという望みは薄かった。

 その僅かな望みにかけて、彼女は歩みを進める。試しにナパードも使おうとしたが、ログハウスの扉に手が届くことはなかった。

 もどかしさを少し感じながらセラは足だけでログハウスの前に着く。段差を数段昇り、扉をノックしようとして背後に気配を感じ、振り返る。

「こん、っぁ、んっ……」

 セラは咄嗟に腰に手を伸ばしウェイラを抜こうとしたが、そこには鞘しかないことを思い出す。そのせいで反応が遅れながらも、彼女は振り下ろされた剣を魔素で作り出した剣で受け止めた。

「いきなりなにをっ……」

「へぇ、すごいなりきりじゃん」バンダナで口元を隠した女が、ぎらついたサファイアでセラを値踏みするように見ていた。「マカ使うんだ。しかも男って聞いてたけどねぇ、声完全に女じゃん」

「なに言って…‥」

 セラは訝りながらも、マカの剣が薄くなっていくのを見た。そこで自ら剣を消し、相手のバランスを崩す。

「おっ……」

「はぁっ!」

 魔素の衝撃波を放ち、押し出す。はずだった。

「…‥お?」

「え?」

 女の銀髪がふわっとなびいただけだった。

「お遊びじゃないんだぜぇ、嬢ちゃん!」

 再び振り下ろされる剣。

 フォルセスを抜く間がなかったセラは、自分の前に障壁のマカを出してその時間を作ろうとした。しかし、現れた障壁はまるで布のように柔く、出現させたそばから敵の剣に斬り裂かれる。

 マカが機能しない。

(ウォール)!」

 碧花舞うステンドグラスが、危ういところで刃から彼女を守った。だがそれも束の間、ぴき、ぴきと悲鳴を上げる。

 しかしセラはその瞬間には身を引き、後ろに転がった。体勢を整え、ガラスを粉々にした女と改めて対峙する。

 自分のものを模倣しようないで立ちで、女は「へぇ、術式もか」と感心したように言っている。

「あなた、なに?」

「なにだ? 嬢ちゃん……いや、男なんだっけ、坊や、か。ま、どっちでもいいんだけど、んなことは。『碧き舞い花』を騙ってるんなら知ってるだろーが。あ、勘違いするなよ、おれは『碧き舞い花』じゃないぜ。これはセラ様への敬意の証しさ。異空一のセラ様信者、アレス・アージェント。よろしく」

 セラは戸惑いを見せる。「えっと……自分であんまり言いたくないんだけど、わたしが『碧き舞い花』。セラフィ・ヴィザ・ジルェアス、なんだけど……」

「はんっ、みんなそう言うよ。神聖な名を汚しやがって。まあ、あんたの完成度は今まで会った中じゃ一二を争うよ。ナパス語も流暢だしな。そこは褒めてやる。でも、駄目だ。駄目駄目」

「駄目?…‥ってわたし、本当に――」

「黙りなっ、偽物!」アレスは切っ先をセラに向ける。「『碧き舞い花』はあんな中途半端じゃないよ、マカも術式もね」

「ちょっと!」セラは苛立ちを隠さずに反論する。「あなたがわたしのなにを知ってるっていうの? いきなり襲ってきて、偽物?」

 偽物という言葉は、現状の自分を深く抉るものだった。今一度自分で口にしたら、苛立ちが加速する。

「ふざけないでっ!」

「おうおう、感情的になっちゃって。可愛いこった。でも罪は罪。死を持って償ってもらうよっ!」

 アレスが迫る。

 セラは荒い息を一度吐き、フォルセスを握る。そうして抜こうとした時、彼女の手は止まった。

 抜けない。

 何度も引くが、フォルセスがその刀身を現さない。なにかが引っ掛かっているというわけではない。それなのに、フォルセスがしがみついて抜かれるのを嫌がっているように、抜けない。

「なんで……」

「どしたんっだいっ!」

 セラは身を翻し、敵の一撃を躱す。そうしながら、彼女はそよ風を身体に呼び込む。身体が淡く、輝かない。

 ただ彼女の髪や上着や装飾品を揺らしただけで、そよ風は去って行った。

 外在力も、機能しなくなっている。

 セブルスとして力を意識の底に落とし込んでいるときは、ナパードを使うことを禁止されていた。それは生命の波が意識と繋がっていて、ナパードを使うことで他の力を意識の上層に押し上げてしまうからだった。

 だからこそ、ナパードの不調によって生命の波を基盤にしている技術が引きずられているのだろうとも考えたが、それだけではないらしい。

 セブルスからセラに戻った時より、全てが悪くなっている。

 もしかしたら、アレスもセラが気づくよりもっと前に近くにいたのかもしれない。小屋では人の気配を感じられず、中を見て回ったが、そもそも人がいなかったのだから気配は感じない。それで感覚が正常かどうかの確認はできないのだと、今になってセラは気づく。

 ただ平気だと思いたかっただけだ。

 セラはアレスの腹に蹴りを入れる。

「ってぇ……」

 使えるのはこの身だけ。

 蹴り飛ばしたアレスに向かって、拳を構える。

「おいおい、背中の剣は飾りなのかい?」

「……」

 セラは黙ってアレスを睨み返した。

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