カリンの過去と不穏な気配
その日の夜、ミレイのアトリエで小さな宴が開かれた。
仕事を早めに切り上げてやってきたザッシュを交えての宴は大いに盛り上がり、お酒が入って陽気になったカリンはアセリナに乗せられて自慢の美声を披露し、これにはミレイもフィオナも立ち上がって拍手をするほど驚いたようだ。
「すごい!すごいわ!確かにこの歌声を聴いたら立ち止まるしかないわね!」
「はい!こんな綺麗な歌声を聴いたのは生まれて初めてです!」
「2人ともありがとう!やっぱり歌うのって最高ね!」
「カリン良かったぞー!!うおおおおお!なんだか泣けてきた!」
「もうアセリナったら毎回それじゃない」
「だってよぉ!だってよおお!」
昼間最初から聴けなかったことをよほど後悔してたのか、ようやくフルでカリンの歌を聴けたことで感極まってしまったらしい。
「僕もカリンの歌は昔から聞いているけど、やっぱり良い歌声だよね。こう、聴いているとぼーっとしてくるというか」
「ん?そうなのか?」
「え?カイルはなんともないのかい?」
「良い歌声というのには賛成するが、別にぼーっとしたりはしないぞ」
そんなアセリナとカリンのやり取りを遠くの椅子に座って見ているザッシュは、今の歌について語るが、どうやらカイルは違うらしい。
「まぁ僕だけかもしれないね。でも、こうしてカリンの今の状況を幼馴染から見てると鼻が高いよ。最初は僕の酒場で週末に少し歌うだけでそんなに注目されなかった彼女が、今ではマーレシュタイン王国の貴族達から直々に多額のお金を支払ってまでコンサートを開いてほしいと言ってくるまでに成長したんだからね」
「人生どうなるかわからないもんだな」
「他人事のように言っているけど、君も彼女の護衛として色々関わっているじゃない」
「いや、俺はそんなんじゃないよ。ザッシュが思っている以上に俺とカリンの関係は浅い」
「そうなの?カリンは君に結構ご執心のようだけど」
きゃっきゃと盛り上がる女子たちを節目にカイルは酒をあおる。
「嘘だろ。カリンが俺に?」
「うん。護衛があった翌日の酒場でカリンが来たかと思うと大体何があったか、マーレシュタインでカイルとこんなとこ行ったとか君の話ばかりさ」
「………初めて知った」
「だろうね。カリンに内緒にしていていって言われたしね」
「おい、なら俺に喋っちゃだけだろう」
「おっとこれはいけない。いけないね、酒が入ると口が軽くなってしまう」
「酒が入らなくてもお前の口は軽いだろ。今の話は聞かなかったことにしておく」
「すまないね。いや~しかし君もなかなか女難の運命にあるのかもしれないね」
「はぁ?何を根拠に」
「いや、何となくね。なんとなくそう思っただけだよ」
「洒落にならんことを言うなよ、まったく…」
そう言ってカイルとザッシュは魔法のお披露目を始めたミレイ達を見ながら酒とチーズを食べるのであった。
何事もなく小さな宴はお開きとなり、酔い潰れたカリンを背中に背負ったザッシュと酒が良い感じに回って陽気なアセリナはアトリエを後にした。
そしてカイルと言えばせっせと後片付けをしているフィオナと珍しく掃除を手伝っているミレイ達に片づけを任せてソファに寝ていた。
右腕で明るさを遮るように顔に腕を置き、小さな寝息を立てている彼はどうやら護衛任務中であることを忘れているようだ。
「凄いですね、あの生真面目なカイルさんがお酒を飲まれるとここまで変わってしまうなんて」
「カイルの無防備な姿なんて滅多に見れるものじゃないしね。まだ過ごして数日だけど、彼の性格はそれなりに分かっているつもりだから、なかなかレアね」
「あ、だからですか?」
「なにがよ」
「カイルさんの代わりにお片付けを手伝っているわけですね」
「………そうね。いつもなんだかんだ神経を尖らせてあたしとフィオナの護衛をしてくれているのだから少しくらい恩を返さないといけないと思ったのよ」
「そうですね」
「…………それにしてもカリンって子…凄かったわね」
なんだかニヤニヤしているフィオナへ眼を垂れながら一息入れてミレイは話題を変えた。
「はい、私も初めてエルフというのを見ました。魔法も特に教えてもらったわけでもないというに初級魔法から中級魔法まで使えるだなんて驚きましたよ」
「あの歌声もそうだけど、そこが一番の驚きね。エルフって皆そうなのかしら」
「恐らく簡単な魔法なら扱えてしまうんでしょうね………しかし、エルフという種族は―――」
「そう、ほとんど絶滅したと書物で見たわ」
「あまりにも悲惨な話なので流石にカリンさんには聞けませんでしたが…」
「年々増していく異常な魔物の強さに比例して森で住むエルフ族は住処を追われ、やがて環境に適応できずにその数を減らしていった………彼女の親はエルフの森を捨てるという道を選んで種族の命を次に繋ぐことができたのね」
「いや、それは違うぞ。カリンの親は既に死んでいる」
「カイル!?起きていたのね」
「今起きたところだ。いっつ……頭いてえ…」
「カイル、今の話はどういうこと?」
「ザッシュに聞いた話だが、カリンはここの近くに流れる川で赤子の姿で見つかったらしい。綺麗な木の器に入った赤子のカリンを今のカリンの親が拾い、育て、今に至るそうだ。カリンは自分のことをハーフエルフだと言っているが、それは違う。あいつは正真正銘の純粋なエルフだ」
カイルは身体を起こし、フィオナから水を貰って一息つくと思い出すかのように語り始めた。
「ここの城にある書物を漁っていた時のことだ。ミレイのために魔法石が何たるか、ここの洞窟がいつできたものなのか調べていた時に丁度地図を見つけたんだ。その地図には今はもう地図には記されていないかつてエルフ族が住んでいた森があってさ、そこで俺はここの王様―――クラインっていうんだが、そいつにいつ頃なくなったのか聞いた」
「まさか…」
「今から丁度21年前。そうだな、カリンが0歳の時の話だ」
「そんな……い、一体何があったんですか!?」
「凶悪なドラゴンが出たらしい。そいつは一夜にしてエルフ族が暮らしていた森を燃やし尽くし、ここケッキガルドも例外なく襲われた。だが、丁度修行のために各地を歩き回っていた俺の師匠であるバーゼリオによって討ち果たされた」
「え、ちょっと待って。今あなたとんでもない事実を言わなかったかしら」
「エルフ族が住む森が燃やされたことか?相当強いドラゴンだったんだろうな……あそこの森はかなり大きい。それに神聖な生き物や魔物が住むことから森の防衛機能はそれなりのものだっただろうに……」
「それももちろん大事なんだけど、今あなた自分の師匠はどうのこうのって」
「あぁ、俺の師匠か。俺の師匠はバーゼリオ・ベルクマイスターっていうんだが、知っているのか?」
「し、知っているも何もその人は大陸で最強と謳われる3剣士の1人じゃないの!!」
「ほ、ほんとにバーゼリオさんのお弟子さんなんですか!?」
「そうだが?そんなに有名なのか、あいつ」
「そ、その中でもバーゼリオ・ベルクマイスターは3剣士の中で唯一の女性で、絶世の美女って言われているのよ!?」
「いや、そうでもないだろ。あいつ」
「あんたの目は確実に腐っているわ…」
「酷い言われようだな………えと、話を戻してだな……―――俺はそのことを聞いて大陸を歩き回って真実を聴くためバーゼリオを探した」
「見つかったの…?あの人滅多に人前に現れないって聞くけど…」
「そうだな。バーゼリオは基本人が嫌いだから人がいるような場所には滅多に現れない。だから探すのには苦労したよ。山を登ったり魔物が出る森を探したりあちこちな……―――で、やっと見つけて俺はバーゼリオにその時のことを聞いた」
「よ、良かったです……会えて…」
「ほんとにな――――それで森は跡形もなくなっていたそうだ。逃げたエルフの様子もない、村に横たわる大量の死体を見た限りでは逃げ遅れたと見ていいようだ」
「そんな………」
「恐らくカリンは親がなんとかして自分の娘だけは助けようと川に逃がしたのかもしれないな。あの川は森から流れてくるものだしな」
「それじゃカリンが自分で言っていた自慢の髪色ってのも…」
「嘘だろうな……あいつは自分の本当の親のことも知らないはずだからな」
カイルは立ち上がると水を飲むためコップを握って流し台に立つ。
「あいつに同情なんてしてやるなよ?今の話だって本人も知っているし、ただ話さないのは面倒ごとを避けるためだからな」
「それじゃあたしたちに嘘をついたのも…」
「そういうことだ。だから悪く思わないでやってくれ」
「ええ…それはもちろんだけど…」
「すまない、また眠くなってきたから先に寝させてもらう」
大きな欠伸をしたカイルはそのまま階段を上がって自室に行ってしまい、残された2人は今の話を聞いて口を閉じる。
「カリンさんの人生にそんなことがあったんですね…」
「そうね……―――――その話を聞いて思い出したのだけれど、教授が言っていた話では世の中にはエルフを保護している神聖な森があるそうよ」
「は、初耳です」
「でしょうね。ほとんど眉唾のような話だし、何よりもそんな森があったらとっくの昔に話題になっているわ。ほら、今日はもう遅いのだし早く掃除片づけちゃいましょう」
「はい!」
そう言って2人はせっせと掃除を始めるのであった。
翌日、場所は変わってここはある酒場。がやがやと騒がしい酒場で1人の女性が酒場に橋を運んだ。すると酒場は静まり返り、一斉に男たちは席から立ちあがって首を垂れる。
「いやぁマスターいつも悪いな。うちの子たちが騒いでしまってよ」
「い、いえ……マリベル様のおかげでいつも繁盛させてもらってますので…」
すらりと伸びたスレンダーな体型をし、ウェーブがかかった赤髪を雑に紐で括って後ろに流しているこの女性の名はマリベル。女性らしい顔立ちだが、どこか男らしい雰囲気を漂わせており、この酒場内にいる男たちを若くして従えるギルド『荒野の狼』の長である。
「おう、お前らも元気そうだな。いつも通りにしていいぞ」
その一言で酒場はいつも通りの喧騒を取り戻し、マリベルはカウンター席に座ってビールを注文する。
「で、依頼の方はどうなんだ?」
マリベルは隣にいる黒いフードを着た部下の男に尋ねる。
「へい、姐さんに言われた通り依頼地であるケッキガルドに足を運んでみましたが、なんとまぁ酷い雨に打たれてしまいまして」
「たまたまじゃないのか?」
「いえ、これがどうも偶然ではないみたいで、町の住民に聞くと何やら原因があるみたいですわ」
「ふぅん……まぁそれは今回の依頼に関係はないだろ。で、肝心の採掘場はどうだ?」
「国の手入れもあったせいか、入り口付近を拠点として採掘を行えそうです。まだ奥に行ってはいないんですが、魔法石の採掘だけなら問題ないかと」
「それを聞いて安心した。うちのギルドに長期依頼を頼むとか久しぶりの案件だからな」
「それもあんな大金を報酬金としてくれる依頼主は何者なんでしょうな…」
「それを知るのはうちらの役目じゃねえよ」
「まぁそうですな。ところで姐さん、少し小耳に入れたい情報がありまして」
「なんだ?言ってみろ」
フードの男は少し周りを気にする素振りを見せてからマリベルを見て口を開いた。
「なんでもここ最近魔法使いが採掘場を出入りしているようでして…」
「魔法使いが?珍しいな」
「ええ、そうなんですが、それだけではなくて。実は魔法使いに護衛がいるらしいんですが、そいつはべらぼうに強いという話でして…」
「ほう、気になるな。誰なんだ?」
「いえ、そこは町の住民に聞いても誰も知らないということなんですが……噂ではドラゴンも屠ったとかなんとか…」
「ドラゴンをだと!?」
マリベルの声が酒場内に響き渡り、部下たちは一斉に何事かとマリベルを見る。
「この大陸でドラゴンを倒せる人間なんてあたしか3剣士くらいだろうが!そんな人間がいたら名前くらいすぐわかるだろう!」
「い、いえ!姐さん噂ですから!噂というものは尾ひれがつくもの。本気にしないでくだせえ」
「………わかった。しかし、あまり穏やかな話ではないな。もし本当にドラゴンを倒せるというのであればなぜそんな男が魔法使いの護衛に……まさかその魔法使いがなにかの鍵を握っているのか?」
「その可能性が高いと思われます。採掘場に出入りしていることから魔法石に関する情報も持っていることでしょう…」
「確か依頼人は純度の高い魔法石があれば報酬も上乗せすると言っていたな?」
「ええ、その通りです」
「ならちょっとその魔法使いに協力してもらうってのはどうだ?」
「へへ、姐さんもお人が悪い…」
「ふふ、なぁにちょっと協力してもらうだけだ。用が終わればすぐ開放してやるよ」
「そう言って今まで開放したことがありましたかね?」
「命は取らないとは言っていないからなぁ!―――おいお前ら!準備ができたらケッキガルドに行くぞ!」
『へい!!』
がははは、と豪快に笑ってマリベルは酒をあおるのであった。
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