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第七話 それぞれの道

考えてみてほしい。

俺は今まで全くモテた事が無かった、いや、好かれたことすら無かった。

待っているだけで女が寄ってくるなんてファンタジーの中の話だ。

それでも学生時代は、自分から相手に告白したことが二回あった、どちらも撃沈した後に身の程知らずと罵られ

すっかりそっちに臆病になった俺は、その後一〇年以上女と接点が無かった。

二〇代も後半になり、友人の紹介で何人かと遊んだことはあるが、そういう関係になることは無かった。

俺の容姿に対するコンプレックスは増大する一方だった。

正直腐っていた、何をやってもろくな話にならないと、そう考えていた。


だがひょんな事からおかしな世界に飛ばされた俺は、かわいい許嫁ができ

一生かけて守っていこうと、そう思った矢先に、あと二ヶ月後くらいにはお別れしなければならない。

そう言われた時の俺の衝撃と絶望、お分かりになるだろうか。


そんな俺が、再度現れた盲目の美少女に心を奪われたとして、誰が責められるだろうか。

間もなくただのコミュ障のチビブサに戻ると分かっているその時、彼女の温もりに溺れてしまうことは悪だろうか。




俺はそうは思わん。




「……はぁ」


長い長い言い訳の後、俺はクラリスから唇を離した。

今日はクラリスを城の外に連れて行く日、お供をしてくれる人がこちらに来るはずなので、朝からクラリスと一緒に部屋で待っていた。

予定があるから朝からいただけで、決して隙を見てちゅっちゅしたかったからという訳ではない。ないんだ。


しかし外出とは言っても、城壁の内部だけだ、そして兵士たちが大勢いる場所も避けたほうが良いだろう。

そうするとコースは大体決まってしまう。

コースが決まればあとは付添人を待つだけだが、ただ待っているだけだと手持ち無沙汰になってしまう。


「……クラリス?」


「はい、ノア様どうぞ」


それでこれである、もう朝から隙を見ればちゅっちゅする事になる。

まるでOナニーを覚えた中学生のようだ。

でもクラリスも悪いんですよ、全然嫌がる素振りも見せないんだから。


「嫌なことなんてありませんよ」


クラリスはこちらを見てそう言って微笑む

その微笑みたるやまさに天使のようだ、いや、天使だ、クラリスは天使に違いない。


……しかし、一方でこの状況に理由がつかず、納得できていない自分もいる。

なぜクラリスはこうも自分になついてくれるのだろうか。

確かにここ数週間はずっと一緒にいたし、色々話したり遊んだりもした。

しかしそれだけだ、そんなんで俺のことをこんなに好きになってくれるなんて都合のいい展開はちょっと出来過ぎじゃないか?

何か裏があるんじゃないか……と


自分に自身のない男というのはこういうものだ、幸せである一方、それに至る理由が不明瞭だと不安で仕方ない

自分は遊ばれてるんじゃないか、後から何かとんでもないことに巻き込まれるんじゃないか

そういう漠然とした不安と恐怖が胸の中にくすぶっている。


「……クラリス」


「はい、ノア様」


クラリスの名を呼ぶと、こちらを向いて微笑む

いつでもいいですよと言わんばかりに顎をこちらに向けてる。


「あ、いや違うんだ……そのな」


「はい」


「……何で俺なんだ?」


「と、申しますと?」


言うべきか言わぬべきか、一瞬だけ迷う、間違いなく今の俺は最高に情けないからだ。

いや、俺が情けなくなかった事なんて一度たりともないが、今はその中でもダントツで情けないはずだ。

しかしやはり聞いておかないと、この不安を晴らさないと。


「いや、あのな、俺はその……言ってしまえば何の取り柄もない中年オヤジだ、しかも王族でも何でもない、ただの一般人

クラリスはかわいいし綺麗だし頭がいいし礼儀正しいし、王女様だ

なのに何で、俺なんかとこんな気さくに仲良くしてくれてるんだ?こんな……その、キスまで」


今まで有頂天になって散々ちゅっちゅしていた男の言い草としては最低であるが、分かっているさそんな事は。

クラリスは少し首をかしげると、少しだけ「困りましたね」といった表情をした。


「そのような事を?」


「ああ、自慢じゃないが、生まれてこの方、女性に好かれた事なんて無いんだ、だからちょっと……な」


「そうなのですか、ですがそれは簡単な事ですわ」


クラリスは胸に手を当てて静かに話しだす。


「私は生まれてからずっと、とても限定された空間で生きてきました。

以前は……私が六歳になるくらいまでは、ドロテアお姉さまに色々と面倒を見ていただいていた記憶があります。

カサンドラお姉さまは、やはり私が赤子の時からお世話をして頂いていました。

ですが、ドロテアお姉さまがイザベラ様のお手伝いをするようになってから、私の元に来る方といえばカサンドラお姉さまくらいになりました。

もちろん、他の生活の手助けをしていただいているメイドの方たちはおりますが、彼女達と私的な会話をした事はありません……

イザベラ様とは年に数回話す程度で、ノエル様となればまともにお声を聞いたのは何年ぶりかという程です。


そんな時に、ノア様が私の家庭教師として来てくださいました。

男性の方と聞いて、初めは少し怖かったのです。ですが、そんな思いはすぐに消えてしまいました。

ノア様はとてもその……温かい色をしておりましたので」


まさに俺が求めていたような、そんな模範的な回答だった。

クラリスに理由があって好かれている、そう確かめることのできた俺はとても満足していた。


色、そういえばクラリスは他人の存在や状態を色として捉えることができる、そんな事を言っていたような気がするな。


「この数週間は、私にとっては夢のように楽しい時間だったのですよ。

カサンドラお姉さまとも、いつも以上に楽しく過ごせましたし。

ノア様はこのような面倒な女に付き合わされて、さぞお大変だったと思いますが」


「そんな事はない、クラリスみたいなかわいい女の子と一緒にいられたなんて、俺のほうが夢みたいな時間だったよ」


「……そう言っていただける事を、とても嬉しく思います」


クラリスはついついっと俺に近づき、俺の胸に頭を寄せた。

相変わらず目が見えているように俺の位置を特定してくる。


「クラリスは目が見えないのによく俺の位置が分かるよな」


「はい、声の方向や、強さや……あとは、色や気配といいますか、そのようなものを感じますので」


なんだか武術の達人みたいな事を言ってるような気もするな。

俺が考えている事に反応したりするのもその能力の影響のようだし。


「気配や色のようなものを見て、大体の予測を立てております、気味が悪いようでしたら止めますが」


「いや、そのままでいいよ、なんだか熟年夫婦みたいで楽だし」


「あら、それにはまだお早いですわ」


何の気なしに言ってしまい、しまったと思ったが、クラリスは気にした様子もなく普通に受け答えしている。

こういうとこは王女様の貫禄というやつなのか、一四歳らしくない反応だ。


しかし実際には俺がクラリスと一緒になれる可能性はない。

いくら訳あり王女とはいえ、一般人に嫁がせることなど政治的な意味で不可能だろう。

今の状況は例外中の例外で、俺が帰還する前提があるからこうなっているだけの話なのだ。

とはいえ、少しガバガバすぎやしませんかとは思うが……俺がこのままクラリスを傷物にする可能性だってあるのに。


もちろん実際にはそこまではするつもりはない、バレたらさすがにただでは済まないだろうし

この世界でこれからも生きていくクラリスの為にも良くない。


だから今のうちにおもいっきりイチャコラしておこう


「クラリス」


「はい、ノアさ……」


コンコン


再度ちゅっちゅを始めようとしたその瞬間、部屋のドアからノックの音が聞こえた


「入るぞ」


一息置いて声の主がドアを開ける

俺は突然の事態にびっくりしてクラリスのいる場所から飛び退こうとする

が、クラリスが俺の手を掴んで離さなかったため、離れきれず微妙な位置で停止してしまった。


「クラリス、元気だったか……なんだ、もうノアも来てたのか」


部屋に入ってきたのはカサンドラであった。


「……おい、なんだか二人共近くないか、ノアよ、もっとクラリスから離れろ」


カサンドラは俺とクラリスを見比べて抗議の声を上げる。

確かに俺とクラリスは一〇センチくらいしか離れていないし、クラリスの手が俺の手の上に重なっている状態だ。


「あ、こら、なに手を握ってるんだこのエロ魔人!離れろ、私のクラリスから離れろ!」


「お姉さま落ち着いて下さいませ、握っているのは私のほうですわ」


「な、なんだって!?」


「私の部屋に来られたということは、今日のお供の方とはもしかして……」


軽くショックを受けているカサンドラを自然な感じでスルーして話を進めるクラリス


「あ、ああ、そうだ、イザベラ姉様から申し付けられてな、今日は私がクラリスのお供をするぞ」


「まあ、よろしくお願い致しますわ、お姉さま」


クラリスによろしくされて、カサンドラは満面の笑みだ

クラリスが俺の手をしっかり握っていることに関しては既に意識の外らしい、いつもながらちょろい姉だ。


「ときにノアよ、今回の外出の件、お前がイザベラ姉様に進言したそうだな」


「あ、ああ……気分転換も必要かと思ってね」


ふむ、とカサンドラは首をかしげながら何やら考えている。


「私も以前、外を歩く機会をと頼んだことがあったのだが、その時は却下されてしまってな

よくイザベラ姉様を説き伏せられたものだ、一体何をしたんだ?」


「いや、特に何も、普通に頼んだだけだが」


「そうか……まあいい、私がいれば外だろうと戦場だろうと問題ない、さあ行こうか」


「とても楽しみですわ!」


いや戦場はないだろ……と心の中で突っ込みつつ、俺達は城の外へと出発した。



――



「イザベラ姉様からは、なるべく人の目につかない場所を選べと言われている

そうなると北門の方か……フルーレ川にかかる石橋まで行ってみよう」


フルーレ川とは、北のティラノ山脈から始まり、ロシュフォーン領内を東西に渡って横断している大きな川だ

多くの支流を持ち、ロシュフォーン王国民の生活を支えている最重要河川となっている。


王宮の近くにはフルーレ川へ繋がる支流の一つが流れており、川辺りを整備した野外晩餐会などで使用される区画があるので

今回の目的地はそこになるというわけだ。


俺達は、城の正門ではなく、使用人たちが使用する勝手口から城を出て、北門の近くにある野外晩餐会会場を目指す。


「ああ……空気が違いますね」


勝手口から一歩外に出ると、クラリスが嬉しそうに空気をいっぱいに吸い込んでいる。


「厨房の出入り口だから生ごみ臭いけどな」


「これは生ごみの匂いなのですね……初めて経験します」


厨房を出ると、目の前に生ゴミ用の大穴が見える、ここに使わない食材や、食べ残しなどを捨てているのだろう

ハエが飛んでいてとても衛生的とは言い難い、もう少し遠くに作ればいいのに……


「確かにちょっと臭うな」


「そうですね、ふふ」


しかめっ面のカサンドラとは対照的に、クラリスは嬉しそうにスーハースーハー深呼吸を繰り返していた。


「久しぶりで興奮するのはわかるが、こんなところで深呼吸するんじゃない、さあいくぞ」


カサンドラは北門のある方角へ歩き出す。

俺達もその後を追った。


クラリスは目が見えないため、俺が手を引く形となっている。

俺は俺で道が全く分からないので、カサンドラの後をとことこくっついて行く。

足元に凹凸などがあると危ないので、確認しながら進むため、その歩みはかなりゆっくりしたものとなっていた。


クラリスはきょろきょろと周りを見回しながら時折大きく息を吸ったり吐いたりしている。

目は見えないはずだが。


「クラリス、何をしてるんだ?」


「はい、気配が移り変わっていくのが楽しくてつい、見えもしないのに目を向けてしまいます」


目は見えなくとも、気配は感じるらしい

どのように感じられているのかは分からないが、クラリスが楽しそうで何よりだ。


城の裏手とはいえ、道は整備されているし、木は等間隔に植えられており

整備された並木道を歩いている感覚だ。

なんとなく元の世界にある植物に似ているような気もするが、木の種類なんてよく分からないので比べようもない

そもそもここは異世界だと決まったのだから、今更そんな事を気にしても仕方のない事だ。


「今が一番過ごしやすい季節だが、そろそろ暑い日が多くなってくるだろうな」


「季節? 今はなんて言う季節なんだ?」


「ん? 六月だから春かな? いやギリギリ夏か? どっちだろう」


なんとも頼りにならない保護者だが、こちらでも似たような暦を使用するらしい

確かに六月だと言われればそんな気がしてくる陽気だ。


「今日は、天魔暦四九四年六月二二日ですわ」


「おお、クラリスは賢いな」


「カサンドラはそういうのを覚えてないのか?」


「普段は気にしないな、祭事が近くなると多少気にする程度だ」


なんとも大らかな王族だ、王族って暇なんだろうか

週の初めには一周間の予定がぎっしり詰まっていた会社員時代を思い出す。

それに比べたら今の生活は、多少暇を持て余すことはあるが天国のようだ。


「またあそこに帰るのか……」


元の世界の生活を思い出すとうんざりしてしまい、思わずそんな言葉が口に出てしまう。

ああ、まずい、今はクラリスと楽しい外出中だ、余計なことは考えないようにしないとな。

気を取り直して前を見ると、クラリスが俺の腕を引っ張った。


「このまま、私と逃げてしまいましょうか?」


クラリスは俺の耳元に近づき、そっと囁く

その声に俺はドキッとして立ち止まってしまう、その声音が冗談には聞こえないくらい真剣なものだったからだ。

クラリスの方を振り向くと、クラリスは焦点の合わない目を開き、俺をじっと見つめている。

普通は焦点の合っていない目なんて気味が悪いだけなのだが

その目は澄んだ水面のような美しい色をしていて、まるで俺の心の底を見透かされているような、そんな神秘性を感じさせる。


「クラリス?」


そうして一〇秒ほど見つめ合っただろうか

クラリスはくすくすと笑いなが俺の腕に抱きついた。


「冗談ですわ、ノア様」


冗談なのか……びっくりさせてくれる。


「冗談に聞こえなかったよ……」


「ふふ、申し訳ございません、少し浮かれているようです」


確かに、俺でさえ久しぶりに外に出られて、今までに感じたことのない開放感を得られている。

今まで何年も城の中だけで過ごしてきたクラリスにとって、この外の世界はとても魅力的に感じるだろう。

もう城に戻りたくないと考えても不思議じゃない。

しかしこの世界は、俺が盲目の少女を抱えて生き抜けるほど甘いものでもないはずだ。

俺はいつかの盗賊の襲撃を思い出し首を振る。

まあ、冗談だと言っているのだからこれ以上そんな事を考えても仕方ない。


「おい、ちゃんと付いてきてるのか……ってああああああ!!」


気が付けばカサンドラがだいぶ先に進んでしまっている。

俺は気を取り直してクラリスの手を引き進もうとしたところで、カサンドラの叫び声がこだました。


「貴様! なんでクラリスと腕なんか、腕なんか組んでるんだ! 離れろ! 離れるんだこのエロ魔人め!」


すごい勢いでこちらに走ってきて俺とクラリスを引き離そうとしている。


「お姉さま落ち着いて下さいませ、抱きついているのは私のほうですわ」


「な、なんだって!?」


カサンドラはいつも通り軽く仰け反った後、素早くショックから立ち直り、反対側に回ってクラリスの腕を取った。


「よし、ならば私はこちらの腕を頂く」


何がよしでならばなのか分からないが、いちいち突っ込むのも面倒くさかったので俺はこのまま進むことにした。

少し歩きにくかったが、真ん中で両脇からエスコートされているクラリスは終始満面の笑みだったから良しとしよう。




三〇分ほど歩いた俺達の前には、川のほとりに設置された手入れされた芝の空間が広がっていた。

少し離れた場所には小屋が建っており、その中に屋外で使用する設備が仕舞われているようだ。


広場の先には石橋が架かっており、その下をフルーレ川の支流が流れている。

川の流れはそれほど速くはなく、水は綺麗で透き通っていた。


「とても良い香りがします」


クラリスが川の方を見つめている、見えるわけではないだろうが微かに川辺特有の匂いが漂っているので

それを感じ取っているのだろう。


その後は、三人で川辺で遊んだ後、用意してきたお昼を食べて帰路についた。

クラリスは終始ご機嫌で、カサンドラもとても嬉しそうだった。

帰り際に石橋の方をじっと見つめていたクラリスに声をかけると、彼女は少し寂しそうに笑った。




そして城までの帰路、俺は遊び疲れて寝てしまったクラリスを背負って歩いている。

クラリスは決して重くはないのだが、脱力している人間というのは実際の体重以上に重く感じるものだ

そして俺はそれほど体力のある方ではない、正直なところきつかったが、女二人の中にあって疲れたなどとは口が裂けても言えず、ただ黙々と城への道をカサンドラと歩いていた。

いつも三人だと馬鹿なことばかり言ってふざけ合っているのだが、カサンドラと二人になると何となく何を話したら良いものかと考えてしまう。

よく考えてみたら、俺はカサンドラのことはあまり知らない、俺が知っているのは、王女で一八歳で騎士団に所属していて妹が大好きだという事くらいだ。

それ以外のことを今更聞くのは何となく気恥ずかしい感じがして黙って歩いていた。


「なあノアよ」


無言を貫こうと思った矢先に、カサンドラが口を開く。


「何?」


「今回のこれは、お前がイザベラ姉様に進言したと聞いたが」


「ああ、いや、ずっと部屋から出られないなんてあんまりだと思ったから何となくな……別にそんな必死に頼み込んだ訳じゃないし」


「そうか、イザベラ姉様が……」


カサンドラは何か考えこむように俯いている。


「カサンドラはクラリスを外に連れて行ったりはしなかったのか?」


「父上がご健勝であった頃はたまに出てはいたよ、五年ほど前に父上が倒れてからは……出ていないな」


五年も城の中だけで暮らしていたのか、辛かっただろうな。


「以前はドロテアもクラリスの面倒を見ていたと聞いたが」


「ああ……あの子はな」


カサンドラは一瞬言いよどみ、空を見上げて続ける。


「あの子は難しい立場にあってな、今は多少落ち着いたが、イザベラ様の元を離れるわけにもいかん、悪い娘ではないのだがな」


「一体何が……」


そう聞くと、カサンドラは少し困ったような顔をする、これは突っ込んで聞いてはいけない内容なのかもしれない。


「いや大した話ではない、クラリスの母親は側室ではあったが、父上のお気に入りでな……その母親にそっくりなクラリスをとても可愛がっていたのだよ」


何となく話が読めてしまった。

クラリスは透き通るような銀髪だが、ドロテアは金髪、つまり父親似であったはずだ。


「父上は目の見えないクラリスを不憫に思い、ドロテアに身の回りの世話を任せたのだが、ドロテアにしてみれば自分が父に愛されていないと思い込んでも仕方がない

それでもしばらくは一生懸命クラリスの世話をしていたのだが、いつの頃からか、次第にクラリスにつらく当たるようになってな

見かねたイザベラ姉様が、ドロテアを自分付きにして今に至るという訳だ」


語られた内容は俺の予想を大きく離れたものではなかった、ありがちな話といえばそうなのだろう。


「カサンドラはどうしてクラリスの世話をしているんだ?」


「私は、幼いころにクラリスの母上……ステラ様に大変良くして頂いたからな、その恩返しという面もある

それに、こんなかわいい妹を放っておくことなどできんだろう、見ろこの寝顔を、天使のよう……いや、まさしく天使ではないか」


カサンドラは寝ているクラリスの顔を覗き込み、鼻の下を伸ばしている。

何だろう、美しい姉妹愛のはずだが、何故か若干邪なものを感じる。


「天使という点は同意するわ」


「だろう?」


デュフフといった顔でクラリスを覗き込むカサンドラ

だめだこいつ、早くなんとかしないと。


「だが……」


カサンドラはしばらく緩んだ顔でクラリスを眺めていたが、不意に険しい表情に変わる。


「私は近く、他家に嫁がねばならん、その後のクラリスのことを考えるとどうしたものか」


「ん? 結婚するのか?」


一八歳なのに早いなと思ったが、ユミナは一二歳で俺と婚約してしまっているのだし、こちらではそう早いわけでもないのかもしれない。


「ああ、私は王族だから色々と手順が面倒であったが、恐らく今年中にはそういう話になるはずだ」


「騎士団の仕事はどうなるんだ?」


「私の騎士団での仕事など女である以上、単なるマスコット役に過ぎない、王族であるから箔付けにとノエル兄様が押し込んだだけさ」


「そういうものなのか……」


「ああ、悔しいがな」


剣の腕なら自信はあるのだがなと、近くに落ちていた枝を拾ってブンブン振り回している。

剣の力量など俺には分からなかったが、振られた枝の先端は目で追うことができないスピードだった。


「お前が来てからというもの、クラリスはとても楽しそうだ、私はそれが何よりも嬉しい

お前はもうしばらくしたらいなくなってしまう人間だと聞いてはいるが……その時まではクラリスをよろしく頼むぞ」


カサンドラはクラリスを優しく見つめながそう話す。

その顔はまさしく、母親のそれであった。


「あ、ああ、任せておけ」


慈愛に満ちたカサンドラを見て、ドキッとしながらもそう返す。

普段の様子からはそうは見えないが、案外いい母親になれる女なのではないか、そんな事を考えなから次第に近くなってきた城へと急いだ。


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