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第六話 帰還に向けて

「おいっ! 飛んだ! 飛んだぞ! すごいすごい!」


「おいカサンドラ、あんまり力まかせにぶん投げるなよ、作るの大変なんだからな」


「おお! すごいぞ、空を飛んでる! 見ろクラリス、布と木枠で作った船が空を飛んでいるぞ!」


「お姉さま落ち着いてください、当然ながら見えませんわ」


俺が家庭教師の職に就いてから二週間が経過した。

今日は余った布と木の枝を加工して作った即席グライダーの飛行実験を行っているところだ。


何度目かの失敗の後、即席グライダーはそれなりに安定して滑空をするようになっていた。

ちなみに作り始めてから飛行に成功するまでカサンドラは、そんなものが飛ぶわけ無い、夢は寝て見てろなどと散々俺の事を馬鹿にしていた。

俺は上機嫌でグライダーを飛ばし続けているカサンドラに冷めた目を向ける。


「……さてカサンドラ、お前自分の言った事を覚えているよな」


「ノアよ、人間が空を飛んだこの良き日に比べたら、そんな私の約束なんてちっぽけなものだぞ」


「いや人間は飛んでねえし、誤魔化すなよ……はいここにクラリスという証人がおります、証言者クラリス、どうぞ」


「はい、お姉さまはノア様のことを散々馬鹿にした挙句、それが飛んだら何でも言うこと聞いてやるとおっしゃいました」


「え? なんでもするって言ったよね?」


「う……あう……それは……」


「え、騎士に二言があるの?あるんだ、そうなんだへーそうなんだー」


「な、無い! 騎士に二言はないぞ!」


「だってよクラリス、何をお願いする?」


「そうですね、もう私とノア様の邪魔をしないように、勉強会には参加不可ということで」


「い、いやだ! クラリスなんでそんな酷いことを言うんだ、私は、私は……」


妹が好きすぎるカサンドラはクラリスの提案に涙目になっている。

この二週間で、俺がカサンドラと漫才をやりすぎたせいか、クラリスがノリツッコミ系の技を覚えてしまったようだ。

今では独自にカサンドラをいじって遊んでいる。


今ではクラリスが俺を呼ぶ以外はほぼ呼び捨てで気軽に話せる相手になった。

正直、これでいいのだろうかと思う時もあるが、王女と気軽に話せているという優越感が手放せそうにない。俺は小市民だからな。


「よし分かったカサンドラ、俺も鬼ではない、その豊満な双丘をふた揉みで許そう」


「双弓だと、弓などどこにも……なっ!? ば、馬鹿か! 変態! させるわけがないだろう!」


カサンドラはボケている途中で意味を悟ったようで、顔を真赤にして両腕で双丘をガードしている。


「良いではないですかお姉さま、減るものではありません」


「そういう問題じゃない! 寄るな! 斬る! 斬るぞ!」


「それでしたらノア様、私の双丘でどうでしょうか」


「それはもっとだめだ!」


案ずるなカサンドラ、無い丘を攻めることは出来ぬよ。

心のなかでそうつぶやいた次の瞬間、クラリスの両目がカッと開いた。

焦点の定まらない青い目がこちらを向いているのが見える……


「ノア様……今……なんと?」


「え、い、いや、あれ、俺何か言ったか?」


「私もあと数年もすればお姉さまのようになりますわ」


フンッっと鼻息を荒くするクラリス。

いやでも、口に出してないよな俺……


「お姉さま、私に触らせてくださいませ」


「お、おお! 喜んで!」


それはいいのかよ。


クラリスとカサンドラがじゃれあう様子を見つつ、こんな楽しい生活ならずっと続いてもいいなと少し思った。

しかし、楽しい時間というものはそう長くは続かないものだ

次の瞬間、部屋のドアが何の前触れもなしに荒々しく開け放たれる


「カサンドラはいるか」


入ってきたのは一人の男だった、黒い鎧に身を包んでいる、二〇歳くらいの男

カサンドラが入ってきた男を不安そうに見つめている。


「ノエル兄様……」


「ふん、カサンドラよ、騎士団に顔も出さずこんなところで遊んでいるとはな」


ノエル……確か第二王子で、第一王子がいなくなった今、事実上の次期国王

短く切ってある真っ赤な髪をオールバックにしている、目つきは鋭く、顔は整っている、この国の王族は皆美男美女だな。

身長はそれほど無い、俺より少し高い程度だ、だがそんなものは問題にならない程の威圧感を全身から感じる。


ノエルは、こんなところでと言うタイミングでクラリスを睨みつける


「兄様、私はクラリスが心配で」


「騎士団の仕事よりも妾腹のほうが大切か、だから女はと舐められるのだ」


「……も、申し訳ござません」


カサンドラが親に怒られた子供のように小さくなっている。

それを感じたクラリスはカサンドラの手を握り、ノエルと向い合った


「ノエル様、カサンドラ様は私が寂しいであろうとお心使いをしていただいておりました。

私もそれに甘えてしまっておりましたので、深く反省致しております。」


クラリスはノエルのことを兄と呼ばない、カサンドラに関しても姉と呼ばずに名前に切り替えている

ノエルという王子が妾腹であるクラリスの事をよく思っていないということを自覚してのことだろう。

この変り身の速さから、こういった事は度々起きているのだということを予想させる。

ノエルは何も答えず、興味がなさそうな目でクラリスを見ている。


「カサンドラ様、どうかご自分の職務にお戻りください、私はカサンドラ様のご活躍を心より応援しております。」


「クラリス……」


カサンドラは一瞬だけ寂しそうな顔をすると、キリッとした顔でノエルに向き直った。


「それではお兄様、私は騎士団へ復帰致します、ご迷惑をかけて申し訳ございませんでした」


「ふん、分かったら早く行け」


カサンドラはそのまま足早に立ち去る。

ついさっきまでふざけ合っていたのに、今では声をかける事ができない雰囲気になっていた。


「貴公は」


ノエルが去り際に俺の方を見て吐き捨てるようにつぶやく。


「貴公の事は聞いている、ここでなら何をしても構わんが、出歩いて余計な面倒を起こさぬよう気をつけよ」


「……はい」


ノエルはそこまで言うと、話は終わりだとばかりに踵を返し、部屋を出て行った。


憤りのようなものはあった、しかし目の前にいた相手はこの国の次期国王

しかも、クラリスに冷たいという以外は、そう間違った事を言っていた訳でもない、そう思うと、文句の一つも口にする事ができなかった。


「仕方ありません、ノエル様は立場があるお方、常にご自分の良しとする事のみ口に出せるわけではないのですから……」


ノエルが去ったあと、開け放たれた扉を閉め直しながら、クラリスはそんな事を言っていた。

てっきりクラリスはノエルを良く思っていないのかと思ったが、どうもそうではないのか?

それとも、今の言葉も建前というやつだろうか。


「建前ではありませんよ、私の心のままの言葉です」


「え、あれ?」


まただ、口には出していないはずなのに、考えたことに対してクラリスが答えを返してくる。

クラリスを見ると、彼女は楽しそうに微笑んでいる。


「驚きましたか?」


「考えていることが分かるのか?」


そこまで言って、俺は一つの可能性に思い至る。


「もしかして、魔法?」


「いいえ、違いますわ」


クラリスは自分のベッドに腰を掛け、焦点の合わない目でこちらを見つめている。


「私はこのようななりですので、他の方の心や感情の動きを感じる力が強いのでしょう」


クラリスは目を開けると、モノは見えないものの、人の感情や心の動きを大まかに色やゆらぎとして捉えることができると、そう俺に説明した。


「あとは長年の勘ですね」


長年って、そんな年季の入った婆さんみたいな……


「生まれてから一四年間、ずっとこうですので、もうベテランと言っても差し支えないのではないかと思いますが?」


また読まれたらしい。


「ふふ、申し訳ございません、ですが見えてしまうものですから……このような女は気味が悪いでしょう?

ですから普段は分かっていても口には出さないようにしております」


俺は想像してみる。

周りにいる人間が自分に対してどう思っているのかが分かってしまう……しかしそれを口に出して言うことはできない、余計に評判が悪くなるだけという事が分かりきっているから。

そんな状況を、元の世界の俺の仕事場でそうだったらなどと想像してみる。


「俺はとても耐えられそうにないな」


四六時中、中傷を受け続け、それを黙って聞いていなくてはいけないという状況になる可能性が高い。

そんな状況になったら、恐らく三日と持たないだろう。


「ベテランの私も、そう気分の良いことではありません、ですが幸いにと言いますか、ここにいればカサンドラお姉さま以外の方とはほとんど顔を合わせませんので……」


「お母さんとも会わないのか?」


「母は、私を産んだ後亡くなりました」


「それは……済まない」


「ノア様はご存じない事ですので、仕方ありませんわ」


会話が途切れると、カサンドラがいなくなった部屋が妙に広く感じる。

思えばこの二週間ほど、いつも三人で騒いでいたような気がする。

そういえば他の姉は見ないがどうしたのだろうか……確かクラリスと同じ母親の王女がもう一人いたはずだが。


「ドロテアお姉さまは、イザベラ様の従者をされておりますので、こちらに来る事は殆どありません」


俺の考えを察したクラリスが、俺の欲しい話題を振ってくる。

まだ違和感があるが、楽といえば楽だ。


「そうか」


俺は何気なく窓の外を眺めてみる。

相変わらず今日もいい天気だ、ロシュフォーン城下の町並みが遠くまでよく見え、小さく見える人々が忙しく動き回っている。


思えばこの城に来てから、ずっと建物の中にいる。

特に不自由は無いのだが、やはりこんないい天気の日には外に出たくなってしまう。

俺の置かれている状況から、城の中とは言え自由に見物出来るわけではない、基本的にはクラリスやカサンドラと話したり、本を呼んだりする以外にやる事がないのだ。

それが嫌だというわけではないのだが……


「いい天気だし外に出たいな」


「……そうですね」


思ったほどクラリスの賛同は得られていない様子。


「あまり出たくない?」


「さすがに、城の外となるとお供の方が必要になりますので、それに……私が外に出ることをよく思わない方々も多いのです」


そういうのもあるのか、もっともこんな城の外れに専用の区画を作って隔離しておくほどだ、そういう意図があってもおかしくないな。

次にカサンドラが来たらクラリスとの外出の事を頼んでみよう、騎士団に務めてるくらいだからな、外出のお供としては十分だろう。


窓の手摺に肘をかけてそんな事を考えていると、外の方から小さい鳴き声のようなものが聞こえてくることに気づいた。

身を乗り出して確認してみると、以前確認した鳥の巣の中の卵が孵って、雛がモソモソ動きながら鳴いていたのだ。


「クラリス、この前の卵、孵ってるみたいだぞ」


「え!本当ですか!?」


クラリスが窓際に寄ってくる。

その際に急いでいたのか、俺が居ることを計算し忘れていたのか

窓枠をつかもうとした手が俺の体に当たり、バランスを崩して倒れこんでしまう。


「危ない」


窓側に倒れこんできたクラリスを受け止め、窓際に座らせる。


「いくら勝手知ったる自分の部屋の中とはいえ、急ぎすぎるのは良くないな、窓から落ちたりしたら大変だ」


「申し訳ございません、ありがとうございますノア様」


窓際に来ると、ピーピーと雛が鳴く声が聞こえてくる。


「あ……聞こえます、聞こえますよノア様」


クラリスはとても嬉しそうだ。


「ノア様、触らせて頂いても……良いでしょうか?」


「少しなら大丈夫かな、多分」


俺は以前のように、クラリスの手を取り、窓から体が出過ぎないよう注意しながら鳥の巣に手を伸ばす。

クラリスの手が鳥の巣に届いたのを確認して、その姿勢を維持していた。


「あ、これが……ぽわぽわしてる何かがいます」


「それが鳥の雛だよ、三匹いる、全部孵化したようだね」


「すごい……温かいです……あ、何かされています!」


巣を見ると、クラリスが出した手を餌だと思ったのか、雛が一生懸命つついていた。


「クラリスの手を餌だと思って雛がつついてるんだよ」


「くすぐったいです」


二、三分ほどクラリスは雛を触っていたが、クラリスの腕を支えている俺の腕が限界になってきたので鳥の雛お触り会は終了となった。


「もっと触っていたかったです」


「虚弱体質ですいません……でもあまり長時間身を乗り出しているのも危ないからね、触りたくても一人で窓の外に手を出したらだめだよ」


「はい」


その後、俺達は他愛のない話をしつつ、夕方には部屋に戻った。

結局その日はカサンドラが再び現れることは無かった。



――



「失礼しますノア様、お時間よろしいでしょうか」


朝早く、俺の借りている部屋の扉がノックされる。

俺は急いで渡されている普段着に着替えなから扉を開いた。


扉の前には金髪セミロングの見たことのない女性が立っている。

どこかで見たような気もするが……


「朝早くに失礼致します、ノア様、私はドロテアと申します、イザベラ様の使いで参りました」


ドロテア? どこかで……

ああ、クラリスと同じ母を持つ姉だ、確かにイザベラに仕えていると言っていたな。

通りで見たことあると錯覚する訳だ、顔立ちがクラリスに似ている、髪の色は違うが。


「はじめましてドロテア様、時間は大丈夫です、どのようなご用件ですか?」


クラリスの姉ということは王女である訳で、ここは丁寧に接しないといけないと慣れない敬語で対応する。

カサンドラの時は、最初がアレだったので面倒くさいことをしなくて済んで本当に楽だった。

しかしこの初対面の王女相手にフレンドリーに振る舞うのは少々気が引ける……なんかキツそうな目してるし。


それからドロテアは、イザベラ王女が俺を呼んでいうという内容について説明をしていたが

説明の間、ニコリともせず、淡々と事務的に内容を読み上げているといった感じだった。


内容としては、俺の召喚者としての力を測るため、身体検査のような事を行いたいそうだ

俺の持つ能力の種類や強さによって、戻すのに必要とする準備が違ってくるらしい。

そういうことであれば受ける以外にない、俺はその要請を快諾した。



――



それから二時間程経過した今

俺は城から少し離れた別の建物の中にイザベラ、ドロテアと一緒にいた。


イザベラが言うには、ここはロシュフォーンの国営魔法研究所らしい。

俺という存在をあまり公にしないため、今日は最小限の人員が研究所内にいるだけだが

それでも一〇人を超えるのローブを着た研究者のような、魔法使いのような人達が見えた。

その中をイザベラに付いて歩いて行く、イザベラは研究所内の間取りはよく知っているようだ、進み方に迷いがない。


とある一室に入ると、その中には白いローブを身につけた初老の男が待っていた。


「ようこそいらっしゃいました、イザベラ様」


初老の男は恭しく礼をする。


「ルーファスよ、こちらが先に話しておいたノア様です、失礼の無いようにお願いしますよ」


「はは、おまかせ下さい」


ルーファスと呼ばれた男はこちらに向き直り礼をする。

それにつられて俺も礼を返した。


「お初にお目にかかります、ノア様、私はこの魔法研究所の所長を務めさせて頂いております、ルーファスと申します」


「ノアです、よろしくお願い致します」


「ノア様のお話は伺っております、それでは早速、検査に移ると致しましょう」


ルーファスは手早く部下に指示を出し、その部下たちは何やら計測のための機材をあちこちから集めてきている。

その後俺は、簡単な体力測定や、保有マナの測定、マナ操作の精度測定や、一問一答形式の面接など

色々な検査を行い、全てが終了する頃には昼を回っていた。


「これは……なかなかハードだな」


ダッシュしたり重量挙げしたりといった普通の体力測定から、マナの放出量を計測したりする良く分からない検査まで

三〇項目程度の検査を行い完全に疲れきった俺は、検査室の隅でドロテアから受け取った飲み物を飲んでいた。

なんだかこの飲み物、強い炭酸ジュースを飲んだ時みたいに喉がひりひりする・・・


「滋養強壮に効くお飲み物でございます」


何の飲み物かを聞くと、ドロテアが短く説明を行う。

まあそういうなら飲んでおこう。


検査室の中では、イザベラとルーファスが何やら話している。

その途中でイザベラがこちらを見て、一度だけため息を付き、またルーファスと何か話し出した。

そこからさらに一〇分ほど休憩していると、イザベラがこちらにやってくる。


「ノア様、大変ご苦労様でした。検査結果には特に問題はなく、予定通りあと一、二ヶ月程で帰還の準備は整う見込みです」


「それは良かった」


この検査が何に使われるのかはよくわからないが、計画に変更なしということでとりあずほっとした。

検査も終わったので部屋に戻ろうとしたところで、俺はあることを思い出したので振り返ってイザベラに声をかける。


「イザベラ様、もしよろしければ、クラリス……様を外出させてあげたいのですが、可能でしょうか」


「クラリスを……貴方はどう思いますか? ドロテア」


イザベラは一瞬だけ怪訝そうな顔をして、ドロテアに意見を求める、姉としてどうかという事だろうか。


「……良いことであると思います」


話を振られたドロテアは非常に驚いた顔をしていたが、すぐに気を取り直し、少し思案した後続ける


「私が職務であまり相手をしてあげられていないところ、これほどまでにクラリスの事をお考え頂いてありがとうございます、ノア様、ぜひ妹をよろしくお願い致します」


どうやらドロテアとしても問題ないらしい。


「とは言え、城門外への外出は認められませぬのでご容赦下さいませ、城門の中であれば、庭を探索する程度なら良いでしょう

また、ノア様もこの辺りには不慣れであると思いますので、供の者を付けさせて頂きますがよろしいでしょうか」


供……クラリスと二人きりになれないのは少し残念だが、クラリスの状態を考えれば仕方のない事である。

俺もこの城の構造を全て知っている訳ではないし、クラリスも城の中全てを移動できるわけではない。

二人して城内で迷子なんて事になったら笑えないしな。


「もちろんです、ご配慮に感謝致します」


「それでは供の者を選定して、明日にでも向かわせますのでお待ち下さい」


「分かりました」


俺はイザベラとドロテアに礼を言うと、二人と別れて自分の部屋に戻らず、そのままクラリスの部屋に向かった。




「……というわけで、明日は城外にピクニックに行くことになりました」


俺は早速、クラリスに明日の外出を取り付けた件を伝えた。

クラリスはしばらくポカンとした表情で俺の話を聞いていたが、俺が話し終わると同時に俺に飛びかかってきた。


「ノア様! 大好き! 大好きです!」


「ち、ちょ、クラリス!?」


クラリスはよほど外出の件が嬉しいのだろうか、興奮して俺に抱きついてきたのだ。


大好きは子供が言うところの大好き、抱きついているのは一四歳の少女、俺はおっさん。

所詮子供がじゃれついているに過ぎない、興奮なんてしない、しないんだ、してたまるか。

俺は必死に自分の中の常識を戦わせて理性を保っていた、何せ年頃の女に抱きつかれるなんて俺の人生で二回目だから免疫なんて無いに等しい。

ちなみに一回目はユミナだった、あの時は感極まってキスまでしてしまったが、さすがにクラリスにそんな事をする訳にはいかない。


「クラリス、嬉しいのは分かったからちょっと離れて、ブレイク、ブレーイク」


「ノア様……分かっておりますのよ」


「え、何」


不意に唇に柔らかい感触が来る、何だこれは? 何がどうなってる?

目の前にはクラリスの顔がある、俺はクラリスにキスをされているのだと気がつくまで数瞬を要した。


カチンと歯が当たる感触がする、俺は顔をすこしずらし、自然な角度を作る。

経験が生きている、次は鼻で呼吸だ。

俺は混乱する頭で、今まで培ってきた経験をフル回転させ、適切と思われる手順を踏む。


「……は」


鼻呼吸をする手前でクラリスが唇を離した。


「……歯、ちょっと当たってしまいましたね」


どこかで聞いたようなセリフが聞こえる。


「クラリス……何で?」


「一言では申し上げられませんが……良いのです、これで……良いのですよ」


「だけど俺には」


「存じております、ですがどうか……」


懇願するようなクラリスの顔に、俺は頭に過ぎったユミナの顔をかき消し、再度クラリスと唇を重ねた。

人生二度目のキスは長く、長く続いた。


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