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第四話 初めての戦い

実際星座をいくつ知っているのかと言われると、ああこれだなと分かるものはオリオン座と北斗七星くらいのものだ。

星に興味が無かった奴なんて大抵そんなもんだろう?

だが俺はこの世界で、その二つをどちらも確認することができた。


という事は、どういう事だ?

ここは地球なのか?


あれから二日、俺はガドラスや他の面々に、俺の知っている地球の地名などを聞いたりしながら

何とかその疑問の答えを掴もうと足掻いてみたが、手掛かりをつかむことはできなかった。




「だーかーら、そんな名前は知らねえって……お前あの夜からおかしいぞ、一体何があったんだよ」


ガドラスは俺の同じような質問に呆れかえっている。

それはそうだろう、意味の分からない、聞いたこともない質問を何度も繰り返されれば嫌になって当然だ。

さすがにこれをこのまま続ければ、ガドラスや護衛隊の面々との関係は悪くなる一方になってしまう。

頼る事のできる人間がほとんどいない現在、それが良くない事であるのは分かる。


「……すいません、星の形が、覚えのあるものだったので」


「ああ、故郷がどこにあるか分からねえんだっけ?」


ガドラスには、故郷から遠く離れてしまいここがどこなのかよくわからない。

故郷で見た星の形と似ているので、冷静さを失ってしまったと伝えた。

釈然としない説明だろうが、異世界から来ましたと言うよりは幾分マシに聞こえるだろう。

どうせ俺がワケあり人だという事は分かってるんだろうし。


「でもよ、星の形なんてどこから見たって同じなんじゃねえの?」


「それは……そうかもしれませんが……」


実際は緯度によって星の見える位置は違ってくるはずだ。

問題は、元の世界でどう見えていたのかなんて大して覚えていない事だ。

ちょっとくらい、いやかなり位置がずれていたとしても、ずれていると気付きはしないだろう。

もちろん星の位置から現在位置を割り出す方法なんて俺は知らない。


仮にここが地球だったとしてもなぁ……


冷静に考えると、仮にここが地球だったとしても現状が何か変わるわけではない。

日本がある位置に移動すれば、俺の家がそこにある……とは思えないからだ。

さらに、天族魔族といった人外と思われる存在や、魔法の存在など、どう考えても自分の知る地球であるはずがない。


パラレルワールドってやつか?


元の世界で以前やっていた、日本が二つ出てくるロボットゲームを思い出した。

当時はその強引さに笑ったものだが、今は笑えない。

姿形は地球だが、俺の知る地球とは全く違う歴史をたどった世界……使い古された物語の設定みたいだ

それを言ってしまったらもう何でもアリになるのだが、そう考えるしかないような状況でもある。

さらに半日ほど悩んだ結果、結局目の前にある問題を何とかしていくしかないという極々当たり前の結論に至った。

ここがどこだとか考えてても、それが元の世界に帰る手段に結びつかない以上、考えるだけ無駄というものだからだ。


「ガドラスさん、おかしなことを聞いてしまってすいませんでした」


「ん、ああ、あんま難しく考えるなよ、考えても無駄なことは考えない!そんなことよりかわいい婚約者の事でも考えてな」


「ははは……」


ガドラスの言うとおりだ、とにかく生きるための基盤をこの世界で作らなくてはいけない、話はそれからだ。

と、考えた矢先に俺はある事に思い至った。


「ところでガドラスさん、地図ってその辺に売ってたりしないんですか?」


地図だ、この世界の地図があればもしここが地球なのであれば見知った地形があるかもしれない。


「んん? とりあえずこの辺のなら持ってるが」


「見せてもらっていいですか!?」


王都までの道を間違えないように地図を渡されているらしい、俺は興奮しながらガドラスに地図を見せてもらった。


「まあ、王都までは殆ど真っ直ぐだからいらないんだけどよ、念のためな」


そういって渡された地図を興奮気味に開くそこには……随分と簡略化された地図があった。


街道とその周り、街道沿いにある町の名前と、森とか川とか大雑把に記入されている

しかも街道沿いのみの周り数キロメートル程度に限定されたものだ。


「……これ、ポロニアから王都までの道しか描いてないじゃないですか」


「あん? 十分だろ」


「もっとなんというか……隣の国くらいまで書いてあるやつは無いんですか?」


「ああ? そんなの一般人が手に入れられる訳ねえだろ、王家や軍が工作兵をガンガン使って作ってる極秘レベルの地図になるぞ」


「手に入らないんですか?」


「無理だな、詳細な地図ってのは国防に密接に関連している、このレベルなら一般でも売られてるが

国が丸ごと載ってる地図なんて王家しか持ってねえし、王家と軍のお偉いさん以外は見る事もできねえよ」


この世界では地図は戦略物資扱いらしい……もしここにG○○GLがあったら無敵の国が誕生してしまうのだろうか。

どちらにしろ、自分が地域を判別できるレベルで広範囲が記載された地図は、今の身分では見る事が出来ないようだ。

俺ががっかりしていると、ガドラスはさっき出した地図を差して続ける。


「今日はこの先にあるピアルテの町で一泊して、明日の夕方には王都につくぜ」


「ピアルテの町にはなじみの店があるから、今日はそこで一杯やろう」


隣に座っていたエバルトが、俺を誘ってくる、恐らく元気づけようとしてくれているのだろう、その気遣いが嬉しかった。


「是非、あ、でも俺、金持ってないです……」


「そんなのいらないさ、何せ隊長の顔があればオールオッケー、ね、ガドラス隊長殿」


「ああ!?お前そうやって前も全部俺のツケにしやがったじゃねえかふざけんな」


「いいじゃないですか、ノアさんのおかげで金一封出るでしょ、ここはかっこいいとこ見せとかないと」


「……」


「街道中の町の酒場で隊長の事知らない人はいないというところを見せておかないと!」


「……し、仕方ねえ、三杯までだぞ!」


「あざーす」


隣で漫画みたいなやりとりが始まる、いつもこんな感じなのだろうか、エバルトの乗せ方がやけに手馴れているように感じる。

元の世界では会社での飲み会の誘いなんて面倒で仕方なかったが、今はとても有り難い。

俺も少しでもこの世界の事を知っていかなくてはならない、飲みとはいえ勉強、遊びではない、遊びではないんだよ?


それからしばらくして、エバルトが交代で外に出、代わりにグインが乗ってくる


「グイン、今日飲みな」


「了解」


交代際に短いやり取りがある、エバルトは外で皆にも伝えるのだろう。

俺も楽しみだ。


「グイン、三杯までだぞ」


「了解」


ガドラスがグインに念を押す。


「(……どうせいつも通り、途中からどうでもよくなる)」


グインが小声で俺に耳打ちしてくる、いつもなのか。

いつも同じという事は、つまりお約束のやり取りという事なのだろう。

本当にガドラスという男は面倒見のいい男だという事が窺える、見た目はヤクザだけど。

俺も久しぶりの飲み会という言葉にわくわくしていた。

飲み会でわくわくなんて、元の世界なら絶対に無かったことだ。


だが、そんな楽しい気分もそこまでだった。



――



敵襲!


短く鋭い声が響き渡る。


「おいおい街道だぞマジかよ、グインは待機、そいつを見てろ!」


「了解」


ガドラスがドアを素早く開けて外に飛び出した。


「歩兵六、弓二!」


「カッツ! 馬車上変われ!」


「了解!」


激しい声のやり取りが行われ、間もなく金属を打ち合う音が聞こえだす。


「グインさん、何が……?」


「伏せていろ!」


馬車の中に残ったグインは中央に俺を伏せさせると、姿勢を低くして窓から外を窺う。


「ぐあああああああ!」


「歩兵四、弓一!」


「ぎゃああああああ!」


「カッツ! 弓を黙らせろ! サム! 盾構え!」


ガドラスの指示が矢継ぎ早に飛ぶ


「ダグロ! 後方!」


「伏兵なし!」


「カッツ! 弓まだか!」


「今……弓ゼロ! ……いや、増援! 歩兵三! 弓三!」


「何だと! ダグロ前来い!」


「こいつら、街道で護衛付きに襲撃とか正気か!?」


「そんな……さらに増援! 歩兵四、弓二! ぐあっ!」


「カッツ!」


「サム! 前出ろ! 弓が多すぎる!」


外では怒号のような声が響き渡っている、カッツの叫びが聞こえたような……

状況を見たいが、怖くて体が動かない。

逸れた矢だろうか、たまに馬車の側面にカッ、カッという何かがぶつかっている音がする。


「出る、ノアはここで伏せていろ」


戦況が悪いのだろうか、グインは短く言うと扉に手をかけた。

俺は一人になるのが怖くて、出ていこうとしていたグインの足を思わず掴んでしまう。


「……大丈夫だ、お前を捨てて逃げたりはしない、皆がやられてからでは遅い」


グインは穏やかな声でそういうと、そっと俺の手をどけた

そして扉をほんのわずかだけ開けてスルリと外に出る。


「ぎゃっ!」


「ぐあああああ!」


グインが出た後に立て続けに悲鳴が聞こえる、知っている人のものではない……と思う。


カッ、カカッ

馬車に流れ矢が当たるたびに、俺はビクッっと体を震わせた。

怖い……ものすごく怖くて息もできない。

ガドラスの指示する声と、敵か味方かもわからない人間の悲鳴を聞きながら、俺はただうずくまって震えている事しかできなかった……


……どのくらい経ったろうか、三〇分? 一時間? まだ五分くらいなのかもしれない

気が付くとあれだけ叫んでいたガドラスの声が止んでいた。


ガチャ


不意に俺の後ろの扉が開かれる音がする。

皆が戻ってきたのだろうか。

俺が後ろを振り向くとそこには……知らない顔があった。

血が足元から急激に登っていく感覚、肌がゾワゾワと波打つ感覚がする。


「……きいてねえ……きいてねえよ畜生、金はどこだ」


薄汚れた顔で少し剥げかかった頭のそいつは、何やらブツブツ言いながら馬車の中を見回している


ガドラス達が全滅した……?

頭の中はそれでいっぱいになり、直後、例えようのない恐怖が全身を貫く


「う……ううあああああああああああああああああああああああ!!!」


反射的に反対側の入り口に身を寄せようとするが、腰が抜けてうまく足が動かない。

入ってきた男は面倒くさそうにこちらを見て、腰から短剣を抜いた。

刺される、殺される、何のためらいもなく、体に着いた埃を払うような気軽さで!


「あああああああああああああああ!!!」


とっさに出した足が男の顔面を捉える


「ってえ……死ねクソが」


それは大した抵抗にもならなかったようだ、男はすぐに体制を立て直し、俺に迫る。

もうあと三〇センチ前に出れば十分に俺を刺し貫けるだろう。


「ノア伏せろ!」


その声と同時に、男がいる反対側のドアが開き、真っ赤な何かが見える

それがガドラスの声だと認識した俺は、一も二もなく床に這いつくばった。


「ぴぎゃ」


直後、短い声が響き、続いて何かが地面に落ちる音がした。


「っぶねえ、ギリギリだったな」


声がしたほうを見ると、そこには顔まで真っ赤に血に染まったガドラスが立っていた。


「ひっ」


俺は情けない悲鳴を上げて後ろを振り向くと、馬車の外にはさっきの男が仰向けに倒れていた。

その男は顔面を槍で貫かれ、絶命していた。


「う……お……おえええええええええええええええ」


俺はついに耐えられなくなり、その場で吐いた。




襲ってきた盗賊は二五名、そのうち一六名は死亡、残りは退却。


こちらは軽傷三名、重傷二名、死亡……一名。


二〇名からの敵が押し寄せ弓兵の数も多く、馬上で戦況報告と援護射撃を行っていたカッツが

矢を受けて死亡した。

首の急所を直撃したらしい。


「運が無かったんだよ……」


相手の弓の腕はそれほどでもなかったという、たまたま、いい位置に当たってしまった。

ガドラスが言うにはそういう事だ。




「……だっておかしいだろう! 町から一〇キロメートル程度しか離れていない街道で、二〇人以上の盗賊が襲ってくるなんてありえない!」


「現実にあっただろうが」


ダグロがガドラスに何か食って掛かっている。


「……そいつを狙って来たんじゃないんですか」


ダグロがこちらを見て憎々しげに言う。

ダグロは先ほどの戦闘で左手首を落とされてしまっている、一命はとりとめたが、もう二度と弓は握れないだろう。


「俺達はノアの護衛だ、なら、そういう事もあるだろう」


「……こんな護衛依頼で金貨一枚、初めからおかしいと思ったんだ!」


その声に応える者はいなかった。


ここは先ほどの襲撃場所から一〇キロメートル程度先にあるピアルテの町

襲撃を辛くも乗り切った俺達は、急いでこの街に向かい、盗賊の集団に襲われた事を警備隊に報告した。

その後、死亡したカッツの遺体を教会に預け、重傷を負ったサムを病院へ搬送したところだ。


その後、ダグロは明日ポロニアへ向かう商人達に混ざって戻ることとなった。

ガドラス、エバルト、グイン、俺の四人は、ピアルテの町にある酒場に来ている。

表通りにある大きい酒場ではない、裏通りの小さな店だ。


とても飲むような気分じゃないと一度は断ったのだが

こういう時ほど飲んで気持ちを切り替えなきゃいけねえ、とガドラスに押され同席している。


「カッツはよ、去年子供が生まれたんだが、嫁さんの体があんま丈夫じゃなくてな、今回の任務は喜んでたんだよ、少しは楽させてやれるってな」


テーブルの隅には手付かずのグラスが一つ置いてある、カッツさんの弔いの為だろうか。


「別にお前のせいじゃねえ、確かにあの襲撃は普通ありえない規模だったが、最初に言ったろ、王家がらみは何かあるってな……覚悟の上なんだよ」


「ダグロの事も恨まないでやってくれ、あいつもこの先不安なんだ」


「……分かってますよ、むしろ守ってもらって感謝しています」


普通はありえない襲撃で片腕を奪われた、仕事とはいえ、すぐに納得できるものではないだろう。


「カッツには見舞金と家族に年金が出る、子供が成人するまでは……まあ何とかなるだろう」


「ダグロは治療手当を申請して、ラギウスまで行けばまあ何とかなるか、ちょいと長旅になるがな」


「ラギウスってラギウス帝国ですか?」


「ああ、手がなくなったとか、そういうレベルの治療をする魔法を使える奴はあそこに行かないといないからな」


欠損レベルの重症でも魔法で治療可能なのか……治療を受けるためのハードルは高そうだが、ちょっと想像がつかない

魔法ってどんなものなんだろうか。


「ノアはこれから王宮に行くんだから、レベルの高い魔術師も見る事があるんじゃないかな」


エバルトがこれ幸いと俺の話題に切り替えていく。


「在野にはあまり高レベルの魔術師っていないからね……大体貴族か国に確保されちゃってるし」


「まあ、付き合い苦手な連中が多いけど、魔術師だけで戦うのも骨だからな」


「あいつらは総じてプライドが高いから、戦士とうまく連携取るのは苦手なんだよね」


魔法というのは、どんな形であれ、効果を発揮するまでに時間がかかる事が多いそうだ。

事前準備可能な状況や、不意打ちなどであれば高い効果を発揮するが、戦闘が常に自分優位で始まるとは限らない。

その為、魔術師が冒険者のような事をする場合、前衛的な役割を持った人員が不可欠なのだが

魔術師と呼ばれる人間達は気難しい人達が多く、そういった他者との連携というものが苦手なケースが多いらしい。

結果、冒険者として活動する魔術師は少なくなるといった具合だ。

当然例外も多々あるので、魔術師が皆そうという訳ではないが、傾向としては顕著らしい。


また、現在は魔術を独学で学ぶことは難しく、基礎や応用技術を学校などで学ぶ事が一般的であり

当然そうするには学校に通わねばならず、魔法はある程度裕福な人間でないと習得しずらいという現実がある。

一方、戦士系列の職業というのは、身一つから着く事が可能であり、読み書き計算ができない人間などザラにいる

そこまで教育レベルが違う人間同士がうまくやれるかというと、仕方のない部分もあるのだ。


逆に戦士側にも魔術師に対して、自分達がいなければ何もできないモヤシのくせにという意識が強くあり

双方ともに交わりにくい情勢となってしまっている部分もある。


「双方とも自分の役割をこなしているだけなんだから、上も下もないと思うんですが」


「おっ、ノアは良いこと言うな」


「実際、上手くやれてる戦士と魔術師のパーティは強いんだけどね」


こうして話していると、新しい知識が入ってくると同時に、今日の恐怖や悲しみが薄れていくような気がする。

今はエバルトの陽気さが有り難かった。


「おいグイン、さっきから黙って飲んでねえで何か喋れよ」


「何か」


「ぶっ!」


ガドラスが吹き出す。


「……グインが冗談言うなんて珍しいね」


「湿っぽくするのは良くないと思ってな、それに俺の言いたい事は皆お前らが言ってくれる」


「出たよ、隅で飲んでるだけなのに女を総取りする男め」


確かにグインが酒を飲んでる姿は様になってる、こうなってくると、この口数の少なさも強力な武器になるのだろう。


「あやかりたいですね、俺なんてこんな見た目だから……」


「ああー確かにノアはちまいよな」


「もっと筋肉付けたほうがいいと思うな、ぶよぶよの貴族をカッコイイって人はあまりいないからね」


「色が白いのはうらやましいけどな」


「背も低いし顔もこんなですが……」


乗ってきたのでいつもの調子で自虐していると、三人の顔がハテ?という形になる


「大物振り回す訳じゃなし、身長なんて大した意味はない、要は戦って勝てば良いんだよ男は武功だ」


「病気持ちじゃなければ何の問題もないでしょ、顔は……オークよりマシなら何の問題もないよ」


「とにかく体力をつけろ」


いつも聞いていた社交辞令的な感じではない、本気でそれがどうしたという感じだ

聞くとこの世界では、女が結婚をする場合、殆どの場合親が相手を決めるため、女側の美意識などあったとしても相手の選定に入る余地がないそうだ。


女の方も、そういった事が常識となっているため、相手の器量を嘆く前に、どうしたら相手の男の功績を上げることができるかに注力するらしい

それが出来なければ不幸になるのは自分や子供達だからだ。


「ま、そういう事だからがんばんな」


そう言ってガドラスは笑いながら酒を注いでいく。

とっくに約束の三杯は過ぎているが、何も気にする様子はない。


俺は、不謹慎であるかもしれないが、久しぶりに楽しい時間を過ごすことができたおかげか、昼間の事を必要以上に気にすることはなくなっていた。

本当にいい人達だ、できれば全員そろった形でこういう会を行いたかった……

俺は心の底からそう思った。



――



初めて宿に宿泊し、ぐっすり眠った翌日

王都までは残り一日、昼前に出れば日没までには到着するという事だった。

俺はガドラスにお金をもらい、水と食料を買いにエバルトとピアルテの朝市に来ていた。


「半日分だから、大して買わなくていいよね」


朝方に出発すれば昼過ぎに王都に着くのだが、ガドラスはサムの見舞いとポロニアへの搬送の手配に行っているので、出発は昼に変更された。


「すまないね、本当は出発は早いほうがいいんだけど」


「いえ、サムさん事は心配ですし当然ですよ」


別に俺自身はそこまで急いでいる訳じゃない、半日程度ならズレても全く問題なかった。


王都に近いこともあり、ピアルテの朝市は様々な商品が並び、それなりに混んでいる。

俺は目的の旅人用の携帯食料と水を売っている店を探してふらふらと移動していた。

文字も読めるし、言っていることも分かるのだが、何しろ初めて訪れる場所のため、場の雰囲気が掴めず、どこに何が売ってるのか掴みにくいのだ。


「あ、ノアさん、あまり離れてはだめだよ」


エバルトに声をかけられ、俺はエバルトのもとに戻ろうと振り向いた。

人の流れに逆らった為、何人かの町人にぶつかり、俺は慌てて謝罪する。

ぶつかった町人は、意にも介さず人ごみに消えていった。


「ノアさんぶつかった相手、スリだよ!」


エバルトが慌てた声が聞こえるが、さっきぶつかったのは腰だ、貰った金袋はしっかり胸ポケットに入っている。


「大丈夫ですよ、ここにちゃんと入って……」


いなかった。


「え、腰しか当たってないのに……」


「早く追わないと!」


見ればさっき当たった男は目の前にある建物の陰に入るところだった。

俺は夢中で人をかき分け男を追う。


男が逃げた先の建物の手前では、アクセサリーの露店が商品を広げている。

俺は先を急ぐあまり、アクセサリー露店で商品を物色している二人組の女のうち一人と肩をぶつけてしまった。

その女は長身で、黒く長い髪をしており、メイド服のようなものを身に付けていた。


「あ、すいません!」


俺は反射的にその女に謝罪する、その時一瞬だけ目が合った。

美しいエメラルドブルーの目をしていた。

思わず見惚れてしまいそうな整った顔立ちだったが、今はそんな事を気にしている場合ではない

そのまま男が消えた建物の方へ走って行こうとする。


「お待ちください」


不意に後ろから声をかけられた、声の主は先ほどのメイド服の女だろう。

文句を言われるんだろうか、今はそんな事をしている場合では……


「すいません、ちょっと急いでいるので」


「貴方様の探しているものはこちらでしょうか」


長身のメイドはそういうと小さい皮の袋を手に取った、見覚えのある俺が預かった金袋だ。


「え……あ、そ、それです! 何で……」


お前が持っているんだと言いかけて、すんでのところで踏みとどまった。

このメイドが窃盗に関係していると考えるには無理があるからだ。


「先ほど走り去った男がここで落としまして、状況から察するに貴方様の持ち物ではないかと推測しましたが」


非常に事務的な口調で俺の疑問に答えてくれるメイド。


「そ、そうです、さっき盗まれて……良かった」


メイドから袋を受け取り中身を確認する、銀貨が三枚、確かにある。


「ありがとうございます……あ」


「謝礼は不要です」


俺の考えを読んだかのようにメイドが短く答える、良かった。


「ノアさん、早く追わないと!」


少し遅れてエバルトが追い付いた。


「エバルトさん、お金はこちらの女性がみつけてくれましたよ」


「……おっと、それはありがとうございます、美しい方」


エバルトさんはメイドを見るととても自然なスマイルを一瞬で浮かべる、これがイケメン力か……


「もしよろしければお名前を」


そして流れるように口説こうとしてる、確かにこのメイドはとても美人だが。

そうしていると、露店を眺めていたもう一人の女がこちらを振り向いた。


「私はシエルと申します、こちらは姉のメイアです」


「ほえ、なんでわたし紹介されてるの?」


振り返ったメイアと呼ばれた女は、薄桃色のボサ髪に今起きたばかりのような眠たそうな目、そしてそれを覆う太い縁の眼鏡をしている。

決して不細工ではないと思うが……その全身から立ち上る気だるそうな雰囲気が全てを台無しにしていた。

身長も俺より少し低い程度で、一八〇センチ近くあるであろうシエルとは対照的だ

髪の毛の色も違うし、本当に姉妹なのか疑わしくなってくる。


「シエルまた何かやったの?」


「いえ、こちらの方が財布を落としたようでしたので」


「ああはいはい、じゃもどるよー」


「はい」


その奇妙な姉妹は短くやり取りをすると、メイアと呼ばれたピンク髪が手を振って人ごみへ消えていった。

シエルもその後を追い、その姿が見えなくなる直前にシエルがこちらを振り返り深々とお辞儀をしているのが見えた。


「……すっごい美人だったね、妹さん」


「ですねえ」


奇妙な姉妹が去ったあと、俺とエバルトさんはしばらく今見た姉妹について話し、ガドラスのところに戻った後、その事を話した。

ガドラスは興味なさそうにふんふんと頷いたあと一言。


「で、食料は?」


「「あ」」


買うのを忘れていた。


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