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第二十四話 とりあえず魔法って言っておけばいいよ

大衆食堂で食事を終えた俺達は、金を払って店を出た。

ちなみに今の俺達には、報奨金として国王からもらった金貨三〇枚がある。

しかし、生活の基盤が整っていない状態で三〇枚もの金貨を持ち歩くのは危険だと言うことになり

現在はとりあえずということで渡された銀貨三〇〇枚が当面の生活資金となっている。

銀貨を一〇〇枚づつ入れた袋を三人がそれぞれ持つことにより、安全性を一層高めているのだ。


まあ一番危なっかしいのはユミナだから、袋の紐を握って離さないようにしっかり言っておかなくてはな。何と言っても百万円相当の大金なんだから。

俺はそんな事を考えつつ、再び家具店を探し町を歩き出す。

昼も回り、人の往来もだんだんと増えてきているようだ、しかし無いな家具店、もしかしてもっと山の手の方にあるのかな。

そんな事を考えながら歩いていると、通行人にぶつかってしまった。


「おい気をつけろよ」


何だか可愛い声で注意が飛ぶ、女の子にぶつかったのか? それは申し訳ない。


「ああすまない、大丈夫か?」


俺はすぐに謝り、ぶつかった相手を確認する。

そこに居たのは一四歳程度の少女だった。

整っていないバラバラの黒い髪に黒い目をしている、黒い髪はこの辺では珍しい、俺は何となくだがその少女に親近感を持った。


「なんだちっさいオヤジだな、ちゃんと前見て歩けよな」


前言撤回だ、なんだこの生意気なガキは。

俺のコンプレックスを容赦なくえぐる言葉のナイフを繰り出してきた少女だが、かといって怒鳴るのも大人げない、俺は相手にしないことに決めた。


「ああ済まなかったな、じゃあな」


「フン」


気分が悪い、俺は若干イライラしつつ家具店の捜索を再開する。

とにかくベッドが無いとまた毛皮に包まって寝るようだ、せっかく家があるのにそれでは侘しい。


「主よ」


「ん? 家具屋あった?」


フェリスが俺を呼ぶ、ようやく家具屋が見つかったのかと、俺はフェリスの指し示す方に目を向けた。

そこには俺達から遠ざかるさっきの少女がいる。


「あの娘、スリではないか?」


フェリスの言葉に一瞬固まった後、俺は金の入った革袋を結わえておいた腰紐を確認する。

いやそんな馬鹿な、俺は以前一度スリにやられてるんだ、だから十分対策したはずだ、腰紐だってしっかり付けて何度も確認した。

だから大丈夫だ、若干紐の先が軽い気がするが……

俺は皮袋を吊っておいた腰紐を手繰り寄せる、紐は何かでスッパリと切られ、その先にあった皮袋は消えていた。


「ど……」


冷や汗が一気に吹き出る、またかよ! またなのかよ!


「泥棒ーーーッ!!」


俺は叫びながら走り出した。


俺が走り出すと同時に二〇メートルほど先を歩いていた少女が猛ダッシュを開始する。

後ろを全く振り返らない辺りが手慣れている感じがする、いやそんなところに感心している場合じゃない。

人の波をかき分け、何度か肩がぶつかり、それでも走ることをやめてしまえばあっという間に少女を見失ってしまうだろう。

俺は必死で少女を見失うまいと昼の商店街を走り続けた。


どのくらい走っただろうか、周りに見える店もまばらになってきた、そろそろ商店街を抜けるのだろう。

目の前の少女との距離は三〇メートル程度に開いている、スピードも体力も向こうが上だ、これでは捕まえることなど絶望的だ。

それでも銀貨一〇〇枚……いやさっき食事で使ったので銀貨九九枚と大銅貨七枚を諦めることなんて出来ない、お金は大事なんだ。

あそうそう、大が付く貨幣は一般貨幣十枚分の価値があるんだ。

さりげない感じで大貨幣の説明を付け加えた俺は、最後のあがきとばかりに残った体力を使ってスパートをかける、その瞬間、目の前に背の高い人影が見えた。


ぶつかる!


俺は咄嗟に進路を変え、目の前の人を避けるように右へ逸れる

しかしその先には、背の高い人の影になっていたもう一人の……背の低いメガネの人がいた。

既に体力が尽きかけていた俺は、突然目の前に出てきたメガネの人を回避することが出来ず、そのまま突っ込んだ。


メガネの人の肩と俺の肩がぶつかる、俺の足はもつれ、そのままメガネの人を巻き込んで地面にダイブする。

時間の流れがやけに遅く感じる、周りの景色がスローモーションのようにゆっくり流れている。

怪我をさせてはいけない。

俺は咄嗟にそう考え、もつれる足を無理やり前に出し、メガネの人の下に割り込むように体を投げ出した。


ズドンという衝撃が俺の体に伝わり、腕や肩に強い衝撃が加わる

次に一瞬遅れて、背中に何かが落ちる感触が伝わった。

そのまま地面を少しだけ滑り、俺の体は停止する。

あまりの衝撃で意識が一瞬飛び、しかしすぐに襲ってくる両手両足の痛みで間を置かず覚醒する。

背中が重い、ぶつかった人のことはうまく受け止められたようだ。

俺は両手両足を地面に強かに打ち付け、すぐには動けないでいた。


「あいたたた……」


俺の上で声がする。

ぶつかった人はとりあえず無事のようだ。


「大丈夫でございますか?」


俺の隣に立つ人が俺達の安否を確認する。

俺はうつ伏せに倒れていてその人の足元しか見てないが、白と黒のメイド服のようなスカードが見える。


……メイド服?


俺は痛む体を無理やり起こし、ぶつかった相手を確認した。

ピンクのボサボサ髪にメガネの少女、そこにいたのはピアルテや港町セルマで見かけた眠そうな女性、メイアだった。

ということは……

俺は傍らに立つメイド服の女性を見上げる。

背が高く、黒い髪にエメラルドグリーンの目、そして感情の読めない無表情でいて美しい顔立ち、港町セルマで話しかけ、フィガロで会うことを約束した女性

シエルがそこにいた。


「ノア様、奇遇でございますね」


「ああ、フィガロに来てたんだったな、ほんと奇遇だよ、しかもまたスリを追っていた最中だなんて……」


そこまで言って俺はスリの少女が走っていった方向を見る、そこには既に少女の姿はなかった。

立ち上がって辺りを見回すが、どこにも姿は見えない、完全に逃げられてしまったのだろう。

転倒した際に出来た両手両足の擦り傷がズキズキ痛む、見ると完全に皮がめくれ真っ赤な血が滲んでいた。

共に倒れたメイアを見てみたが、特に怪我をしている箇所は無いようだ、それだけが不幸中の幸いというものだ。


「ノア様、こちらを」


消沈している俺に、シエルは見覚えのある革袋を差し出した。

受取り中を確認してみると、そこには一〇〇枚程度の銀貨と七枚の大銅貨が入っているのが見えた。


「シエル、これって……」


「ノア様が追っていたと思われる少女が落としました」


思いがけない幸運に俺は怪我の痛みも忘れて喜ぶ。しかしそんな喜びの束の間、すぐに違和感に気がついた。

スリが獲物を落とし、シエルがそれを拾う、二度も続けばそれが偶然だと考えるのは無理がある。


「シエルが取り返してくれたのか?」


俺の問いに、シエルは黙ったままこちらを見ている。


「二度も続いたらさすがに偶然は無理があるっしょ、別にいいじゃない、話しちゃえば」


シエルが黙っているのを見たメイアが横から口をはさむ、どうやら偶然ではなく、シエルが何らかの手段でスリから金を取り返したという予想は正しかったようだ。

そうしていると人混みの中からフェリスとユミナがこちらに来るのが見えた。

シエルは横目でちらりとフェリスたちの方を見た後、いつものように感情のない声で説明をしてくれた。


「スリが逃げていたようですので、魔法で盗まれたものを取り返しておきました」


ああ、魔法、魔法ね、ならそういうことも可能なのかもしれない……

正直、魔法にどういう種類があるのかなど全くわからないが、シエルが魔法を使えると聞いても違和感はなかった。

俺は一応のそれらしい説明を受け、偶然にも約束通りフィガロで出会えたもののこちらの用事は全くこなせてない現状を思い、次何をするべきか考えるのだった。




「ベッドや衣類というものは大抵、受注生産なのですよ」


フェリス達と合流した俺は、シエル達と一緒に仕立て屋を探していた。

シエルの話によると、ベッドの大きさに規格なんて物は無いので、木枠の形や大きさを測り、オーダーメイドで作るのが一般的なのだそうだ。

地べたに敷くタイプであればいちいち測量などしなくても良いのだが、自宅にはベッド用の木枠があるので、できればそれを使いたい。

ということで、布モノを扱うなら仕立て屋だというシエルの助言通り、俺達は仕立て屋を探して商店街をうろついていた。


しかし仕立て屋はまあ、あるにはあるのだがディスプレイされているのは大抵野暮ったいデザインの服ばかりだ。

フィガロが田舎だからだろうか、それともこの世界にはそういうデザインしかないのだろうか。

昔の西洋貴族の肖像画などでありがちなカボチャ型で縦縞のタイツみたいな服とか、そんなの死んでも着たくない。

それならコリーン村で皆が着ていた貫頭衣のようなものの方がずっとマシだ。


俺はマシな服を扱っている店がないか確認しながら商店街を練り歩く。

目的はベッドなのだから最悪どこでも良いのだが、できればセンスが良い店のほうがいいに決まっている。

しばらくフィガロに住むことになるんだから、馴染みの店みたいなものも作りたいしな……


そんな事を考えながら歩いていると、大通りから裏路地に入る道の角に、木でできた看板が立っており

その看板にはエリザベートの店と書いてあった。

名前だけでは何の店なのか分からないが、その看板にはチノパンツにパーカーを羽織ったような感じの服を着た人の絵が書かれており

その服がなんというか物凄く、俺の知っている普段着と言った感じに見えたのだ。


「ちょっとここ見てみよう」


「うん? 裏路地の小さい店にわざわざいくの?」


メイアが不満げな声を上げるが、俺は俺の直感を信じる。

他には反対を口にされるような事も無かったので、俺はエリザベートの店に寄ってみることにした。


その店は大通りから五〇メートル程裏手に入った場所にひっそりと佇んでいた。

俺は木製の扉を開け中に入る。

店の中は二〇帖程度の空間があり、仕立て屋としては小さい方ではないかと思う。

中央には六体ある簡易的なマネキンに服が着せられており、壁際には棚が並べられ、色々な種類の布類が陳列されていた。

店の奥にはカウンターがあり、そのさらに奥には別の部屋が見える、布類や何かに使う機械のようなものが見えるので、恐らく工房なのだろう。


「まあまあ、いらっしゃいませ、どうぞご覧になって」


カウンターに座っていた店員が立ち上がり、こちらにやってくる。

大きい、シエルと同じくらい……一八〇センチ程度の背丈がある長身の女性だった。

結婚式で着るような胸から下だけのワインレッドのドレスを身に付け、頭にはやけにつばの長いベール付きの赤い帽子を被っている。

店内が薄暗くベールの下の表情はよくわからないが、見えている肌は透き通るように白く、ブロンドの長い髪が見事なドリルを作っているのが見える。

初めて本物のドリルヘアを見た気がする……

その女性は、一言で言えば赤い貴婦人といった風体をしていた。


「あ、すいません、ちょっとお聞きしたいこ……」

「あらあらあらあらまあまあまあまあ、かわいい女の子がこんなに! 素晴らしいわ、なんて素晴らしい日なのかしら!」


その女性は、俺の言葉を途中で遮り、よく通る声でうら若い少女達の来客を喜んでいた。

いや客の話を聞けよ……


「あら、なんということでしょう、お召し物が残念な子がおりますわね、あなた様が旦那様でしょうか?

こちらの女の子、こんなに可憐で素敵なのに、質素な農作業着みたいな服を着ているしか無いなんてかわいそうだと思いませんこと?

これは損失、ええ、大きな損失でございますわ、お嬢さんこちらにいらっしゃい、さあ、さあさあ」


女性は貫頭衣のような服を着ているユミナに目を付けるとすごい勢いでまくし立て、その手を取ってカウンターの奥に消えていった。

ユミナは突然の襲撃に慌てながらも、敵意を向けられている訳ではないので「ふえ? ふえええ?」と言いながら手を引かれるままに連れ去られてしまう。

一体何なんだ……


「なかなか個性的な店主であるのう」


フェリスはあの女性が店主だと当たりをつけたらしい。

特に動かないところを見ると危険は無いと判断したのだろう、ディスプレイされている服を眺めながらリラックスしている。

まあ確かにゴージャスな格好をしてはいたが……


何となく手が空いてしまったので、店の中に展示された服を見て回る。

簡易マネキンに飾ってある服は、大通りにあった中世チックなやたらダボダボ、ゴテゴテした衣装とは違い、俺に馴染み深い現代風のスッキリした衣装が多く並んでいた。

そして革製品は殆ど無く、大体が綿もしくは絹製品であった。


「随分とスッキリしたデザインの服が多いのう」


「俺の知ってる服に似てる……」


「ほう」


フェリスとそんなやり取りをしながらマネキンを見て回っている時に、それを見つけた。

格子柄の短いプリーツスカートと白いYシャツだった。


「サイハイソックスは無いか!?」


「なんじゃそれは……」


「神器だよ」


「むう、なんだか分からぬが主の目が真剣であるのう」


まさかの学生服セットが揃うのか? と期待に胸を膨らませ辺りを探す。

しかし靴下は足のみ覆う程度のものしかなく、その他は腰まで届くタイツのようなものしか見当たらなかった。非常に残念だ。

そうか、ゴムが無いのか……

とは言えこの店のセンスは中世レベルのものではない、まさか何となく入った裏路地の店でこんな掘り出し物を見つけてしまうとはラッキーだ。

あまり流行っていないように見えるのが気になるが……


俺が格子柄のプリーツスカートと白Yシャツに狙いを定めていると、店の奥から先程の赤い女性とユミナが戻ってきた。


「さあ、ご主人様に見せておあげなさい」


赤い女性は後ろに隠れているユミナの背中を押して前に出す。

ユミナは恥ずかしそうに少し俯きながら皆の前に歩み出た。


そこにいる皆から思わず「おおぉ」という声が上がる。

灰色のゆったりした前開きのパーカーに膝上一五センチ程度の紺色のミニスカートを付け、靴は茶色の皮のブーツに履き替えられていた。

顔には薄く化粧が施されているようで、薄くピンクに染まった唇が可愛らしさをより引き立たせている、さらによく見ると前髪の一部をピンで止めてあるようだ。


「どうですか……ご主人様?」


ユミナは上目遣いに俺を見ながら感想を求めてくる。

もちろんかわいい、かわいいが……惜しい。


「かわいい、かわいいぞユミナ」


俺の感想に、ユミナの顔がぱっと明るくなる。


「だがしかし、パーフェクトではない」


「!?」


俺の言葉に皆が固まる。

とりわけ赤い女性が一番驚いているようだ。


「そ、それはどういう……」


赤い女性が動揺を隠せないといった感じで俺に説明を求めている。

よかろう、ならば教えよう。


「個人的な感覚ではあるが……えーと」


そう言えばまだこの赤い女性の名前を知らなかった、きっと看板に書かれていた店の名前の人だとは思うが、間違えては失礼だ。

俺の言いたいことを悟ったのか、赤い女性が大慌てで自己紹介を始めた。


「あら失礼、私はエリザベートと申します、この店の店主ですわ」


やはり店主だったようだ。

素性が判明したところで俺は何となく偉そうに説明を続ける。


「よしエリザベート、俺はこの店のセンスには非常に興味を持ったが、実を言うとまだ物足りない。

まずこの灰色のパーカーは良いとしよう、問題はこのスカートだ、パーカーが無地であるならスカートには柄をつけるべきた、格子柄とかな。

そしてスカートの長さ、中途半端過ぎる、短いなら短く、長いなら長く、メリハリが欲しいところだ、ちなみに俺は膝上20センチ以上が好きだ。」


「パーカー? その帽子付きシャツの事ですね、パーカーと呼ぶのですか……」


俺の解説にエリザベートの息を呑む様子が伺える。

さらに俺はユミナの足を擦りながら続ける。

生足を擦られたユミナは小さい悲鳴を上げたが今はそれどころではない。


「次に足、生足はもちろん良い、良いが……足りない」


「な、何があるというの?」


「短いスカートを履いたら外せないものがる、それはサイハイソックス!」


「さ、サイハイソックス……ですって!?」


「サイハイソックスとは、ここ! ここまでカバーできる靴下の事だ」


俺はユミナのスカートを少しめくり、太ももの位置に指を這わせる。

ひゃあああああというユミナの情けない声が聞こえるが今は無視だ。


「でも、そんな長い靴下、タイツと変わらないでしょう? 肌なんて殆ど出ませんわ」


エリザベートの解釈に俺はやれやれと首を振る。


「スカートがここ、サイハイソックスがここ、すると素肌が出るのはこの部分だ、確かに面積としては小さい、素肌を出す意味は無いのかもしれないだが!

他が隠れているからこそ、この僅かな素肌が尊いのだ」


俺の言葉に、エリザベートは雷に打たれたようにその場に固まる。

他の連中はというと、フェリスはまるで変質者でも見るように半眼でこちらを見ている、シエルはいつも通り無表情だが、何かを確認するように時折ぶつぶつと何か呟いている

メイアはこちらに興味なさそうに、下着などを物色していた。


「素晴らしい! 貴方素晴らしいわ、素晴らしいセンスをお持ちね! ぜひお名前を教えていただきたいわ」


我に返ったエリザベートが俺の方に歩み寄り手を取ると、感激したように自分の胸に押し当てた。

柔らかい感触が両手に広がる。

殺気のようなものを感じで振り返ると、フェリスがすごい顔で俺を睨んでいる、まて、これは不可抗力だ。


「あー、えっと、ノアです」


「アーエット様ですわね、覚えましたわ、どうかこのエリザベートの店をご贔屓にしていただけるとうれしいですわ」


「ああ、違います、ノアです、ノア・シドーです」


「あら……申し訳ございません私ったら、興奮してしまってとんだ早とちりを」


「あーうん、とりあえず今日はベッドを作ってくれるところを探してたんだけど……」


「ベッド! もちろんよろしいですわ、いくらでも、どのようなものでもが、当店のモットーですのよ」


なんだかやけにテンションの高い人だ、ベタなミスを挟んでくれる辺り、見た目に反して案外かわいい系なのか?

しかし、この人が仕立てるんだろうか、大丈夫なのか?

ベールの奥にチラチラ見える素顔は、とても綺麗な顔のように見えるが。


「とりあえずベッドが四つと、そのユミナが着てるやつを貰えるかな」


「まあ、こちらを? 宜しいのですか?」


俺はユミナの方を見る、ユミナは顔を赤くして俯いているが、嫌ではなさそうだ。


「ユミナ、その服どうだ?」


「ちょっと大きいけど、ふわふわして着心地が良いです……」


「ということらしいので、それも頼む」


エリザベートにそう伝えると、俺の手をさらに胸に押し付けて感激しだした。

胸にめり込んでる、めり込んでるよ!

フェリスの殺気が背中に突き刺さる。


「ああ、何て素晴らしい日でしょう、このような素敵な方に巡り会えるなんて……よろしいですわ、お近づきの印に特別価格でお譲りしますわ

少し大きいようですので、調整もサービスさせて頂きますわね……カーミラ!」


エリザベートはフェリスの殺気に反応する様子も無くそう言うと、奥の部屋に向かって誰かを呼んだらしい。

奥から人の出て来る気配がする。

俺は既に胃が痛いというのに、この人凄いな。


「はい奥様、お呼びでしょうか」


作業所と思われる部屋の奥から出てきたその人物を見て、エリザベート以外の視線が一斉にその人物に向く。

一六〇センチ程の背丈に一五、六歳と思われる顔立ち、しっかり日焼けしたようなチョコレート色の肌に、真っ白な髪の毛、真っ赤な瞳。

そして何よりも目を引くのが、横に長く伸びた細い耳。


「ダーク……エルフ?」


「あら、良くお分かりですね、初めて見た方は大抵、魔族だと言って騒ぎ出すのですが」


そのカーミラと呼ばれた少女は体にフィットした動きやすそうなワンピースのようなものを羽織っている。

細い体型だが、それなりに発達している形の良い胸が服の上からでも分かった。


「カーミラ、そちらのお嬢様用に服を調整してちょうだい」


「はい……お客様、お体の計測をしますのでこちらにどうぞ」


カーミラは極めて事務的にユミナを奥の部屋に案内し、二人は工房に消えていった。


「ダークエルフとは珍しいのう」


エリザベートの豊満な双丘から俺の手を取り返していたフェリスが呟く。

ダークエルフとはラギウス帝国の更に南に浮かぶ魔族の島、グラーナ島に住む種族で、大昔の戦争で魔族側に寝返ったエルフ族という事だ。

元々エルフ族は天族の加護を受けていたが、寝返った事により加護が消え去り、さらに罰として強力な呪いを受けたという伝承が残っている。

呪いの影響で、肌は黒くただれ、髪の色は抜け、天族の魔法を使うことができなくなったという事だ。

そういう経緯を持つ種族であるので、人間族からは当然のように魔族と同じ扱いを受けている。

それでいて魔族ほど強力な力を持っているわけではない為、人間族の町に出てくると強烈な差別を受ける事になる。

その結果、今では人間族の町にダークエルフは殆どおらず、いたとしても、奴隷などの特殊な事情を持つ者ばかりだという。


一方、奴隷としてはその希少性から非常に価値が高くなっている。

黒くただれた肌とは言われているが、実際はエルフのきめ細やかな肌が茶色になっただけなので、その美しさは基本的には変わっていない。

エルフよりも絶対数が少なく基本的に人間とは関わりを持たないため、奴隷として出ることすら殆ど無く一部の愛好家からは絶大な人気があるのだとか。


「私、以前はラギウスにおりまして、カーミラとはその時に知り合いましたのよ」


エリザベートは標的をフェリスに変え、フェリスの着ているゴシックドレスを興味深そうに観察している。

知り合ったとは言うが、そんな特殊な事情を持つダークエルフと普通に知り合える状況なんてあるのだろうか

それとも案外ラギウスはそういう差別が少ないとか?

そんな俺の疑問に、エリザベートは大きく首を振った。


「とんでもありません、ラギウスは竜王セシルのお膝元ですので、魔族排斥の意識はどこよりも強いんですのよ

カーミラと出会った時も、彼女は裸で中央広場を引きずり回されておりましたの、私もう可哀想で見ていられなくて、思わず私の店と交換で譲って頂きましたのよ。」


エリザベートはラギウスを出てからフィガロで店を開くまでの物語を俺達に熱く語っていた。

要約するとこうだ。

エリザベートは元々ラギウス帝国の首都である聖都ラギウスで仕立て屋を営んでいた。

その仕立て屋はかなり大きく、数十人の工員を雇って大々的にやっていたらしい。

ある日、仕入れの為に聖都の中央広場を通り掛かると、人だかりができていた。

覗いてみると、とある貴族がダークエルフの少女を引きずって晒し者にしていたそうだ。

その貴族は、魔族の仲間であるダークエルフを大枚はたいて購入し、痛めつけることで天族への忠誠の証になると考えたらしい。

狂っていると思うが、実際その場では多くの見物人が楽しそうに笑っていたそうだ。

耐えられなくなったエリザベートは発作的に少女をかばいに出る、その貴族とすったもんだの末、自分の店の全てと交換でその少女、カーミラを譲って貰ったらしい。

その後、公の場でダークエルフを庇ったことと、自分の資産を全て失ったことにより聖都にはいられなくなり

新天地を求めて、絹の名産地で知られるフィガロに移り住んだという事だ。

それが大体二年前の話らしい。


「そうしてフィガロに来てみましたら、こちらの方々は着衣にこだわりが薄いようで……本当に歯がゆいですわ」


エリザベートの話はこの二年間の苦労話に移行している。

それを聞き流しながら、俺は今聞いたラギウスでの話を思い起こしていた。


奴隷と店をホイホイ交換してしまうエリザベートも相当ぶっ飛んでいるが、それよりもラギウスでの魔族排斥の状況に戦慄する。

以前、ガドラスが、ラギウス教徒は冗談が通じないと言っていたが、それどころの話ではなさそうだ。

冗談みたいな狂信者がいて、それが一定の評価を得ているというのだから……

これは間違っても俺達はラギウスに関わらないほうが良い、そう心に誓った。


そうしてエリザベートのフィガロでの苦労話が佳境に入った頃、奥の工房からユミナとカーミラが出てきた。


「奥様、調整が完了しました」


「あら、相変わらず早いですのね」


少し恥ずかしそうに前に出てくるユミナ。

前開きのパーカーは先程よりも体にフィットした感じがする、スカートはさらにミニになっていた。

パーカーの下は白いシャツ、その下には……ブラジャーを付けているのが薄っすらと見える。


「丁度合うものがありましたので、下着も揃えさせて頂きました」


「パーフェクトだカーミラ」

「パーフェクトよカーミラ」


俺とエリザベートが揃ってカーミラに向かって親指を立てる。

その様子にカーミラは、何でこいつこんなに馴れ馴れしいんだといった顔で、じっと俺を睨んでいた。

少し調子に乗りすぎたかもしれない。


「邪険にしてはいけないわ、カーミラ、こちらの方はベッドの仕立てを四つご所望なのですよ。

ああ、改めてご紹介致しますわ、こちらが私の工房の筆頭針子のカーミラですの、よろしくお願い致しますね」


「カーミラです、よろしくお願いします」


エリザベートはダークエルフの少女、カーミラを改めて俺達に紹介する。

それを受けてカーミラは一歩前に出ると、短い挨拶を行った。

よく見るとカーミラの首の部分にごついチョーカーのようなものが付いている。

黒く塗られた皮製で、ハート型の金属のアクセサリが付いていた。


「ああ……こちらは、奴隷の首輪を真似て作りましたのよ、私はそのようなつもりは無いのですが

こちらに来た時に、それで少し騒ぎがありまして、形だけでもと作りましたの。

でも、普通の奴隷の首輪ではセンスが無いでしょう? なので少々凝っておりますのよ」


俺の視線に気がついたのか、エリザベートが首輪の説明をする。

以前、フリーのダークエルフがいるということで少し騒ぎになったらしい、その為、誰かの所有物だと分かるように、不本意ながらも奴隷としての印を付けているらしい。

ぱっと見は少し洒落たアクセサリにしか見えないし、これでいらぬ騒動が防げるならそのほうが良いのだろう

カーミラも特に気にしている様子はない。むしろその説明を受けた際に、愛おしそうに首輪を擦っていた。


「それではノア様、失礼ですがお代金の方、お先でよろしいかしら? それとベッドの質はいかが致しましょう?」


ユミナの服とベッド代金の請求のようだ。

基本的にこういった大きな取引は、客側によほどの信用がない限り前払いとなる。

人対人が直接向き合ってでしか金品のやりとりが出来ないので、仕方のないことだ。

また、そういった事情から、客も業者を選ぶ目を養わなくてはならない、安いからと言って安易に飛びついて金を持ち逃げされたり、適当な仕事をされても

それは相手の力量を見抜けなかった自分の責任なのだ。


そういう観点で俺はこのエリザベートという女主人を考えてみる。

先程のカーミラと出会った辺りの話が全て本当なのだとすれば、この女主人は超が付くほどのお人好しだ。

そんな人間が商売を成功できるとも思えないが、以前は大きな店を切り盛りしていたらしい。

そうなると、それらの話は全て嘘か、または裸一貫からでも何とか出来るという意志と才能を持った人物なのかのどちらかだ。

詐欺師だとすると、このダークエルフの少女の存在はとても目立つのでデメリットが大きいんじゃないか。

店も適当な構えではないし、エリザベートには他にはないセンスがあるのは確かだ、何よりこの二人はお互いを信頼しているように見える。


俺は少し考えた後、当初の予定通りこの店に全てを任せることにした。

ベッドの質については、乾燥藁を敷き詰めたものに布のシーツをかけた簡単なものから、オール綿詰めの超高級品まで様々なグレードがある。

掛け布団についても同様に、藁と綿詰めまたは羽毛や羊毛となるようだ。

さらに素材を絹にすると貴族王族御用達のスペシャルな一品になるという。

さすがに現時点でそこまでの高級品は必要ないが、藁は無しで行きたい。

そんな訳で、俺はオール木綿のベッドと掛け布団を四組注文した。

エリザベートは少しだけ困ったような顔をし、すぐに概算見積もりを出してくれたのだが、俺はその金額を見て仰天する事になる。


「ユミナの服が上下で銀貨三〇枚、オール木綿布団一式四組で金貨一二枚……だと!?」


寝具を買っただけで報奨金が半分近くぶっ飛ぶ額だ。

ふとん四組で金貨一二枚、つまり一組金貨三枚……どうしてこうなった。


「あらあら、ご存知でなかったのですね、何となくそんな気はしておりましたのよ。

全て木綿で作られた製品はとても高価なのです、恐らく購入される方は、貴族か成功している商人の方くらいではないでしょうか」


何という誤算。

綿産業が盛んだと言うからそれなりに安いのかと思ったら……

いやまてよ、もしかしたら吹っ掛けられてるという可能性も……

俺はベッドの値段に驚きながらも、同行者の中で助言を貰えそうな人物に目を向ける。

フェリス……はダメだ、ユミナは論外、メイアは……そもそも話を聞いてねえ、となると


「金額は平均的なものと思われます、綿の詰め具合によってはお買い得です」


黙ってこちらのやり取りをずっと観察していたシエルから、妥当との回答を頂けた。

考えてみればこの世界には自動化された工業機械なんて無いんだな、全て人力で素材の作成から加工まで行わなくてはならないと考えれば、高いのは仕方ないのか……

しかしこんなに高くなるんだな……現代日本で生きていた俺としてはとても信じられない話だ。

ちなみに藁のみの布団セットは概算で一組銀貨八〇枚だった。それでも結構なお値段だ。


俺はチラとフェリスとユミナを見る。

ベッド……この夜が早い世界では、人生の半分を委ねる家具と言っても過言ではない。

そして恋人や妻との大切な語らいの場にもなる訳だ。

となれば……ここはケチらずに良いものを買って長く使うべきではないだろうか。


俺はもう一度フェリスをチラ見する。

妾は興味などなど無いぞといった風で無関心を装ってはいるが、明らかに期待した感じで俺に目で合図を送っている。

妻の期待には応えねばなるまい。


「オール木綿ベッド二組お願いします、あ、今手持ち無いので、支払いは明日で……」


苦渋の選択だったがすぐに四組は必要ない、まずは必要な分のみを頼んで、残りは後日財布と相談しよう。

何せまだまだ買い揃えるものはあるのだから。


「あら、よろしいのですか? 金貨六枚になりますが」


「大丈夫です、ちょっと城に取りに行かないといけないので……明日には支払います」


「まあ、お城の関係者でしたのね

大丈夫ですよ、それでは明日ご自宅にお伺いして測量をしてしまいましょう、そうしたら正規の見積もりが出せますので、お支払はその時にでも……」


「分かりました」


俺は自宅の場所をエリザベートに伝える、エリザベートは俺の自宅の場所を知っていたらしく、城の近くの丘の上の一軒家と言っただけで見当がついたようだ。


「あの場所は王家が所有していたと思いましたが……ノア様はどういったお方なのでしょう、興味がありますわ」


「はは……しがないオヤジですよ」


「あらあら、ではこれからご贔屓にして頂いて、時間をかけてお教えくださいな」


そう言うとエリザベートはまた俺の手を掴み、自分の双丘へと押し当てた。

すっごい潜る、すっごい潜るよこれ。


「ウォホン!」


俺がエリザベートの脂肪攻撃を受けていると、後ろから殺気の篭った咳払いが聞こえる。

まずい、早く離れなければ、しかし……何という抗いがたい力だろうか。


「エリザベート殿よ、主でお楽しみの所申し訳ないが、そのベッドはどのくらいで出来上がるものかのう」


耐えきれなくなったフェリスが俺の手を引き剥がしながらエリザベートに質問する。

そうか、オーダーメイドという事は、モノができるまで時間がかかるんだな。


「ええ、そうですわね……七日頂ければ、どうかしらカーミラ」


「はい、問題ありません」


七日か、結構かかるな。


「もし作成出来るまでの間の寝具が無いようでしたら、知り合いの中古品店をご紹介しますので、そちらで寝具の貸出を希望されると良いでしょう」


中古品店、そういうのもあるのか……

一週間も固い床で寝るのは嫌だし、借りてしまったほうが良いのかもしれない。

でも、お高いんでしょう?

俺はエリザベートに向かってお金無いのアピールをしてみる。


「大丈夫ですよ、中古屋の貸出は、モノにもよりますが、恐らく一日銅貨五枚程度ではないでしょうか?

ああそうですわ、何でしたら貸出料金はこちらでお持ちさせて頂きますわ、それでいかがかしら?」


いいこと考えたという感じでエリザベートが俺に提案する。

本当に人がいいなこの人、経営は大丈夫なのかと逆に心配になってくる。


「いや、紹介してもらえるだけで十分です、まだフィガロに来たばかりで土地勘も無いので、店を教えてくれるだけでも助かります」


「そうですか……分かりましたわ、それではお時間勿体無いので今から向かうとしましょう。

カーミラ、少し店を空けますから、店番と明日の準備をよろしくお願いね」


「はい、奥様」


エリザベートはどんどん話を進め、店の入り口に移動し、俺達も付いてくるよう促した。

俺達はそれに従い、ぞろぞろと店を出て行く。

去り際に店の中を振り返ると、カーミラが半眼で俺を睨んでいるのが見えた。

初対面の相手に良い印象を持たれるような人間ではないと自分でも分かっているが、そんな露骨に嫌わなくても……

それにしても、珍しいダークエルフの少女が一人で留守番なんかしていて大丈夫なのだろうか。

俺はそんな事を考えながら、一際目立つ赤い女性の後を追った。


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