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第十七話 デーモンロード

俺達はあの後しばしの休息を取り、マリアベル達の乗っていた馬車から主だったものを自分達の馬車に移した。

マリアベル達の乗っていた馬車は、車輪が壊れ使い物にならなくなっていたからだ。

ちなみに引いていた馬は、戦闘で流れ矢を受けて死んでしまっていたので火で焼いてから埋葬してきた。


「これは……すばらしい馬でございますな」


俺達の馬車を引く馬を見たゼピオは驚きのため息をつく。

それもそのはず、俺達の馬は背中までの高さが大人の身長ほどもあり、赤黒い体にみっしりと鍛え抜かれた筋肉が付いている。

それでいて黒い光沢を持った長いたてがみが貴公子のような雰囲気を醸し出している。

軍馬でもまずお目にかかれないような最上級クラスの馬だ、買うとなったら広大な土地か城と交換といった話になるとゼピオは言った。

間違ってもこんな貧相な馬車を引くために使われるような馬ではないそうだ。

ちなみに名前は黒王という、某世紀末に悔いを残さなかった人の愛馬から頂いた、もちろん名付け親は俺だ。


「(おいフェリス、ちょっとやりすぎたんじゃないのか)」


「(馬の眷属化は久しぶりであったのでな、ちと気合を入れすぎたかのう)」


家族の形見なんですとごまかしてはおいたが、ゼピオにはさっそく只者ではないという疑念を持たれてしまった。

それでなくともこんな馬を乗り回していたら目立って仕方ないだろう、後で馬着でもかぶせて隠さないといけないかもしれない。

たてがみはもったいないが切ってモヒカンカットにしておこう、多少は威圧感も薄れるだろう。


頭の上でジョキジョキしている音を不思議そうに聞いていた黒王だったが、バサリと落ちた髪が自分のものだと気付くと仰天して暴れだした。


「これ、じっとせぬか馬鹿者!」


飼い主であるフェリスの一喝でおとなしくはなったが、次々と切られて落ちるたてがみを、深い悲しみを湛えた目でずっと見つめていた。

すまんな、黒王よ。




フィガロまでのルートとしては、特に変則的な手段を取らず、現在のコリーン村付近から街道を南に進みポロニア方面へ向かい

ロシュフォーン街道を南下してフィガロ王国との国境に向かうといった、何のひねりもないが最短のルートを使うことにした。

途中のポロニアの町には寄らずに、目立たない場所で野営を繰り返し一気にフィガロ王国に向かう予定だ。


四人の兵士とシャノアの遺体はフェリスの魔法で氷漬けにし馬車の中に安置してある。

連れていくと言った手前、放置していく訳にも行かない。

おかげで馬車の中は随分と手狭になってしまい、俺達は途中で換金しようとしていたかさばる荷物を軒並み投棄した。

それでも五名が座れる空間を作ることは難しくなったので、二名は御者席に出ていなくてはならなくなったのだ。




フィガロ王国に向けて出発し、二日が経過した。

現在は特にトラブルもなくロシュフォーン街道に到達し、予定通りポロニアの町をスルーして街道を南下中だ。

この調子で行けばあと二日程度でフィガロとの国境に到着するだろう。


完全に吹っ切れた訳ではないだろうが、あれからマリアベルの様子は特に変わったところはない。

たまに食事がまずいとぼやいているだけで、あとはフェリスやユミナと楽しくおしゃべりをしたりしているようだ。

特にユミナとは実際の歳も近いせいか打ち解けているようである。


何故か俺とはあまり喋らない。

場所交換で俺とマリアベルが隣になると、会話が続かなくて少々気まずい事になる。

これから向かうフィガロの事や、ベンガルドの事や、好きなことや趣味や、はたまた今日の天気などという最終手段的な話題を振ってみるが

大抵二、三度ラリーを続けると終わってしまう。

自分のコミュ力の無さが恨めしい。


対して執事のゼピオからは色々なことを聞くことができた。

これから行くフィガロ王国は、第一六代国王であるネルソン・フィガロが治める小国で、漁業と絹、綿産業と僅かな鉱山資源が産業の中心らしい。

国土の東側は全面が海に面しており、沿岸地域では漁業が盛んだそうだ。

平野部では綿と絹の生産が盛んであり、フィガロの絹織物は国の特産品となっている。

これらを周囲の国に輸出して財を成しているということだ。

そのうちの最大の貿易相手国が、海路で結ばれたベンガルド共和国らしい。

南部にはかつてフィガロの他にに五つの小さな国があったが、長い年月の中で次々とラギウス帝国に併合されてしまい

今では独立を保っているのは、フィガロ王国とその南にあるアンクール王国のみだという。


マリアベルは第二王女で一五歳になる、上に姉が一人おり、名をクローディアと言うらしい。

どちらも金髪碧眼の美女らしいのだが、俺にとってマリアベルは鼻垂れ小僧なので美女と言った感じではないな……

あの後、服に鼻水がべっとり付いてしまい落とすのが大変だったのだ。

ちなみに俺は指名手配中ということもあり、元の世界の服は仕舞い、今は冒険者用の一般的な革製の服を着込んでいる。

季節が夏なのでだいぶ暑い。




現在は俺とフェリスが御者席に座っている。

御者席の上にはフェリスが取り付けた屋根が付いており、雨や日差しからある程度守られている。

フェリス様様だ。

そんな事を考えていると、隣りに座っていたフェリスが俺に話しかけてきた。


「うまくやりおったものよのう」


マリアベルの事を言っているのだろう。


「べつに狙ってやった訳じゃない」


あの時の俺は頭の中が真っ白だった、狙って良い事を言おうとしたところで途中でトチるに決まっている。

俺は自分とマリアベルの姿を重ね合わせ、思ったまま、口に出るまま話していただけだ。

ただあのままだと、マリアベルはこのまま腐ってしまうと思った。

そうなってしまっては理不尽の思うがままだ、俺はそれが許せなかった。


「狙ってやっていないとなると相当なやり手であるの、主はもっと奥手であったと思ったのだが」


「だとしたらフェリスのおかげだよ」


「ふむ?」


何かあったかのうと首をかしげるフェリス。


「ほらあの夜の川岸で……あの時は俺の欲しい言葉をそのまま言ってくれて、俺は救われた気がしたんだ

だからあの時も、マリアベルが前を向くには、きっと前を向くための理由が必要なんだと思って……そこから先はもう無我夢中さ」


「ふむふむ、妾は妻の鑑であるのう」


「ああ、本当にそうだな」


何気なく返しただけだったが、それきりフェリスは黙ってしまう。

どうしたんだとフェリスを覗き込んでみると、その顔がゆでダコのように真っ赤になっていた。


「何だ、どうしたんだフェリス」


声をかけるとフェリスはしばらくうつむいた後に、俺の脇腹を小突き出した。


「お主はなんでそう、いつもいつも、妾をぞんざいに扱っているかと思えば、不意打ちばかりしおって」


「いて、おい、狭いんだから暴れるなよ」


「うるさいこのスケコマシが」


スケコマシとは随分持ち上げられたものだ、俺に女をどうこうするスキルがある訳無いだろ。

どうこうしたくたって、キモイとか言われて逃げられるのがオチだ。


相変わらず脇腹をぽこぽこ殴ってくる。

そういえば最近フェリスをかまってやれなかったな、もしかして拗ねてるのか。

そう考えた俺はフェリスを抱きかかえて膝の上に座らせ、後ろから抱えるようにして頭をなでなでする。


「な、ななっ!」


フェリスの髪の匂いを嗅いでみる、いい匂いがしてくる。

風呂になんて入ってないし水浴びすら最近はろくにしていないはずなのに、よく手入れされていた。


「いい匂いだ、いつ手入れしてるんだ?」


「ま、魔法でじゃ、魔法で水を作ってちょっとずつ流しておる……その、このような時に臭くては主に申し訳……なかろう!」


なんだかしどろもどろになりながら答えている。

魔法か、便利だな魔法、そういえば俺の中にあるマナを何とか俺が使えないかと、フェリスに魔法の訓練をしてもらった事があるのだが

結果は惨敗、俺に魔法のセンスは一欠片も無かったらしい。

まず体内に巡るマナを感じるという時点で意味が分からん、マナなんて全く感じない。

魔法なんて無い世界の生まれなんだから仕方ないけどな。


そんな事を考えながらフェリスの頭をぽんぽんしていると、馬車が石に乗り上げたのか、小さく揺れた。

俺はフェリスを落とさないように腰に回した手に力を入れる。


「ひゃあああああ」


フェリスが小さい悲鳴を上げる、なんだ?


「ど、どこを触っておる!」


どこ? と腰に回したての感触を確かめると、俺の右手はフェリスのかわいいお腹をぷにぷにしていた。


「腹だな」


「や、やめぬか馬鹿者!」


フェリスの体は柔らかくていい気持ちだ、この体のどこからあれだけのパワーが出るのか分からないが

そのギャップもあって、このぷにぷに感がとても得難いものであるかのように感じられる。


「いいじゃないか、妻の体を触ってなにが悪いんだ」


「うぇ? そ、それは……」


しばらくぷにぷにしていたが今度はその手を少し上に持っていく。

みぞおちの少し上のあたり、心臓の位置に手を伸ばすとぷにぷにの肉の中にポコポコと段になったあばらの感覚が手に伝わってくる。


「ふ、ふぇ、ひ、ひゃぁああ」


フェリスは変な声を出して体をくねくねしている、いいや今日は逃さぬよ。


「こらじっとしてろ」


「ふぇあ、あるじよ、なにを、なにをしておるのじゃ」


「あばらあるだろ、この感触が好きなんだよ、フェリスのあばらは良い手触りだな」


「ふぇ、ふぇえええ?」


「前にも言っただろ」


洞窟の中でフェリスの裸を見た時に素晴らしさを説明しろと言われたので事細かに説明したはずだ。


「あ、あれは冗談ではなかったのか!?」


「そんな訳無いだろ、あんなタイミングで冗談が飛ばせる程器用じゃないから」


「へ、変態じゃああああああああああ、主はへ、変態であったのか!?」


「何を今更、ぷにぷにあばらが好きなんて普通だろ、普通」


「普通ではないわあああああああ!」


その後しばらく、本気で抵抗しないのを良いことにフェリスのぷにあばらを楽しんだ。

フェリスを開放する頃には、ぐったりしてもうどうにでもしてくれとばかりに俺に体を預けていた。


「フェリスも悪いんだぞ、事あるごとに妻だの良人だの言うんだからな、そりゃ調子に乗ることもあるさ」


「……うぅ」


「変態が嫌なら解消してもいいんだぞ」


フェリスは俺からぷいっと顔を逸す。


「……お主はどこまで本気なのじゃ、どう思っておるのじゃ」


「どうって何が?」


「妾が妻を名乗ったのは成り行きであった、初めはちょっとしたお遊びのつもりだったのじゃ、だが今では悪くない……と思うておる

お主は……どうなのじゃ」


フェリスはまたしても俺が聞きたかった言葉を俺にくれた。

本当だったら俺から言わなくてはいけない事なのだろうに、万一を恐れ、いつでも冗談でしたと言える環境を作らないと進めない

ああ、俺は本当に卑怯で臆病な男だよ。


「俺も悪くないと思っているよ」


「では……これで正式に夫婦であるな?」


「……ああ」


俺はフェリスとしばらく見つめ合う。

呆気ないやり取りではあったが、フェリスが正式に俺のモノになった、そんな達成感、安心感といったものがじわじわと胸に溢れてくる。

するとフェリスはにやりと笑みを浮かべた。


「主よ、今回は妾が折れておいたからの、次は主が良人らしいところを見せておくれ」


心臓を鷲掴みにされたような感覚があった。

分かっていたのだ、フェリスは全て分かっていて、それでも自分から踏み出してくれたという事だ。

俺の弱くて卑怯な、どうしようもない部分を見抜いてなお、それで良いと言ってくれた。


「……ありがとう」


「よい、良人を立てるのが妻の務めというものであるからな」


胸からこみ上げてくるものがあったが、さすがにここで盛大にやらかすのはためらわれる。

俺は必死にこみ上げるものを押さえ、フェリスを抱きしめた。

フェリスも俺の背中に手を回し、なだめようとしたその時、フェリスは弾かれたように俺の腕を離れ、馬車の進む前方に目を凝らした。

俺もつられて前方を見る、遠くからこちらに歩いてくる2つの人影が見えた。




「まずいのう」


そう呟くフェリスの顔は、これまでに見たことのない緊張した面持ちだった。


「ヒヒィン」


黒王も何か感じ取ったのか、大きく身震いをして速度を落とす。

前方の人影のせいだろうか。

その人影は恐らく一キロメートルほど先の位置におり、特に何をするでもなくこちらに歩いてきている。

見た感じはただの旅人のように見えるが……


「さて主よ、さっそく男を見せてもらう時が来たやもしれぬぞ……ゼピオ殿、御者役を変わってくれぬか」


「それは宜しいですが、何かありましたかな」


「この先から二人組が歩いてくる、決して目を合わせず、動揺せず通り過ぎてくれれば良い」


「かしこまりました」


「主もであるぞ」


フェリスは俺にも念を押した、何だって言うんだ?

後ろを振り返るとユミナが膝を抱えて震えている、その様子を見たマリアベルが何事かとユミナを励ましていた。


「ユミナよ、気配を消すのじゃ、マリアベル殿も落ち着いて、決して音を立てぬようにの」


フェリスの鬼気迫る様子に頷くマリアベル、ユミナもなんとか震えを耐えて意識を集中しようとしている。


「まあ、無駄であろうと思うがのう……」


フェリスがそんな事を呟き、気配を消すために集中を行い初めた頃、二人の人影はその姿がはっきり確認できる距離まで近づいていた。


それは異様な姿だった。

一言で言えば鎧武者の少年と和服の美女。

少年はオールバックにした髪の毛を後ろで結わえ、短いポニーテールを作っている。

着ているものは日本の戦国武将を連想させる紫色を基調とした鎧……を簡略化したものといえばいいだろうか。

腰には日本刀のような二本の剣を差している。

顔立ちは幼く、身長は俺と同じくらいに見える、見たままで言えば一四、五歳と言ったところだ。


次にその少年の三歩後ろを歩く和服姿の美女

肌の色は白く、白い長い髪を膝の辺りまで伸ばしている、遠目にもそうそう見る事のできない端正な顔立ちである事がわかる。

身長は女性としては高く、目測で一七〇センチ程度はありそうだ。

着ているものは薄紅色の和服、桜のような梅のような花の柄が描かれており、こちらの世界に来てからはまず見たことのない服装だ。

そして何よりも最も目を引くのが、頭の上から飛び出た二つの耳と時折後ろで揺れる太い尻尾のようなものだった。

その耳は猫や狐を連想させ、尻尾はどちらかと言うと狐のような形をしている、俗に言う獣娘だ。


どちらもこのロシュフォーン内ではかなり異端な姿をしていた。

フェリスから見るなと言われていたので、相手の目を見ないよう注意しながら目線を前に戻す。

隣りにいるゼピオも若干緊張した面持ちだ。


二人との距離が縮まる、目の端で確認すると、既に五〇メートル先にまで迫っている。

俺達は今の速度を維持したまま、二人組とすれ違った。


「ん、懐かしい気配がするのう!」


まさにガキ大将と言った感じの少し高いダミ声が響いた。

俺達はそれを無視し、馬車を進める。


「そこの馬車、待たれよ!」


次の声が響き渡ると、黒王は短く一鳴きして歩みを止めた。

停止の指示なんてしていない、何かされたのか? そう思って黒王の周りを見てみるが、特に何かされた様子はない。

そうしていると先程の鎧武者の少年が御者席の隣に来た。


「旅の者! どこへ行く!」


いちいち語尾を強くする独特の言い回し、ますますガキ大将といった言葉が似つかわしくなる。


「はい、行商の帰りでフィガロまで行くところです」


ゼピオが見事に動揺を隠し、当たり障りのない内容を返した、しかし次の言葉で場が固まる。


「死体を五つも抱えてか? 何を売っておるのやらだな!」


何故知っている!? 俺はどうしたら良いか分からず、心臓はバクバク言っている。


「ご冗談を……」


「冗談ではないわ! そこに魔族がおろう、顔を見せよ!」


「魔族?」


ゼピオが訝しげな顔をする、まずい、というか何でこいつその事を知っているんだ。

馬車の荷台は幌で完全に隠れているはずなのに……


「おいあんた、言いがかりはやめてくれよ」


なんとかしなくてはという一心で因縁を付けられた商人という立場を堅持しようとする。

鎧武者の少年は俺をじっと眺めると、なんじゃ? といった顔をした。


「なんじゃお主は、不思議な人間だな、底が読めぬわ……よし、お主ワシと打ち合え!」


は?

なんて言ったんだこいつ?


思わず鎧武者の後ろに立っている美女に目をやると、あちゃーと言った感じで端正な顔に困った表情を浮かべていた。


「試合じゃ試合、お主、ワシと試合をせい」


「え、何で、俺一般人なんだけど……」


「そんなもの関係あるか」


「いやだって俺武器とか持ってないし」


そこまで言うと、後ろにいた美女が、あああといった表情を作る。

あれ、俺なんかまずい事言ったか?


「武器か! 良いぞ! ベンケイ! こやつに武器を見繕ってやれ!」


ベンケイ? あの美人がベンケイ?

しかも何でベンケイ? ベンケイって確か……


「若、その御方は戦いなどされたことは無いと思いますよ」


顔によく合った、透き通るようなきれいな声でベンケイと呼ばれた美女が口を挟む。

そうだ、俺は戦った事なんて……一回しか無いぞ!


「一度はあると顔に書いてあるわ!」


何故わかった!?


「なんでも良い、はようせんか! ワシは素手でも構わんのだぞ!」


鎧武者はもう待てない! と言った感じでソワソワと腰の剣に手をやっている

何なんだこのバトルジャンキーは、薬キメてラリってんのか!?


「待て」


もう何が何やら……そう思っていると馬車からフェリスの声が聞こえた。

もそもそと幌をめくってフェリスが出てくる。


「妾に用があるのであろう、何用であるか」


鎧武者は嬉しそうな顔をしてフェリスの方に向き直る。


「お主、名は!?」


「フェリス・アルカードじゃ」


「ほほう! 噂に聞いた鮮血の女公か! 死んだものと思っておったぞ、会うのは初めてであるな!」


「妾に名乗らせて終わりか?」


「おお、これは済まぬな! ワシの名はクロウ、クロウ・ヨシツネじゃ」


チッとフェリスが顔を歪め小さく舌打ちする。

こんなに余裕のないフェリスは初めて見る。


しかしクロウ……ヨシツネ? 源義経の事か??

するとあの美女は武蔵坊弁慶? いやいやいやいやいやいや


「牛若丸ごっこか?」


思わず俺がそう突っ込むと、鎧武者……クロウは目を輝かせてこちらに向き直った。


「お主! お主も義経伝を知っておるのか!?」


こいつの言う義経伝が何を指すのか分からない、伝って言うくらいだから物語的なものか?

義経関係で一番有名な物語は平家物語だろうが俺は読んだことないしな……

いやそれよりも、何で俺の世界の人物がこっちに出てくるんだ?


「いや、そういうタイトルの本は知らないな、ただ源義経という人物が武蔵坊弁慶と共に旅をする物語はある程度知ってる」


「それこそ義経伝ではないか! おおお、こんなところで同好の士に出会えるとは思うておらんかったぞ!」


いや別に俺は義経ファンじゃねえよ。

なんだかおかしな話になってきたが、しかし気になる話題であることには違いない、少し探りを入れてみるか。


フェリスはそのやり取りをみてポカンとしている。

まさに鳩が豆鉄砲を食ったような顔というやつだ。


「お前の言う義経伝についてだが……」


「いやまて、せっかくの同好の士の出会いだ、まずはお互いに名乗ろうではないか!」


お前今名乗っただろうが……めんどくさい奴だな。

しかしまあ余計な事を言ってヘソを曲げられても困る。


「分かった、俺の名はノア・シドーだ」


「ワシはクロウ・ヨシツネじゃ、義経の生き様を手本とし、こうして武者修行に明け暮れておる!

名は敬愛する義経から取ったものじゃ、リスペクトというやつであるな!」


「よし分かった、ではクロウ……」


「いや待て! ここは初めて出会う同好の士同士、まずは腕比べと参ろうではないか!」


クロウは俺の話を遮って、またまたとんでもないことを言い出す。

は? なぜそうなる?


「ベンケイ! ノアに武器を見繕ってやれい!」


「若、ノア殿はお困りのご様子ですが……」


後ろに控えていた女性、ベンケイは困った様子でクロウに注意を促す。

しかしクロウは全く考えを正す様子もない。

何だこの壊滅的な聞き分けの悪さは、こいつは一体何者なんだ……。


「こやつは魔族の頂点、一〇人いるデーモンロードの内の一人じゃ」


フェリスが俺の前に立ち、クロウを睨みつける。


「強者を求め日々放浪し、手合わせして生き残った者には己の持つ魔剣を授ける、そのような道楽をもう何百年も続けているうつけ者よ」


「ほう、言うではないかシャルルの娘よ」


クロウの言葉にフェリスが歯を噛みしめる。

シャルルって誰だ?


「貴様に我が良人を傷つけさせる訳には行かぬ、貴様の相手は妾がしてやろうぞ」


フェリスの目が赤く輝き、両手の爪が鋭く伸びる。

その言葉にクロウはこれ以上無い歓喜の笑みを張り付けた。


「良いぞシャルルの娘! その試合い、受けて立つ!」




勝負は一瞬だった、いや俺から見れば一瞬に見えた。


フェリスによって俺は後方に押し飛ばされ。

続いて土煙だけを残してフェリスの姿が掻き消える、クロウは剣、いや日本刀に似た刀を抜き、正眼の構えを取った。

一度、二度、三度、何かがぶつかる甲高い音が聞こえる。

クロウの剣が振るわれる、ただしどこにどう振ったのか分からない、一瞬剣先が消え、まばたきする間に再び元の位置に戻っていた。

何かが宙に舞い、そして落ちる……それはフェリスの右腕だった。


「ぐううううううう」


フェリスが移動をやめ、クロウと対峙する。

右腕は無く、斬られた口から血がボタボタと地面に落ちているのが見える。


「スジは良いが、まだ幼いな!」


クロウがフェリスを挑発する。

フェリスは短くつぶやき、自身に何か魔法をかけているようだ。

直後、輝く刃がいくつもクロウに襲いかかる。

同時にフェリスは地を蹴って消えた。


クロウは正眼の構えを解かず、それでいいのかと思うほどゆっくりと体をさばく

しかしそれだけで殺到する光の刃は全て後方に受け流されていた。

直後にクロウの剣が閃く。


「だめだ!」


俺は思わず叫んだ。

再び何かが宙を舞う、それは予想したとおり、フェリスの左腕だった。


両腕を失ったフェリスは、愕然とした表情で両膝を付き、倒れる体を支えようとして支えられずにそのまま地面に倒れ伏した。


「姉様!」


その直後に馬車からものすごいスピードでクロウに向かい何かが飛び出す。

ユミナであった。

クロウは全く慌てず、構えを維持する。


「ユミナやめろ!」


咄嗟に叫んだが遅かった。

ユミナの拳がクロウに到達する前にユミナの右腕と右足は斬られ、体から離れる。

ユミナはそのままバランスを崩し転倒した。


戦闘開始からここまで一分もかかっていない。

クロウは息一つ切れておらず静かに正眼の構えを保っている、攻撃は僅かに三度刀を振ったのみ、立ち位置は戦闘開始から殆ど変わっていない。

たったそれだけで、あれだけ強大な戦闘能力を誇っていたフェリスとユミナは戦闘不能となってしまった。


予想外の展開の速さと予想外の結果に、俺の頭は混乱していた。

一刻も早くフェリスとユミナの手当をしなければならないが、どうやってこの状況を切り抜けようか

そんな事を考えているのだが全く考えがまとまらない。



「やめなさいよ!」



俺の頭がパンク寸前でオロオロしていると、高い声が響き渡った。

見ると馬車からマリアベルが降り、死亡した兵士が持っていたであろう鉄の剣を構え、クロウを睨みつけている。


「魔族だか何だか知らないけど、私達はフィガロに帰ってるだけなんだから邪魔しないでよ!

私のお友達を傷つけたら許さないから!」


そう言って決意に満ちた表情でクロウに迫っていく。


「姫様!いけません!」


ゼピオが御者台から叫ぶ、駆け寄りたいのだろうが足が震えて動けないようだ。


「許さないから! ……許さないから!」


うわ言のように繰り返し、マリアベルはじりじりとクロウへの距離を詰めている。


「娘よ! 剣を持ちワシに向かうようであれば、素人と言え容赦はせんぞ!」


「うるさい! あんたこそ何よ! いきなり出てきて、訳わかんないこと言って、お友達をいじめて!

さっさとどっか行っちゃいなさいよ!」


クロウは不敵な笑みを浮かべながら正眼の構えを維持している。

その後ろでベンケイが頭の痛そうな表情をしていた。


「娘! そこからは我が間合いじゃ! 命の保証はせぬぞ!」


「うるさい! どっかいけ!」


マリアベルはそのまま前進しようとする。

その時になってようやく俺は目の前で起きている事を把握した。

夢中でマリアベルに飛び込み、その腕を掴む。

マリアベルは突然横から出てきた手に驚いたが、それが俺だと分かると激しく怒りだした。


「邪魔しないでよ!」


「馬鹿野郎、このまま行っても斬られるだけだ、相手は魔族のトップだぞ、冗談は通じない」


「うるさい、何もしてないくせに偉そうに言わないでよ!」


……そうだ、俺は何もしていない。

フェリスとユミナを傷つけられたのに、大切な人を傷つけられたのに、一番しなくちゃいけない事すら頭から抜けていた。

俺達が護衛しているはずだったマリアベルがここまで腹を決めてるのに、俺が迷っていてどうする。

マリアベルを掴む手に力が入る。


「俺がやる」


俺はマリアベルから剣を取り上げ、後ろに下げる。

マリアベルは特に何も言うこと無く従った。

俺はクロウに向き直り剣を構える、思ったよりもずっと重く、クロウの見よう見まねで正眼の構えを取るが、剣の重さで腕がブレる。


「クロウ、望み通り俺が相手をしてやる、だが勝っても負けても皆は見逃せ」


当然通るはずのないであろう要求を念のため伝える。

しかし意外にもクロウは不敵に笑い、正眼の構えを解いた。


「ふん、誰も殺すとは言うておらぬ、貴様ら早とちりが過ぎるわ!」


全くこちらの話を聞かない自分の事は棚に上げ、心外だとばかりに吐き捨てベンケイを呼ぶ。


「そのような剣ではワシの刀を受けることすらできぬ、ベンケイ、今度こそノアに剣を選んでやれい」


ベンケイがはいはいとばかりに俺の隣に小走りで近寄ってくる。

近くで見ると本当にきれいな人だ、獣人族だろうか、初めて見る。

ベンケイは俺の耳に口を寄せる、俺のほうが背が低いので、ベンケイが屈むような形になっている。


「申し訳ございませんねノア殿、うちの若は言い出したら聞かないもので……正直困っているんですよ」


やれやれと言った様子で俺のおでこに手を当てる


「ちょっと失礼致しますね」


そのまま一〇秒ほど経過する、何をしてるんだろう」

しばらくしてベンケイが手を放すと、ほほーと関心したような顔をする。


「あらま、これはえろう珍しいお方ですねえ、はいはい、これは選び甲斐がありますよ」


「あの、俺、剣とか握ったこと無いんですけど……さっき鉄の剣持ったら重くて振れるか疑問だったし」


情けない話だとは思うが、ごつい大剣など渡されても困るので事前に注意を促しておく。


「わかっておりますよ、ええとですね……」


ベンケイは着物の袖に手を入れ、何かゴソゴソやっている。

しばらくすると一本の青いショートソードを取り出した。

四次元ポケットか?


取り出した剣は、刃の部分が五〇センチ程度の大きさで、取り回しがしやすそうに見える。

全体的にサファイアのように深みのある美しい青色をしており、柄には細かな模様が刻まれてる。

刃は直刀の片刃でつばは付いていない、柄の部分に彫刻が施してある長ドスといった感じだ。


「これは魂喰いと申しましてな、物騒な名前ですがそれほど危険なモノではありません、ノア殿にはピッタリの剣だと思いますよ」


俺はベンケイから魂喰いを受け取った、大きさの割に重さは殆ど感じない、果物ナイフ程度の重量感だ。

鞘もどうぞとベンケイから受け取る。

俺はベンケイに礼を言うと、クロウと戦うために振り返る。


「ノア殿、心の声に耳を傾けておくんなさいまし」


振り返った俺の耳元で、ベンケイが何やら囁く。

心の声って何だ?



剣を受け取った俺はクロウと対峙した。

フェリスとユミナは馬車の近くに移動され、マリアベルが必死に離れた手足をもう一度付けて上から包帯を巻いているのが見える。


「あの二人であれば死ぬことは無いであろう、それよりも良い剣を受け取ったようじゃな、ベンケイの武具の見立ては確かであるので楽しみであるぞ!」


何となく喋り方がフェリスに似てる。

こんな時だと言うのに、そんなどうでもいいことに気がついておかしくなった。


「余裕じゃな、さあ、構えよ!」


クロウが刀を抜き、正眼の構えを取る。

この男、戦いとなれば一切の手を抜かない事は先程の戦いからも分かる。

勝機など針の先ほどすら無い、どうしようか。


魂喰いを抜いて構える、剣などまともに持ったことも無いのに、何故か手に馴染んでいるような感覚があった。


「心の声に耳を……」


どうやるかなんて分からない、ただ魂喰いを持ち、正面に構え、そしてじっと前を見つめる。

極度の緊張の中、魂喰いを持っている手の感覚がだんだんあやふやになってくる。

いつまでもこうしてはいられない、攻撃はすぐに来るんだ。


(光に剣を合わせて)


誰かに囁かれたような気がした。

自分の心臓の音がやたらと大きく聞こえる。

俺は一瞬でもクロウの動きを見逃すまいと、クロウの刀を持つ手に視線を落とす。


白い光が見える。

その光はクロウの手元から流れてきて、俺の右腕に吸い込まれていく。

光に剣を

今さっき聞いたような気がした何かを思い出し、反射的にその光の上に剣を振った。


キィン


小気味の良い音が響き、金属と金属がぶつかりあう。

俺の振るった剣は、クロウの刀とぶつかり共に弾かれた。

俺は防御が成功した喜びよりも先に、クロウの剣撃のあまりの重さに背筋が凍った。

事前動作も何もない、ほんの軽い一振りに見えたのに、刀を受けた俺の両手は痺れ、添えていた左手の手首は捻挫したかのようにジンジンと痛む。

武器を落とさなかったのが奇跡みたいなものだ。


対するクロウの顔は驚愕に塗られていた。

だがすぐに気を取り直し、再び刀を構える。

再度白い光が俺に向かって伸びてくる、今度は三本だ。

俺は必死に、剣を両手で支えながらリズムゲームの要領で三つの光に次々と剣を合わせた。


キィン カィン キィン


甲高い音が鳴り響き、今回も三打全てを防ぐことができた。

がしかし、クロウが放ったのは軽い斬撃であるが俺にとっては強烈な打撃でもある、俺は剣を落とすまいと必死に衝撃に耐えていた。

結果、クロウの攻撃を三打防いだ俺の手は手首の関節が赤く腫れ上がり、落とすまいと柄を握る手は白く変色し、硬直していた。

次は攻撃に合わせられたとしてももう受けきれない、そう思ったその時だった。


「面白い! 面白いぞノアよ!」


クロウが構えを解き、刀を鞘に戻す。


「お主は剣は初めてだったはずだ! まあ腕の一本でも軽く斬り付けて脅してやろうと思ったのだが、これは何だ!

お主は何を見たのだ!? およそ剣を初めて持つ者の動きではなかったぞ、筋力はお粗末であったが、そのギャップがまた謎めいておって良いな!」


クロウは何やら一人で盛り上がっている。

俺が剣を四度も受けたのが余程意外だったらしい、まあ俺も出来るなんて思ってもいなかったけど。


「ノアよ、お主いま幾つじゃ?」


クロウが何か聞いてる、幾つ?ああ、年齢か。


「三二歳だ」


「三二歳か、であればあと三度は行き会うであろうな!どうじゃベンケイ!」


「はい、そうですね、この付近だけを巡るのであれば、五年に一度程度は行き会うのではないでしょうかね」


「であるならばあと六度程度は打ち合えるということだな、重畳である!」


クロウが何を言っているのか分からない。

なんだあと六回って、まさかどこかですれ違う度にこれをやるつもりなのか?

助けを求めるようにベンケイを見ると、ベンケイは諦めて下さいとばかりに首を振った。

間違いない、そのまさかだ!


「そこの肝の座った娘にも、はよう行けと言われてしまったからな、名残惜しいが今回はここまでとしよう

そうじゃベンケイ! その肝の座った娘にも武器を見繕ってやれい!」


「え……若様、よろしいのです?」


「良い! 娘の侠気に対する褒美よ、王族であれば使うこともあるであろう!」


クロウはマリアベルが王族だという事を見抜いていたようだ。

まあさっきゼピオが思いっきり姫様とか叫んでたしな。

ふくれっ面のマリアベルの所にベンケイが行って、何やらゴソゴソやっている、また四次元ポケットから何か出すのか……


「ノアよ! その剣は授ける、好きに使うが良いわ! 次に出会う時を楽しみにしておるぞ!

シャルルの娘とその僕よ、次までにはもう少し腕を磨いておくが良いぞ!」


こうして、終始ハイテンションだったデーモンロード、クロウ・ヨシツネは様々な謎をそのままに、現れた時と同じように、何事もなかったかのようにロシュフォーン街道を進んでいった。

俺達の姿が見えなくなるまで、ベンケイは済まなそうに何度も何度も振り返ってはお辞儀をしていた。


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