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第十五話 ならず者達の挽歌

こうもりズの活躍で、翌日の昼前には村人全員を埋葬できる穴が作られ

綺麗に整えられた村人の遺体が並べられた。


俺は世話になった村人達に最期の別れを告げると、フェリスが魔法で遺体に火を放ち

村人達はやがて白い煙となって天へ昇っていった。

ユミナは何も言わずにずっと立ち上る白い煙を見つめていた。


数時間後、灰となった村人達を埋める作業を始めると、ユミナも自分から作業の手伝いを言い出し

俺達は皆で村人の遺灰を埋めていった。

その間、誰も、一言も言葉は発しなかった。




「ようやく終わったな」


村人を埋葬した場所に簡単な墓碑を立て、簡単な文言を彫り込み

俺式の弔いが完了した頃、辺りは夕刻になっていた。


まだ全てに納得がいったわけではない、悲しみはまだ癒えたとはとても言えないし

こんな事をした連中に対する憎しみも多分にある。

しかし一日中体を動かし埋葬を完了した事で、ある種の達成感のようなものを得、悲しみを耐えることが出来る落ち着きを取り戻していた。

以前は葬式などは時間と金の無駄以外の何物でもないと考えていたのだが

いざ自分が当事者となると、また見方が違ってくるものだと言う事を実感していた。


全てが終わり、一息ついたところで俺は猛烈な空腹感を思い出す。

思えば丸一日以上何も食べていなかったのだ。

悲しくとも腹は減る、どうしたものかと考えていると、こうもりズが近くの小川から魚を取ってきてくれた。

何とも気の利く使い魔だ。


夕刻のコリーン村で、火を囲み、魚を焼いて食べる。

荒らされた家に塩が残っていたので、今日の魚には味がついていた。

フェリスとユミナは必ずしも食べる必要はないのだが、二人共魚を一匹取ってもくもくと食べている。

俺は特に腹が減っていたので、三匹分も食べてしまった。


「それだけ食べることができるのであれば、もう大丈夫であるのう」


「ああ、色々済まなかったフェリス、お陰で持ち直した」


「内助の功というやつであるの、後で存分に褒めておくれ」


フェリスはいつものように余裕を見せてはいたが、明らかにほっとした様子で俺に笑いかけた。

まああれだけ醜態を晒せば、心配されても仕方がないと言うことだ。


ところで俺には一つの懸念があった。

コトナの遺体がどこにも見当たらなかったのだ。

こうもりズに頼んで村の周囲をかなり広範囲に渡って調べてもらったが、新しい遺体は見つからなかった。

そもそも村をこんなふうにしたのはどこのどいつなのだろうか。


「ユミナは何か覚えているか?」


「いいえ、その時のことは何も……」


ユミナは申し訳なさそうにうつむく。

ユミナの中に記憶として残っているのは、俺と別れた辺りまでの事らしい。

しかも全て覚えているわけではなく、断片的に俺に関しての記憶が中心に残っているような状態のようだ。


「ユミナのそれは後で調べるとして、この惨状は、例のガドラスが言っておったおかしな連中……

要するに、国境近くに巣食う盗賊共の仕業と考えるのが妥当であると思うぞ」


俺が以前襲われた盗賊も、人を殺す事なんて何とも思っていないような雰囲気があった。

殺された村人の扱いを見てもそれは明白だろう、およそ正常な人間が行えるような事ではなかった。


「昔の戦争時に、こういった村や町は見たことがあるのう、最終的には住民が皆殺しにされ酷い有様であった」


「しかし今はそれに比べたら平和な時代なんだろ?」


「そのように見えるが、平和な時代でもやはりこういったことはままあるものよ

しかし、いきなり皆殺しというのは確かに妙であるな、こういうのはまずは生かさず殺さず金品を搾り取るというのが基本であると思うのだが」


平和な時代は防衛戦力が少なくなっているので、末端の村々がはぐれ者達に襲われる。

戦争中は所構わず襲われるが、やはり末端の村々は防衛対象外となりやすいのでよく襲われるそうだ。

頻度が違うくらいで、末端の村々はいつの時代も安全性に問題を抱えて生活しているらしい。


では何故そんなところに村を作るのかとなるのだが、話は簡単で

村が成立する立地というのは限られているうえ、この世界の一般人は、どこがどう危険だという情報を殆ど持っていない。

情報が拡散しにくいのだ。


それでいて、新たな土地を欲しがる人間はいくらでもいる。

そんな人間にとって、かつて村があった土地というのは、人間が生活できる土壌を兼ね揃えている土地ということになり

土地が欲しい人間にとって見れば宝の山に見える。

結果、いつ来るか分からないリスクを考えるよりも、確実に村として成立する土地、つまり近視的な実利を取ってしまうのだ。


思い返してみればコリーン村は比較的若い人間が多かったように思える。

村長のノトスが四〇代だったのだ、そう考えると、コリーン村は比較的新しい村だったのではないだろうか。


「あとは領主が盗賊と繋がっておるケースなどもあるのう」


「そこまで来るともう何でもアリだな」


「力の無い者から食われていく構図は今も昔も変わらぬからのう、だが他人事ではないぞ、今回の件も怪しいものじゃ」


「領主が噛んでるってのか?」


「妾達は先日、ポロニアの町で騒ぎを起こしたな、まんまと逃げられた訳じゃが……妾達が次にどこへ行くかなど少し調べれば見当がつくであろう?

ここからポロニアは急げば一日かからぬ、なのに何故、未だに何の追手も来ぬのじゃ」


「領主や守備隊が無能だったとか、ガドラスがうまくやってくれてるとか?」


「それでも偵察兵すら来ぬのはおかしいな、今日は半日以上煙を上げておったのだ、遠くからでもよう見えたはずであるぞ」


そう言われるとなんだか全てが仕組まれた事のように思えてくる。


「もしそうであれば、間もなく掃除屋が来るのであろう、どうする? 主よ」


掃除屋……つまりこの村を襲った賊が様子を見に来るという事だろう。

そんなの決まっている、コリーン村の人々のかたきを討つ、それ以外に選ぶ道はない。

しかしそれには大きな問題があった。


「フェリス」


「はい」


俺は力を持っていない、俺が剣を振ったところで誰の敵を取ることはできないだろう。

だから、俺はこうするしか無いのだ。

フェリスもそれが分かってるのか、しおらしい感じで俺の次の言葉を待っている。


「力を貸してくれ」


「ご随意に、主よ」


男としては甚だ情けないが、今の俺にはつまらない意地を張り通す余裕など無い。

フェリスの力を借り、フェリスに戦ってもらう以外にないのだ。

俺の言葉にフェリスは静かに微笑み、思いのままにと自分を身を差し出してくれた。


「ユミナよ、お主にも戦い方を教えねばならぬのう」


「はい、ご主人様、よろしくお願いします」


「ユミナを戦わせるのか?」


ユミナは戦闘なんてできる娘じゃない、そう思っていたのだが……


「何を言うておる、今のユミナは仮にも妾の眷属じゃ、そこらの人間の戦士など相手にならぬ力を持っておる。

じゃが、やはり戦いは優雅に行ってこそじゃ、獣のような戦い方をされては妾の名が泣くと言うものよ」


何やらフェリスは戦闘に関してはこだわりがあるようだ。

しかしユミナ……大丈夫なんだろうな。


「ユミナ、本当に大丈夫なのか?」


「はいご主人様、たくさんやっつけちゃいますから、安心して下さい」


「よしよしユミナよ、では戦いの前にマナの補給方法を教えておくとするかの」


「はいご主人様」


「ふむ、呼び名が同じでは不便であるの、妾の事はフェリスと呼ぶが良い」


「はい、フェリス様」


「よしよし、良い娘じゃ」


フェリスはユミナの頭をよしよししている、ユミナは気持ち良い時の猫のような顔をしてよしよしされていた。

……なんだか、背丈があまり変わらないせいか、子供の姉妹に見えるな。


「なんだかフェリスはユミナの姉みたいだな」


何の気なしに発した言葉がだったが、フェリスは大げさに反応した。


「わ、妾が姉じゃと!?」


「……いや、別にどっちがどうでも違和感は無いが」


背丈は同じくらいなので、どちらが姉でも違和感はない。

フェリスの見た目がゴージャスなので、どちらかと言えばフェリスが姉なのか?


「妾が姉……姉……」


フェリスの中では自分が姉である事に疑いの余地はないらしい。


「よし、分かった! ユミナよ、妾のことは姉と呼ぶが良いぞ」


「はい、フェリス姉様」


「おお、良い娘であるな!」


何が分かったなのか分からなかったが、とりあえずユミナはフェリスを姉と呼ぶことになったようだ。

フェリスの機嫌がものすごく良くなってる、そんなにお姉ちゃんに憧れていたのだろうか……


「フェリス……お前……」


「よ、良いではないか、妾は一人っ子であったからのう、姉妹というものに憧れておったのだ」


「いや、いいけどさ」


ユミナも嫌がっている様子はないし、フェリスの機嫌が良くなるならまあ問題ないだろう……




日が完全に落ち、夜になった。

俺達は村長宅の中で休息を取ることにする。

村人が誰もいなくなったので部屋は使いたい放題だ、不謹慎ではあるが……

そしてノトスが使っていた部屋で、フェリスとユミナは今まさに本当の食事を取ろうとしているところだった。


「ほれユミナ、ここじゃ、ここを噛むのじゃ」


「はいフェリス姉様、かぷ」


ユミナが俺の首筋に唇を当て、小さな牙を少し食い込ませる。


「そうじゃ、最初はゆっくりとな、ゆっくり、ゆっくり入れていくのじゃ」


「ふぁぃ」


「焦るでないぞ、酔うてしまうからのう」


牙が食い込む、ちょっと痛いが、ユミナにされていると思えばそれほど苦ではない。

……なんだか段々M属性が開発されてきているような気がするが、気のせいだろう。


「よし、最初はこのくらいで良かろう、次は主の中の海を感じながら、ゆっくりと吸い出すが良い」


「ふぁぃ、ちうー」


おお、吸われてる、吸われてるぞ。


「ちうー」


「ユミナよ、いちいち喋らんで良い」


「ふぁい」


ユミナもヴァンパイアになったということで、吸血の仕方を俺を使って練習しているところだ。

正しい吸血の方法を覚えておかないと、誤って相手を殺してしまったり、一気に吸いすぎてマナ酔いをしてしまったりするらしい。

まだ初めてということで、最初は浅く牙を立てて、ゆっくりと吸う練習をしていた。


「フェリス姉様、マナいっぱいになりました」


「早いのう、さすがは主の血よ

よいかユミナよ、血を吸った後はこうやって傷を消すのがマナーであるぞ」


「はい、わかりました」


フェリスは首にさっと手を当て、魔法で傷を消していく。

吸血にもマナーがあるのか……


「どれ、妾も今日はだいぶ無理をしたのでな、少し補給させてもらうぞ」


そう言うとフェリスも俺の首筋に噛み付いた、もう慣れたもので全く苦痛は無く、むず痒くてちょっと気持ちいい。


「むぬ?」


少し早めにマナを吸収した後、すぐにフェリスは首から口を離す。

いつもは長く吸うのがお気に入りのはずなのだが……


「主よ、昨日話した主の中の光じゃが、小さいほうが消えておるのう」


「ん? どういう事だ?」


ふむ……とフェリスは考え込み、あれこれぶつぶつ呟きながら何やら考えている。

ユミナを見て、匂いを嗅ぎ、首に噛み付いて何かやっている。


「ふやあぁぁ、フェリス姉様なにするんですか」


「ひっぽひへほへ」


フェリスはユミナの首をしばらくはぐはぐした後、口を離した。


「まさかとは思うたが、主よ、お主の中にあったあの光……あれは魂の欠片のようであるな」


ん? どういう事だ?


「ユミナの遺体にはマナも魂も残っておらんかったのは確認しておる

にも関わらず、眷属となったユミナはある程度生前の記憶と特徴を受け継いでおった、これは通常ではあり得ないことじゃ。

それで気になって少し調べておったのだがのう、主よ、その体、まだまだ何か秘密がありそうであるぞ」


「つまりどういうことなんだ?」


「これは推測であるが、主の体には他人の魂を取り込んでおく力があるのだと思う。

状況からして消えていた小さな光は、ユミナの魂であったのだと考えるのが妥当であろう。

そうなるとあの大きな魂は誰のものであるのかのう……」


そこまで聞けば、この世界の仕組みに疎い俺でも想像は付いた。

フェリスの言うもう一つの魂、それは恐らくクラリスのものではないか。

何故大きかったり小さかったりするのかは不明だが、今の段階ではそれ以外に考えようがない。

それにクラリスは俺が自身を救うと言っていた、つまりそれは……ユミナと同じことをクラリスにも行なえということではないのか。


信じられないという気持ちと同時に、目の前の閉ざされていた大きな門が開いていく感覚がある。

クラリスがもう一度戻ってくる、その可能性に俺は心を震わせた。


「フェリス、俺は……」


フェリスにこの考えを伝えようとしたその時、フェリスとユミナは家の外に意識を向けた。


「しっ、主よ、その話は後で聞こうぞ、まずは客人のもてなしをせねばならぬ」


フェリスの目が赤く輝き、戦闘体勢に入ったことを告げる。

ユミナは俺を庇うように前に出た。同じくユミナの目も赤く輝いている。


耳を澄ますと、家の外で数人の人が歩いている気配を感じることができた。

そのまましばらく息を潜めていると、次第に声が聞こえてくる。


「生き残りがいるって本当ですかね」

「知らねえよ、だが頭が見てこいってんだから見てくるしかねえだろうがよ」

「いたらどうすんですか」

「そりゃ殺せ、その後この間、取りこそなったもん取って帰るぞ」

「女だといいなぁ」

「女だったら今頃その辺で震えてるだろうよ」

「この間の女はそこそこ上玉だったな」

「ちっこいのは死んじまったけどな、今いるのは姉か?」

「お前らが遊びすぎるからだ、生かしときゃ売れるレベルだったろあれ」

「いまいるのは殺さないようにしとかないとな」

「あいつら勝手に殺さなきゃいいがな……あれ、なんだ、誰か死体片付けたのか?」

「獣が食ったんじゃねーんですか?」

「まだ二、三日しか経ってねえだろ、こんな綺麗に無くなるかよ」

「おいお前ら、気をつけ……」


もう限界だった。

明らかに武装しているであろう相手で、襲撃のタイミングには万全を期する必要があると思ったが、これ以上連中の反吐が出る会話を聞くに耐えなかった。

会話の中には欲しい情報もあった、あまり喜べるものではないが。

そして、その情報から俺達は先を急ぐ必要が出てきたようだ。


「もう良い、行くぞユミナ」


俺の気持ちを察したのか、俺が立ち上がる直前にフェリスはユミナを連れて村長宅を飛び出した。


「二人残せ」


「はい」


フェリスとユミナは短いやり取りをすると、松明を掲げていた男達の集団に飛びかかった。

男達は今まさに、村人達の墓の上に差し掛かろうとしていたところだった。


「汚い足でその土を踏むでないぞ」


大した事前警告もなしにフェリスの爪が閃く。

一瞬で二人の首が刎ねられ、首を失った胴体は激しく痙攣しながら崩れ落ちた。

男達は全部で一〇人程度いるようだ。


次にユミナが一人の首を掴み、そのまま地面に叩きつけた。

男は首と頭が潰され、それきり動かなくなった。


「ひ、化物!」


三人やられたところでようやく敵の姿を発見した男達は、めいめいに武器を抜いてフェリスとユミナに斬りかかる。

しかし男達の動きとフェリス達の動きには絶望的な差があった。

男達が一つの行動を起こす間に、フェリスは三つの行動を終了させている、それでも全く全力という感じはしない。

俺が目で追える程度に手を抜いている状態だ。

一人が剣を振り終えて構えに戻るまでに、フェリスはさらに二人の男を葬っていた。


一人の男がフェリスに後ろから突きかかる、突きである辺りが手慣れている感があるが、その剣はフェリスに到達する前にユミナに阻まれた。

ユミナは男の腕を無造作にもぎ取り、血を口にする。

腕をもがれた男は一瞬呆然となり、すぐに襲ってきた激しい痛みに絶叫した。


「まっずーい」


続いて戦闘中とは思えない、気の抜けた声が響き渡る。


「ユミナ、遊ぶでない」


「ごめんなさい姉様、でも、ご主人様以外の血ってこんなにまずいんですね」


「主を知ってしまった後では仕方のない事じゃ」


何ともほのぼのした会話が聞こえてくる。

しかし男達は先程のユミナの血飲みを見て一気に恐慌状態に陥った。


「ヴァ、ヴァンパイア!?」


「馬鹿野郎、そんな化物がこんなところにいるかよ!」


「でも目が、あああ」


「やべえ、逃げろ!」


残った男は逃走を開始するが、後ろを向いた瞬間にフェリスとユミナが手刀で胸を貫いた。

フェリスはちらっと周囲を見渡す。


「残りは二名であるか、よい、戦闘は終了じゃ」


残った男は、最初に松明を持っていた二人だった。

一人は小便を漏らしてへたり込んでいる、もう一人はユミナに松明を向けながらへっぴり腰で後退していた。


圧倒的な強さだった、奇襲とは言え、一〇人を相手に戦闘開始から終了まで一分程度だ。

それもユミナとの連携を確認するためか、フェリスの動きはずいぶんと余裕のあるものだった。

ユミナも人間を片手で持ち上げたり、腕を無造作にもぎ取れる程のパワーとスピードを兼ね揃えていたうえ

さらにフェリスとの連携も悪くないように見えた。

生まれたばかりのヴァンパイアでさえこれ程の力があるのか……恐れられるわけだ。


フェリスは座り込んでいる男の前に立った。


「妾は元戦人なのでな、無駄な遊びはせぬ、一度だけ言うぞ、妾達を貴様らのねぐらへ案内せよ」


座り込んだ男はガクガク震えながら、もう一人の男をちらちら見ている。

その様子を見たフェリスは腕を一閃する、すると男の首が飛び、体はドサリと地面に倒れた。

フェリスはもう一人の男に向き直る。


「無駄な遊びはせぬと言った、貴様はどうじゃ」


「わ、わか……分かった! 連れていく! 連れて行くからやめてくれ!!」


最後に残った盗賊は崩れ落ちる仲間を横目で見ながら一も二もなく降伏した。


フェリスは俺の方を見て手招きしている。

一緒に来いという事か、上等だ、行ってやろうじゃないか。

最初から最後まで隠れて見ていただけだったという事実は頭の隅に押しやり

俺はフェリスの後について盗賊たちのアジトへと向かった。



――



遠くに明かりが見える。

盗賊のアジトと言えば洞窟だと思っていたのだが、目に入ったものはまるでキャラバン隊のような

馬車とテントで作られた集落だった。


俺はガドラスの言っていた、国境付近で悪事を働く盗賊の話を思い出した。

なるほど、危なくなったら財産を持って越境するために、このような移動しやすい形態なのだろう。


「ユミナよ、見えるかの?」


「はい、見えます」


フェリスはユミナに、敵の状況を確認するよう伝える。

その時、案内役として前を歩かせていた男が、懐から何かを出して口に咥えた。

プスーという音がする、これはもしや。


「犬笛か!」


俺が叫ぶと同時にフェリスは男の首をはねた。

そしてそれから三〇秒程度で、かがり火で照らされた盗賊のアジトから一〇匹以上の大型犬がこちらに向かってくるのが見えた。


「ユミナよ、やれるか?」


「はい、行きます」


フェリスは俺を守るように前に出、ユミナは犬の群れの中に突入した。

ユミナは犬を蹴りつけ、殴りつけ、全てほぼ一撃で沈黙させてゆく。

犬の数が二匹まで減った辺りで、フェリスがユミナに戻るよう指示した。

ユミナがフェリスの横に戻った瞬間、盗賊のアジトから無数の矢が飛んできた。

フェリスはそれを全面に展開した風の魔法で吹き飛ばす、同時にこちらに接近しつつあった犬をなぎ倒した。


怖い、いくらフェリスに守られているとはいえ、大きな犬が群れで襲ってきたり、矢が大量に飛来したり……

時々撃ち漏らした矢が近くの地面に突き刺さる度にビクっと体が震える。

コトナがここにいる可能性が高いという事で付いてきたが、これはもしかして、俺、すごく邪魔なんじゃないのだろうか。


「問題のないものは横にそらすだけにしておる、主よ、妾の後ろから動くでないぞ」


「は、ハイ」


フェリスは風の魔法で矢を散らしながら悠然と盗賊のアジトに向かって前進している。

その足取りはまるで散歩する時のように気楽なものだった。


「そこそこ組織立った動きをするではないか」


フェリスが関心したように呟く。

ユミナは前方で矢の雨を軽やかなステップで回避していた。

そしておもむろに飛来する矢を掴み、前方に投擲する。


「ぐあああっ!」


遠くで叫び声が響いた、今の攻撃が誰かに当たったらしい。


「フェリス姉様、段々慣れてきました」


「覚えが早いのう、良い子じゃ」


二本、三本とユミナは飛来する矢を手で掴み、盗賊に投擲する。

何度か投げているとまた誰かの悲鳴が聞こえた。


マンガ的なシチュエーションとでも言うのだろか、確かにスタイリッシュで見ていて爽快感はある。

しかし今の時刻は深夜、月明かりがあるとはいえ俺は飛来する矢なんて全く見えない

ごく近距離に飛来した矢のみ、目を凝らすと何かが飛んでいると辛うじて認識できる程度だ。

さらに放物線を描いて飛来しているであろう矢もそれなりの速度がある、時速一〇〇キロは軽く超えるだろう。

それを横から正確に掴み取るには、一体どれだけの反射速度と握力があれば成立するのか、想像できない。


「妾の眷属であるからの、このくらいは造作も無いことよ」


フェリスは後ろにいる俺を見ていたずらっぽく笑った。


そうしている間にも、盗賊のアジトとの距離は詰まっていく。

簡易的な防御柵の向こうで弓を放っている人員が俺でも視認できる距離まで接近している。

矢は断続的に降り注ぎ、フェリスは俺を守り、矢の処理を行っている。


「ふむ、しかしこれでは妾の良いところが見せられぬのう」


左右に矢を払いながらフェリスが不満げな声を上げる。

俺がいるからこの場を動けないということだとすぐ気づいた。

俺からしたら、迫り来る矢を悠々と振り払っている時点で既に十分格好いいのだが……


「フェリス、俺は邪魔みたいだから後ろに下がっているよ」


さすがにこれ以上戦闘の邪魔をするのは気が引ける。

俺は数歩下がって後ろの方に移動しようとしたが、それはフェリスに止められた。


「ああ、だめじゃ主よ、離れては流れ弾が来るやも知れぬからのう、主は妾の側におるのじゃ」


「でもそれだとフェリスが戦えないだろ、俺のせいで戦闘が長引くのは……」


「……主よ、お主は勘違いしておるぞ」


ん? 勘違い?


「妾は主の求めに応じて戦っておるのだ、主役はあくまでも主である、であるので主はここから動くことは叶わぬ

それに……妾の良い格好も見て欲しいのであるぞ……」


再び前を向いてフェリスはおもむろに火球を防御柵に向けて飛ばす。

間もなく火球が炸裂し、柵もろとも近くにいた盗賊達を焼いていた。


「異性に良い格好を見せたいという乙女心も分かって欲しいものじゃ」


少し照れながらフェリスはそう呟く。

……何か釈然としないものがあるが、とりあえず俺はここにいて良いようだ。


「じゃ、じゃあ頼む、コトナという女の子が捕われている可能性があるから、あまり派手に周りを巻き込まないようにな」


「承知したぞ主よ」


フェリスはにぱっと笑って、さらに残っていた防御柵を火球で薙ぎ払った。

盗賊達は「敵に魔術師がいる!」と大騒ぎしている。


「ユミナよ、とりあえずうるさい弓兵を片っ端から潰すのじゃ

捕らえられておる者がおるようであるから、非武装の者は手を出すでないぞ」


「わかりました!」


ユミナは元気に返事をすると燃え盛る炎の向こうへ突っ込んでいった。

間もなくいくつもの悲鳴と怒号が飛び交い出す。

わざわざ炎の中を突っ切っていく姿がちょっと格好良かった。


「ユミナは眷属化の際に妾の技術を多少継承しておる、簡単な風魔法などは既に使えるはずであるぞ」


「そんな事もできるのか」


「生まれたてで何も分からんでは、使えるようになるまでに何年もかかってしまうからのう」


間もなく、飛来する矢の数がどんどん減って行き、そしてとうとう矢は飛んでこなくなった。


「頃合いであるの、妾も行く、妾の活躍をしっかり見ておるのじゃぞ」


そう言ってフェリスはこうもりズに俺の守護を任せると、同じように炎の中を突っ切って盗賊のアジトへ乗り込んでいった。

俺の隣には複数のコウモリが集まってできた、人型の黒い棒人間のような何かが立っている。

そのおかげでフェリスのドレスは超ミニスカートになっていた。


「キィ」


こうもりズが「もう少し見える位置に行こうぜ」とばかりに俺の袖を引っ張る。

俺はすこしモヤモヤした気分を振り払い、引かれるままに移動した。




戦闘は佳境に入っていた、テントが立ち並ぶ中央の広場でフェリスとユミナが背中を向かい合わせて盗賊たちと戦っていた。

広場にはかがり火が焚かれ、少し離れたここからでもその様子がよく分かった。

フェリス達は五〇人を超える盗賊たちに包囲されている。

武装した屈強な男達の中央に一二、三歳の少女が二人、何も知らなければ絶望的な光景だろう。


包囲の中から大男が一人出てきて、フェリスに向かって大声で叫ぶ


「なんだぁ、ガキの魔術師かよ、どんな目的かしらねえが派手にやってくれたな、生きて帰れると思ってねえだろうな!」


テンプレとも思える口上を述べたあと、回りの男達がはやしたてる。


「魔術師なんて距離を詰めちまえばこっちのもんだ」

「でも何で突っ込んできたんだ?」

「ガキだからだろ、戦のいろはも分からねえのさ」

「きれいな顔だな、高く売れるな」

「馬鹿、こっちもだいぶ殺られてるんだ、無事で済ますわけねえだろう」

「たぁのしみだなぁ」


盗賊達はもう勝ったつもりでいる。

いやおかしいだろ、撃ち合いであれだけ一方的に負けてたのになんでこんな強気なんだ、これが集団心理というやつか?

彼らからすれば、遠距離からの魔法で多少やられたが、囲んだ今こちらが有利という感覚なのだろうか。

それとも、近くに来てみたら見た目が少女だったので、現実を受け入れられず被害を受けた事実から目を逸してしまっているのだろうか。

そんな事を考えていると、外周にいる何人かがこっそりと後退してくのが見えた、正常な判断力を持った盗賊もいるようだ。


「聞け!」


フェリスのよく通る声が響いた。


「妾は貴様達に引導を渡しに来た、我が主の思い出を汚した罪、その生命で償ってもらうぞ」


盗賊たちが一斉に笑い出す。

確かに包囲されている少女が言うセリフではない。


「我が名はフェリス・アルカード!」

「と、妹のユミナ!」


「贖罪は要らぬ、我が主の怒りを抱き、冥府へと堕ちるが良い!」


びしっと二人はポーズを取る。

事前に打ち合わせしたかのように綺麗に決まった。

俺の隣りにいる棒人間は既に観客となって、二人に拍手などを送っている。

……もしかしてしたのか、打ち合わせ。


盗賊達は下品に笑いながらはやし立てるが、茶番はそこまでだった。

フェリスとユミナの目が赤く輝き、前に突き出したフェリスの爪が六〇センチ程度まで伸びる。

その爪を一薙ぎすると、目の前に出てきていた大男の首が飛んだ。


「ま、魔族だ!」


誰かの叫びでその場は一瞬で恐慌状態になった。

包囲していた盗賊達の余裕の笑みは消え失せ、我先にと逃走を始める。

フェリスとユミナは追撃を始める。

中には武器を構えて襲いかかる者もいたが、抵抗らしい抵抗もできず血の海に沈んだ。


「ユミナよ、逃げた者を追え、一人も逃がすでない」


「はい、フェリス姉様」


ユミナはフェリスの指示を受けて周りに散った盗賊の追撃を開始した。

その間にフェリスは広場にいた残りの盗賊を蹴散らす。

まるで戦いになっていない、およそ一方的な虐殺劇が続き、一〇分も経過した頃には周りに動く者の姿は消えていた。


フェリスがこちらを見て手を振る、まるで出かけ先で偶然知り合いを見かけたような気軽さだ。

俺も手を振り返していると、フェリスがはっとした顔をし、何かを叫んだ。

フェリスの視線の先を追うと、広場から逃れた盗賊の一人がこちらに走って来ているのが見えた。

盗賊は俺を視認すると剣を抜き、必至の形相で突撃してくる。

何をしてでも生き残る、そんな半ば狂気の宿った目に射すくめられ、俺は足が動かなくなってしまう。


「おあああああどけええええええええええええ!」


「う、うわああああああ!」


咆哮を上げて俺に襲いかかる盗賊の前に黒い影が割り込んだ。

黒い影は振り下ろされる盗賊の剣を腕の部分ではじき、そのまま盗賊の腹部に拳を入れ、足を止めた後、華麗な回し蹴りで吹き飛ばす。

ぐぼあぁという叫び声を上げながら、盗賊は転げ回った。

俺を救ったのは棒人間となったこうもりズだった。


こうもりズは油断なく倒れた盗賊に向き合い、腕をシャドーボクシングのようにシュッシュッと振っている。

なんだこの棒人間、つよいぞ!?


ぐううという声と共に盗賊が起き上がり、腰から予備の短剣を抜き放った。

こうもりズは再び構えるが、次の瞬間、盗賊の頭が破裂したように吹き飛び、一瞬遅れてドサリと体が地面に倒れる。


「大丈夫ですかご主人様!」


気がつくと隣にはユミナがいた。

先程、盗賊の頭が粉砕されたのはユミナの攻撃だったようだ。


「あ、ああ、大丈夫だ、ありがとうユミナ」


「えへへ、よかった」


ユミナは無邪気に笑いかける。

その姿は血にまみれ、ひどく凄惨なものだったがユミナ自身に怪我はないようだ。

俺はたまらなくなり、ユミナを抱きしめて頭を撫でた。


「はわ、だめですよ、よごれちゃいますよ」


「良いんだ、よくやった、よくやったなユミナ」


ユミナはほわんとした表情でされるがままになっている。

胸の内から沸いてくる正体の分からない罪悪感をかき消すように、ユミナを労った。


「これ何をしておる、妾は、妾にはないのか」


いつのまにかこちらに戻ってきたフェリスが同じことをしろとせがんでくる。

フェリスの事も抱きしめて頭を撫でてやった。


「役得であるの」


俺の包容にそんな価値があるとは思わないが、フェリスは満足そうだ。

そのまま撫でて、ついでに首筋にキスをしておく。


「ふひゃあ! ば、ばかもの、時と場所を考えぬか!」


だっこして頭を撫でさせるのはどうなのだろうかと思ったがそこは言わないでおこう。


こうして盗賊達は全滅し、俺達は盗賊のアジトを調査するためにテントが集まっている方へと向かった。

空には薄く光が差し、間もなく朝が来ることを知らせていた。


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