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第十一話 マナとは何か

そもそもマナとは何か。

この世界で数千年前に起きた、天族と魔族の最初の戦争、第一次天魔戦争の終結時に敗北した魔族が

魔界と呼ばれる別の世界を切り開いたことに事を発する。

魔界には元々大量のマナが存在し、それが魔界を切り開く際に、魔族の作った世界の亀裂から漏れ出し、こちらの世界にも充満した。

その後、マナは長い年月を経てこの世界のあらゆる物質に吸収され、この世界に定着したという事だ。

マナの存在が発覚してしばらくした後、魔族がこのマナを利用した新しい技術を開発する、それが現在魔法や魔術と呼ばれるものになる。

魔族は最初の大戦で敗北した後に魔界で力を蓄え、魔法を武器として再度天族に挑んだ、これが後に第二次天魔大戦と呼ばれる戦争となる。

魔法の力は圧倒的で、天族は瞬く間に追い詰められ、魔族と同じように、天界と呼ばれている別世界を切り開いて撤退した。

戦争に勝利した魔族はその後千年に渡り世界を統治し、人々に魔法を教え、人類は魔法という技術を手に入れたのだ。


「あれ、魔族っていい奴らなんじゃね?」


フェリスが語るマナと戦争の歴史講座を聞いた俺は、そんな小市民的な反応を漏らしていた。


「良いか悪いかは人によるな、外から見たらとんでもない暴君だが、国民から見れば良い指導者だったなどという例は腐るほどある」


「俺が見た本では、魔族は悪逆非道な種族って感じで描かれてたな」


「その辺りが天族の得意なところじゃな、あ奴等は人心を操る術に長けておる、魔族はそういった事には無頓着な者が多いからのう」


「プロパガンダ合戦でやられたのか」


「勝負になっておらんかったがの、そのおかげで五〇〇年前の戦争では人間やエルフ族から離反者が続出してしまったのじゃ」


ちょっと待って今聞き捨てならない言葉が聞こえた、エルフ……だと?


「エルフ族は元々天族が自分達の僕とする為に作り上げた種族じゃ、他にも獣人族やオーク族という者達がおるの」


「エルフってあれか、美男美女揃いで耳が長い」


「異世界人のくせによく知っておるのう、エルフ族は南方の森を拠点としているのでこの辺りにはそうはおらぬはずであるが」


「いや、俺の世界のマン……文献にもそういう種族が描かれてたんだよ」


「ふむ、異な事もあるものじゃな」




さて、フェリスから興味深い話は聞けたものの、状況は全く良くなっていなかった。

こちらに来て日が浅いからなのだろうか、俺の体にはマナが全く無いらしい。


「こちらの世界に来て数ヶ月も経っているのであれば、ゼロということはないはずなんだがの」


しばらくあれこれとやっていたが、とうとう諦めたのか、俺の寝ているベッドに腰を下ろし暗い顔をしている。


「……済まぬな、どうやら万策尽きたようじゃ」


「フェリスのせいじゃない、むしろ俺が最後まで役立たずで申し訳ないよ」


「そんな事は無い……だがこれは、いよいよこのままメローテに降るしか無くなったのう」


フェリスは部屋の奥に置いてある黄色い水晶のような玉を憎々しげに見つめる。


「あれを殴ればメローテが飛んで来るわ……憂鬱じゃのう」


「慈悲王っていうくらいだから、慈悲深いんじゃないのか」


メローテという天族の事については知らないが、自分で自分に慈悲王とか二つ名を付ける奴はいないだろうから、ある程度人柄に則した呼び名なのではないだろうか。

しかしその考えにフェリスは首を大きく振った。


「あやつは慈悲王などと呼ばれてはいるが、実際は超がつくサディストじゃ、間違いない

あやつは自分より立場の弱い者が自分に屈していく過程というものを何より好んでおる」


そうなのか? とマイバッハの方を向くと、うんうんと頷いていた。


「見かけ上は物腰は柔らかいし言葉も丁寧だがの、妾は騙されぬ」


フェリスはしばらくプンスカと憤っていたが、やはりすぐに力をなくしてうなだれてしまう。


「とはいえ、最早マイバッハに狩猟を任せる程度のマナすら残っておらぬ有様だ、背に腹は変えられぬのう」


そう言いながらフェリスは黄色の水晶に手を伸ばした。

その姿を見ていると、少し前の俺の姿に似ていると感じる。


誰かの手のひらの上で踊らされ、何も分からず、どうすることもできず、選択を間違えても、間違ったことすら気付けない。

騙され、利用され、切り捨てられる。

もし天族がそういう連中なら、この先にフェリスを待つものは深い絶望と後悔だろう。

それを防ぐにはどうすれば良いのか。


「フェリス」


水晶に触れようとしたフェリスを呼び止める

何かいい案があった訳じゃない、ただこのままでは俺はまた何もできずに終わってしまう。


「その前にとりあえず俺の血を吸ってみてくれ、何か見落としがあるかもしれない」


「だがお主にマナは……もはや妾は、牙を突き立てた後の傷を治すことすらままならぬのだぞ」


俺はこの世界の常識を殆ど知らない、それは都合よく言い換えるなら、この世界の人間では考えのつかないことを考えられるという事ではないだろうか。

俺が、何故こうしないんだと思った事を全てやってみれば、何か思いもよらない結果が得られることだってあるんじゃないだろうか。


「俺は異世界の人間だ、マナは無いにしても、異世界人の血は何か特別な効果があるかもしれないだろ」


「……それは、毒である可能性もあると言っているようなものだぞ」


「それならそれでいいじゃないか、どちらにしろ俺が現れなかったらそのメローテに屈さずこのまま消えるつもりだったんだろ」


「じゃがそれではお主が……」


「俺の事はいい、どうせ一度は死んだ身だ、これが無駄足だったとしてもやっぱり駄目だったねと笑えばいいだけだ」


俺の目をしばらく見つめていたフェリスは小さくため息を一つ付き

どうなっても知らんぞと言いながら俺の首筋に唇を付けた。


鈍い痛みと、何か太いものが入っていく感覚がある。首周辺だと麻痺の魔法もあまりかかっていないか。

以前見せてもらったフェリスの牙はかわいらしいものだったが、それが肉に刺さるとなるとやはりきつい。

首筋に当たる柔らかい唇の感触だけが救いだ。


そういえば石橋の上で戦ったあの兵士、ロイとか言ったか。

あいつの首筋に短剣を突き刺してやったんだった、あれはこの牙の比じゃないだろうな。

腸が煮えくり返るような出来事の中で、唯一反撃らしい反撃が出来た時の事を考える

人を傷つけたというのに、罪悪感など微塵も沸いてこなかった、今になって当時を冷静に振り返っても、後悔する気持ちなんて皆無だ。

痛みに耐えながらそんな事を考えていると、体から何かが抜かれるような感覚が襲ってくる。

これが血を吸われる感覚なのだろうか、全身から首筋に向けて何かが流れるような、不思議な感覚。

恐怖はない、ただ首筋に当っているフェリスの唇の感触がやけにはっきりと感じられる。


三〇秒ほどそうしていただろうか、フェリスがゆっくりと唇を離した。

牙が抜かれる痛痒い感触がある、これで俺の首にも穴が空いてしまったな……と思った瞬間にその痛みは消え失せた。

血を吸い終わったのだろうか、俺から離れたフェリスを見てみると驚いたように目を見開き、口をパクパクしている。


「す……すごいぞ!」


フェリスは口元を抑えながら目をパチクリさせている、何やら興奮しているようだ。


「澄み切った不純物のない、それでいて濃厚な……これは、マナの泉、いや、海、マナの海じゃ!」


何やらどこぞの料理漫画の審査員のような事を口走っている。


「あーフェリスさんや、何がどうしたのか具体的に教えて下さいませんかね」


「えーとだな……いや、まずはやれることをやってしまうぞ、話はそれからじゃ!」


そう言うとフェリスの両手が今までにないくらい赤く輝き始める、これは魔法か?


「さあ、ノアの体を巡る血の奔流よ、己があるべき姿を取り戻すのじゃ」


ドクンという心臓が跳ねるような感覚と、体中に何かが高速で巡り始める感覚が襲う

体中が熱くなっていく、これは何だ、何か魔法をかけられたのか?


「さほどはかからぬ、一眠りする頃には全て良くなっておる、心安らかに待つが良い」


フェリスからはろくな説明が無かったが、それから大体二時間程度経った後、俺の体は隅々まですっかり健康な状態に回復していた。

失った右手も、残っていた手首から先がこの二時間で再生されていた。

手をにぎにぎしてみたが問題なく動く。

起き上がってみると、今まであった全身の痛みが嘘のように消えていた、むしろ怪我をする前よりも調子がいいくらいだ。

これがフェリスの回復魔法なのか?

本当に失った手を再生させるなんて、凄い力もあったものだ。


「フェリス、何があったんだ?」


「言ったであろう、お前の中には膨大な量のマナが眠っておる!」


「いや聞いてないから」


「そうであったか? まあ良い、先ほどの吸血で分かった事があるのじゃ」


フェリスが興奮気味に語った内容は次のようなものだ。


まず俺の体の周りには特殊な膜のようなものがあり、俺の体に触れたマナを即座に吸収してしまうらしい。

根こそぎ吸収してしまうので、外から見ると体から出るマナの自然放出量がゼロとなり、マナが無いと判断されるようだ。

そういえばロシュフォーンの魔導研究所で何か調査した時も、放出がゼロだからマナはないとかそんな事を言っていたような気がする。


吸収されたマナは体内に蓄積されているようで、その量はかなりものになるらしい。

通常の人間は、自然吸収や食事でマナを蓄積させるが、許容量を超えた分は体から自然に放出される為、無尽蔵に蓄積され続けるということは無い。

だが俺の場合は、体の表面に達したマナは全て吸収され自然放出もゼロなので、蓄積される一方なのだという事だ。


「それって、貯まり過ぎたら大爆発とかそういうパターンじゃないか」


「それは分からぬ、妾もこのようなケースは初めて見たからの

だが、お主の中を感じた身で言わせてもらえれば、そのような感じはしなかったぞ

どこまでもどこまでも、澄み切ったマナが静かに湛えられておった」


なんだか言い方がいやらしいが、フェリスの言う事を信じるとすればそれほど危険な状態ではなさそうだ、とりあえずはそれを信じるしか無い。


「先程の吸血では急いでしまったため高濃度のマナを吸い込んでしまってな、少し酔ったので止めにしたのじゃ

だがそれだけでもここ百年間で消費した分は取り戻せたぞ」


マナを使用することができない俺から見ると、その量がどの程度のものなのか判断がつかない

しかしフェリスの驚いた顔を見ると、一般的にはありえない量なのだろう。


「マナに余裕ができたのでな、まずはノアの怪我を治してみたのじゃ、どうじゃ、どこかおかしいところはあるか?」


「いや、無いな、怪我する前よりも調子がいいくらいだ」


「そうか、治癒は久しぶりであったので不安だったが、問題ないようじゃな」


「ありがとうなフェリス」


俺はフェリスの頭をポンポンと撫でながら礼を言う。


「い、いや、これはノアの手柄であるぞ、妾だけであったらとっくにメローテの奴に屈しておったところじゃ」


フェリスは顔を赤くして照れながらも素直に頭を撫でられていた。




その後、俺は結界を調べようと外に出てみたが、あいにくと夜になってしまっており、辺りは真っ暗だった

仕方なくその日は寝ることにし、ベッドに入るとフェリスがベッドの隣に腰を掛ける。

そのまま何を言うでもなくもじもじしているので、気になった俺は声をかけてみた。


「どうしたんだフェリス、もしかして一緒に寝たいのか?」


「ちっ違うわ!その……もう少し、マナが欲しいのじゃが」


そんな事だろうと思ったが、フェリスが言いにくそうにしているので思わずからかってしまう。


「えーでもあまり吸われると俺が干からびちまうしな」


「だ、大丈夫じゃ、あれだけ純度の高いマナがあるのであればマナのみを吸い取ることも出来る、血は必ず吸わなくてはいけないというわけではない」


「でもキバ痛いしな」


「大丈夫じゃ、先程はマナが足りなかった故痛みを抑えきれなかったが、今はマナもあるので痛みは与えぬ」


「でもあんまがっつかれてもなー」


「……都合の良い頼みだということは承知しておる」


フェリスはいい奴だ、まだ本調子ではないとしても、既に俺を制圧して支配下に置くことなど造作も無いだろうに

俺の気持ちを優先して考えてくれているのだから。

そして俺の恩人でもある、そんな相手から頼まれれば嫌だという選択など無い。


フェリスは泣きそうな顔をしてベッドの端で俯いていた。


「冗談だよ、いいぞ、死なない程度にいくらでも吸い取ってくれ」


俺はベッドに横になり、吸いやすいように首筋を上に向けた。

フェリスはぱっと顔を輝かせて俺の首元に顔を寄せる。


「す、すまぬ、もう何百年もまともにマナを補給していなかったのでな、少々昂っておるのじゃ」


「なんだかエロい言い方だな」


受けに回る女はこういう感じなのだろうか、なんだかフェリスの目が血走っているようにも見える。


「お主のマナは濃いからの、今度は少し時間をかけて吸わせてもらうぞ」


「お、おう」


再度、フェリスの唇が首筋に伸びる。

鋭い牙が一瞬見え、それが首に当たった感触がある。


来る


痛みを予想して少しだけ緊張するが、今度は不思議な事に痛みは無い。

牙が肉に潜り込む感触はあったが、何故か全身をがピリピリするような、少し気持ちの良い感覚を味わっていた。


「ふあぁ」


やばい、変な声が出てしまった。

しかしこのムズムズ感、不思議な感覚だ。


「ほうひゃ、ひゅふへんのふぁふふぁひははひゅふへふをふふうほはへはいほは」

(どうじゃ、熟練のヴァンパイアは吸血を苦痛とさせぬのだ)


「何を言ってるのか分からねえよ、良いからゆっくり吸ってな」


そのまま、フェリスは長い吸血タイムに入る

俺はというと、全身からマナを抜かれる時の感覚が心地よく、そのまま眠りに入ってしまったのだった。



――



目が覚めるとそこはいつものベッド、丸太を簡単に組み上げてマイバッハが作成したという簡易ベッドだ

いつもと違うのは、俺の体が自由に動くこと、そして……フェリスが俺に抱きついている事だ。


「ふにゃ……ふにゃ……」


ふにゃふにゃ言いながらフェリスは俺にしがみついている。

確か昨日はフェリスが俺の血を吸っていたはずだ、そこから俺のベッドに潜り込んだのか?


「ふにゃ……ちちうえ……」


父親の夢を見てるのだろうか、ヴァンパイアにも親がいるんだな……試しに俺がフェリスの腰に手を回し抱きしめ返すと、フェリスは幸せそうに顔を俺の胸に埋めた。


五〇〇年前から生きているんだから年齢は五〇〇歳を超えるはずだが、フェリスはどう見ても一二、三歳の少女にしか見えない

しゃべり方はちょっと昔風というか、インチキ臭い貴族風ではあるが、あまり威厳のようなものは感じない。


「そういえばいつもこの服だな」


フェリスは黒いゴシックドレスのような服をいつも着ている。

換えがあるようには見えないが、別に汚れているようにも見えない。

黒だから目立たないだけかもしれないが。

しかし本人の容貌と相まってこの服はフェリスによく似合っていた。


「どこで作ったんだろう、まさか五〇〇年前の服ってわけじゃないよな?」


フェリスは幸せそうな顔で寝ている、俺に抱きついているので俺だけ起きだすわけにもいかず

暇になった俺はフェリスのドレスをいじり始めた。


しかしドレス着たまま寝るもんじゃないよな。

そう思いながら、布地を手に取り擦って素材を確かめてみる。


「布じゃない……皮なのか?でもなんだかおかしいな……」


そのままあちこち触りながらこすこすしていると、不意にドレスが震え始めた。


「あれ、なんだこの服、揺れてる?」


逃げようとしたのだが、フェリスにがっちり抱きつかれているので逃げようがない

そのままあたふたしていると、突然ドレスが爆発し、無数の布片が周りに飛び散った。

いや、布片ではない、あれは……


「コウモリか!?」


無数の黒いコウモリのようなものは、めいめいに散らばり、洞窟の天井に着地?していく。

不思議なのは、これだけ大量のコウモリが飛んでいるにもかかわらず鳴き声も羽の音もしないという点だ。


「何だありゃ」


もはや何が起こっても驚くまい。

そう考えてコウモリが全て天井に止まったことを確認した後、俺はフェリスの方に目を向ける。

フェリスは全裸になっていた。


白く透き通るような肌にはシミや傷、シワといったものが全く無く、その美しさに息を呑む。

膨らみかけた胸とくびれができはじめた腰回りも悪くはない。

そして何より、うっすらと浮き出たアバラ、まさにパーフェクトな肉付きである。

どうみても事案発生です、本当にありがとうございました。


この状況からこの先生きのこるには。

そんな事を真剣に考え始めたが、その努力は無駄に終わる。

時間が足りなさすぎたのだ。


「うにゃ……ふぁ……あれ、ノア?」


「あ、ああ……おはようフェリス」


「うむ、なんだ、寝てしまったのか……あれ、なんだか寒いな」


「朝方だからな、じゃあ俺はこれで」


フェリスが寝ぼけ眼をこする際に手が離れたので、急いでベッドを後にしようとする。


「うゆ……なんじゃ、下半身がスースーす、る?」


数瞬後、洞窟内を絶叫がこだまし

そして俺は直ちに捕縛された。


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