◇2
サリア国に戻るとすぐ、ゴードンは司令官室に呼び出された。
「ゴードン隊長。何が起きたか、説明してはくれんかね」
奥の大きなソファーにどっかり体を沈めたクリスは、ゴードンの顔を見るなり言った。ゴードンは静かに答える。
「ウィート軍に待ち伏せされていたものと思われます」
「なぜだ。君の隊にはスパイでも紛れているのかね。それとも、君自身がウィートに通じているのかね」
「そんな……まさか」
「冗談だよ」
そう言いつつも、クリスは真っ黒な視線を浴びせ続ける。目を逸らしたら負けだ、とゴードンは歯を食いしばる。クリスの頭上の壁に掛かっている絵が、空々しいほど優しくゴードンの視界を彩った。
「君は職務を全うできなかった。だから、責任を取るのは当たり前だよな?」
確かあの絵、ハルが描いたんだった。そうゴードンはぼんやりと思う。
「それとも、まだ精鋭隊隊長を気取り続ける気かい? 君は面白い男だな、はっははは」
あの頃は平和で、ハルもまだ体力があって。コスモスが満開だというので、二人で丘へ出掛けたんだっけ。
「おい。何とか言ったらどうなんだ」
たった五年前のことなのにな……
「おい!! 聞いてんのか、この穀潰し!!」
額縁が恐ろしい音を立てて震えた。ゴードンはクリスに思考の焦点を合わせ、口を開いた。
「今回のことは大変申し訳ありませんでした。ただ私は、今の立場に留まり損失を取り戻すのに尽力することで、責任を果たしたいと思います」
「ふっ」
クリスは笑い飛ばし、嬉しそうに言った。
「随分ご立派なプロ意識だな、隊長。だが、それは不可能だ。君を今のポストから外すことは、もう幹部会議で決定済みだ」
ゴードンが口を開く前に、クリスは畳み掛ける。
「明日からの君の肩書きは、ウィート掃討班員だ。よかったな、仕事が貰えて。路頭に迷っても不思議ではなかったんだから、君は幸せ者だよ」
「ウィート掃討班員、ですか?」
初めて耳にする響き。ゴードンはいぶかしく思う。それもそのはず、ゴードンの知らない役職など、ほとんどないはずだから。
「初耳って顔してるな? そうだろうな、その班は新しく明日からできるんだから」
クリスはふんぞりかえって言う。
「今回の情報漏洩は、サリア国内にはびこるウィート人の仕業と結論づけられた。君の仕事は、ウィート人を見つけ次第捕らえることだ。簡単だろ?」
ゴードンは訳もわからず問うた。
「サリアに、まだウィート人がいたのですか? 国交が絶たれてからもう百年近く経つというのに?」
「もちろん純粋なウィート人はいない。正確に言うと、ウィート人の二世や三世だ」
ゴードンは信じられないといった眼差しを向けた。
「そんな……二世三世なんて、ほとんどサリア人ではありませんか。それに、元々人種が近いことですし、ハーフやクウォーターなんて見分けられません」
クリスは勝ち誇ったように言った。
「見分けられないって? そんなことはないな。目を見ればすぐにわかる。水色、緑色……とにかく、青みの入った瞳が、ウィートの印だ」
緑色!? 殴られたような衝撃がゴードンの脳天を貫いた。あのハルの瞳、森林の色ではなかったか。ゴードンは必死に平静を装って言う。
「しかし、生粋のサリア人の中にも、そのような瞳を持つ者はいるのではないでしょうか」
クリスは薄く笑った。
「いないとは限らんな。だが、疑わしきは罰せよだ」
「そんな……!」
「何だい、不満があるのかね? それなら外してやってもいい。君の代わりはいくらでもいるんだ」
クリスの漆黒の瞳は、露ほども揺らぐことなく冷酷に在り続けた。ゴードンはふさわしい言葉を見つけられないまま凍りつく。
「これで話は終わりだ。さあ君、早急に出ていきたまえ。私は忙しいんだ、君と違ってな」
しっしっと手を振り、クリスは机上の資料に目を落とした。もう顔を上げる気はないらしい。ゴードンは結局何も言えないまま、顔面蒼白で司令官室を後にした。
その夜も、ゴードンは迷った末ハルの家を訪れた。
「俺だ」
しかし返答はない。居間に入っても、ハルの姿は見当たらない。ああ、とゴードンは思い、寝室につながるドアを引き開けた。
薄暗い部屋の奥で、ハルは白いベッドに体を沈め、ぐったりと目を閉じていた。珍しいことではない。最近では、昨日のように動けることの方が稀なくらいなのだ。
ゴードンはハルのそばに跪き、陶器のようなその額にそっと手を乗せる。掌を伝わる体温は、明らかに常人のものより高い。小さな紅い唇が発する浅く速い息が、部屋の空気を静かに揺らす。
水でも持ってきてやるかな、とゴードンが立ち上がりかけたとき、突然ハルの呼吸が不規則になった。
「……っはあ、こほ……けほ、ごほっ」
ゴードンは直ちに座り直し、ハルに視線を注いだ。ハルはまた幾つか咳をこぼした後、ゆっくりとまぶたを開けた。
「あ……きて、くれてたの」
「おう、起きたか? 今水持ってくる」
「いい、大丈夫……」
掠れた声で言い、ハルは首を振る。
照明が落ちている中でも、ハルの瞳の深緑は不思議とはっきり透き通る。それを見たゴードンの脳裏に、あの恐ろしい宣告が反響した。
「君の仕事は、ウィート人を見つけ次第殺すことだ」
「青みの入った瞳が、ウィートの印だ」
ゴードンは思わず身震いする。俺がハルを殺すことになる? 銃で撃って? 刀で刺して? それとも、俺の手をこの細い首にかけて……?
「ゴードン……どうしたの」
はっとして、ゴードンはハルに意識を戻す。
「何か、あったんでしょう……?」
温もりにあふれた、いつものハルの声音。弱々しくとも、その安心感は変わらない。ゴードンは思わず言ってしまいそうになった。しかし、彼の理性がそれを押しとどめる。
「何もないさ」
「そう……」
熱に意識を溶かされ、ハルは再び眠りに落ちた。
こいつ、また痩せたんじゃねえか? 白く浮かび上がるハルの顎の輪郭を目でたどりながら、ゴードンは思った。このところずっと、ハルは熱を下げきれていない。疲れた後の少しの発熱は以前からしょっちゅうだったが、ここまで長い間続くのは気がかりだ。
「……っこほ、こんこん」
ハルがまた咳をする。国中の医師はみな戦争にとられているため、どんなにゴードンが心配しようと病院に連れていくことすらできない。ゴードンはため息をつき、ハルのベッドサイドに置くための水をくみに立った。
次回辺りからやばい感じになってくると思います……




