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初めてこういう系のお話を書いてみました。
こんなにきな臭くなるなんて自分でもびっくりです。
夕日が燃えている。
「明らかに彼は民間人です。どうしますか?」
「構わん。殺れ」
「承知しました」
耳を聾する連射音。崩れ落ちる麦わら帽子の男。上空から確認したゴードンは、満足そうに唇を曲げた。
サリア国とウィート国が争い始めて、もう一世紀が経とうとしている。些細な水問題から発したこの抗争は、近年急速に激しさを増し、ついに三年前、全面戦争が勃発した。戦闘は決着のつかないまま続いており、両国とももはや疲弊しきっている。
そんな中、ゴードンは正確な操縦技術と瞬間的な判断力を買われ、サリア国空軍精鋭隊隊長に抜擢された。皆から「鬼隊長」と畏怖される彼は、日々最新型の戦闘機を乗りこなし、ウィート国の主要都市に攻撃を仕掛けて回っていた。
「ウィートであること。それだけでもう、大罪なのだよ」
彼はそう呟き、前方に見えたウィート軍の飛行機にきゅっと照準を合わせた。
一日の任務を終えたゴードンは、自宅とは反対の方面へ歩き出した。闇を白く切り取る街灯をいくつも通りすぎ、辿りついたのは幼馴染みのハルの家。ゴードンは短くノックし、返事を待たずにドアを開けた。鍵はかかっていない。いつものことだ。
「俺だ」
「お帰り」
プラチナブロンドの髪に透き通るような肌をしたハルは、ゴードンを見て嬉しそうに微笑んだ。
「おう」
ゴードンが答えると、ハルはキャンバスとパレットを脇へどけ、ゆっくりと立ち上がった。ゆるやかな服ごしに、細すぎる肩の線が明らかになる。
「おいお前、大丈夫なのか?」
慌ててゴードンが言う。ハルは頭ひとつ分くらい違うゴードンを見上げ、笑った。
「うん。今日は調子がいいんだ」
「……そうか? まだ熱がありそうに見える」
「えへ、ばれた? でも、動けるときには動いとかなきゃでしょ」
ハルは朗らかに言う。ゴードンは諦めて頷き、先程までハルがいた二人掛けソファーに腰を下ろした。
ゴードンとハルは同級生で、ナレッジスクール初等科のときからの付き合いだ。五年前に高等科を修了するまでずっと一緒だったのだが、元々体が弱かったハルは徴兵検査で不合格となり、ゴードンのような兵士にはなれなかった。しかし、今もゴードンはハルの家に足繁く通い、二人の友情は変わらず続いている。
キッチンに消えていたハルは、木のお盆に紅茶のカップと小さな紙の包みを乗せて戻ってきた。
「クッキーをいただいたの。食べるでしょう?」
「おう、ありがとう」
現在のサリアにおいて、甘い物は貴重だ。ゴードンは静かに感謝する。
ハルはゴードンの隣に座り、目の前の机にお盆を置いた。ゴードンにカップを差し出しながら、ハルは言う。
「今日も大変だったでしょう」
ゴードンは苦笑いする。
「いつもと同じだよ。ウィートを飛んで、撃って、殺して」
「お疲れさま」
ハルは柔らかに言う。
「ゴードンみたいな軍人さんが頑張ってくれてるから、僕もこうして暮らしてられるんだもんね」
「そうかもな。ぼやぼやしてたら、サリアは干上がっちまう」
ゴードンは言い、クッキーに手をのばす。
「む、うまい」
「でしょ?」
ハルは笑い、紅茶に口をつける。
ゴードンは傍らのキャンバスに目を留め、ハルを振り返った。
「何の絵だ?」
ハルは黙って立ち上がり、キャンバスをゴードンに向けた。
「はい」
ゴードンは息を呑んだ。描かれていたのは、美しかった頃のサリアの街並み。整った石畳に、煉瓦造りの家々。炎に照らされたような色調が、焦燥感を含んだ奇妙な迫力を与えている。
「ハル。すげえな」
「うん、もうちょっとで完成だよ」
「けど珍しいな、お前がこんな絵を描くなんて」
今までのハルの絵は、どれも牧歌的な幸福感に溢れたものだった。初めて見る激しさを、ゴードンは意外に思う。
「この絵は売る用じゃないんだ。好きで描いてるだけ」
ハルはそう言ってソファーに戻り、呟いた。
「早く戦争終わらないかな……こほ、けほっ」
ゴードンはハルの背に手を当て、言う。
「終わらせてやる。明日な、ハーブ・パレスを攻撃するんだ。うまくいけば、ウィートの戦意を大幅に削げる」
「ハーブ・パレス? それって」
ハルは驚いてゴードンを見る。緑色の瞳が深く光った。ゴードンは頷く。
「ああ。背に腹は変えられないだろ」
「でも、そんな……ひううっ、けほごほ、ごほ、げほ」
ハルはきつく口を押さえ、体を揺らして咳き込んだ。綺麗な眉がつらそうにゆがむ。ゴードンはその薄い背をさする。
「大丈夫か? 悪い、疲れさせちゃったな」
ゴードンはハルをソファーに横たわらせ、毛布を持ってきて被せた。
「ごめん……っけほ、ありがと。あのさ、……ごほ、げほげほっ」
「いいから喋るな。黙って寝てろ」
「ううん、あのねゴードン……ごほ、そこは……っごほ!」
ハルの言葉は咳に遮られ、ゴードンの耳には届かない。
「もう無理すんなって」
ハルは尚も話そうとするが、息が切れてどうにもならない。また熱が上がってきたようで、彼の視界はぐにゃりと曲がる。
「はぁ、そこは……はぁ、はぁっ……そこ、は……」
最後の方はうわ言のようになり、ハルの意識はブラックアウトした。ゴードンは目を伏せてハルの額を撫で、そのやるせない熱さに唇をかんだ。
ハーブ・パレスは、ウィート国にある有名な美術館だ。元は王家の宮殿で、今でもその華麗さを残している。一千年以上もの歴史を誇り、世界遺産にも登録されているそれは、ウィート人の心の拠り所だ。
「必ず成功させろよ。もししくじれば、国際的な制裁は免れない」
「了解です」
総司令官のクリスから無線を受け、ゴードンは表情を硬くする。
「行くぞ」
午前十時ちょうど、ゴードンたちの一隊はサリアを飛び立った。
今日は快晴、絶好の破壊日和だ。国境の有刺鉄線を空高く越え、ハーブ・パレスを目指す。ほどなくして、白く聳え立つ外壁が見えてきた。さらに近づくと、広大な敷地を多くのウィート人たちが行き来しているのがわかった。
「やっぱでけえな」
呟いたゴードンは、無線のマイクを握って声を張り上げた。
「位置につけ。三まで数えたら一斉に撃つぞ」
「ラジャー」
「ラジャー」
威勢のいい応答を受けたゴードンは、全ての機が予定通りの動きをしているのを確かめ、固い唾を飲み込んだ。
「いーち」
銃口を真っ直ぐに正面玄関へ向ける。
「にーい」
狙いを絞り、発射ボタンに指を置く。
「さー……ああっ!?」
刹那、大きな衝撃が走った。慌てて辺りを見回すと、突然現れたウィート軍機の大群が窓の外を埋めつくしている。
「た、退却! 退却!」
叫んだ声は裏返っていた。ウィート軍機は十機以上。たった四機のゴードン隊では、いくら選りすぐりとはいえ明らかに敵わない。
極秘に計画されたこの作戦が、ウィートに知られているはずはないのに。それに、あんな大軍が今の今までどこに潜んでいたのか。ゴードンは何重もの混乱に陥っていた。




