リライフ ~転生はポイント制でございます~
金が無い。
俺の全財産は百円均一に行ってもなにも買えやしない。
そんな軽い財布と求人雑誌を片手に町を歩いているのは俺、神代 幸治郎。
三年前、まだ高校一年生だった俺を残して両親が他界。
高校を中退し、フリーターになるも社会はそう、甘くは無かった。
どこ行っても学歴で蔑まれ、面接もまともに受けさせてもらえない。
唯一受かったのはコンビニの深夜バイトぐらい、それも生活費で八割ぐらい持っていかれる。
給料日まで後一週間、ここ最近水しか飲んでいない。
仕方ない、ロー○ン、ファミ○はもう既に掛け持ちしている。日雇いの求人でも探そう。
公園のベンチに座り、近場で募集しているバイトを探す。
血眼になって探していると、一際小さく、尚且つ紹介文も短い、一つの会社を見つける。
「人生再生機関……?」
なんとも胡散臭いことこの上ない、会社名。
『日払いOK! 学生、フリーター、学歴は問いません! 貴方も一緒に、笑顔のある職場で働きませんか?』
「学歴問わずか、自給は、っと……出来高?」
出来高というのは、労働時間による時給は発生しないが、仕事をこなした分、給料が発生するというものだ。
つまり、一生懸命仕事すれば、それに応じた金額がもらえるということ。
「――オイオィ! 探したゼェ? こ、う、じ、ろ、くぅん?」
「や、八幡さん」
俺の肩に手を置き、にたにた笑う男は借金取りの八幡だ。
「今日、返済日だよな? いい加減返してくんないと俺が怒られるんだからさぁ、早く耳そろえてもってこいや」
俺の肩に置いている手に、徐々に力が入ってくる。
「あ、あはは。分かりましたよ、ちょっと待ってください」
俺は立ち上がり、財布を渡す。もちろん金なんて百円も入ってない。
「おっ、今日は随分すんなりと……ってなんだぁこの財布すっからかんじゃねぇか!」
「今日のところはそれで勘弁してくださ~い! ではまたっ!」
八幡の意識が財布に向いているうちに俺は身を翻し、全速力で走る。
「ハァ…………、どうしよ」
なんとか逃げ切り、路地裏で座り込む。
このまま家に帰っても八幡のお友達が陣取って入る前に拘束される。
握り締めてくしゃくしゃになった求人雑誌。――もう、選んでいる時間は無い。
皺を引き伸ばし、携帯を取り出して電話をかける。
『お電話ありがとうございます。人生再生機関、受付のマヤです』
「あ、お忙しい中申し訳ないです。求人広告をみて電話させていただいた神代と申します」
『神代様ですね、少々お待ちください。担当の者にお繋ぎします』
意外としっかりとしている受付に驚く俺。
てっきりヤバ気な厳ついお兄さんが出てくると思ったらそんなことはなかった。
一分後、保留音が途切れ、また女性の声が聞こえてきた。
『大変お待たせしました。私、面接担当の立花と申します』
「神代と申します。御社の求人広告を拝見してご連絡させていただきました」
『ありがとうございます、では面接を行いたいのですが、いつ頃だとご都合よろしいでしょうか?』
『今からでも構いません』
『畏まりました。では、四時間後、求人広告に記載されてある住所までお越しください。お待ちしております」
「はい、ありがとうございます。失礼しました」
◆◆◆
時間十五分前、記載されてあった住所へと到着した。
「……意外とまともな会社なのだろうか」
上を見上げ、建物の高さに圧巻する。
最近できたのか、綺麗なガラス張りのビル。
入り口の自動ドアの横にもしっかりと『人生再生機関』と刻んであった。
「あ、先ほどお電話した神代と申します。担当の立花様はいらっしゃいますでしょうか?」
中に入りロビーのフロントへたずねる。
「神代様ですね。お伺いしております、十二階の会議室にて立花が面接をするとの事です。右手にあるエレベーターをご利用ください」
「ありがとうございます」
受付に礼を言いエレベーターに乗り込む。
生まれてから、初めて六十階なんていうボタンを見た。
会議室に着いた。
三回ノックをして返事を待つ。
「どうぞ、入っていいよ」
「失礼します」
会議室に入ると、椅子何個も並んでいる中、上座に座っている白髪の女性がいた。
「とりあえずかけてくれよ、面接を始めようか」
「はい、お願いします」
俺は事前に書いてあった履歴書を取り出し、椅子に腰をかける。
「ああ、履歴書はいらないよ。神代 幸治郎君」
はて、俺はこの人にフルネームを言っただろうか?
「この四時間で、君の事は粗方調べさせてもらったよ。随分と苦労しているみたいだね」
「は、はぁ……」
「さて、面接なんだけど、まず君に質問したいことがある」
「はい」
「君は、職員としてここに応募したのかい? それとも人生再生者として応募を?」
「人生再生者?」
俺が見た求人広告には、条件だけで、業種についてなにも載ってなかったはずだ。
まずもって、人生再生者ってのは一体、なんなんだ?
「まぁ簡単に説明すると、人生再生者というのは所謂転生。今の人生に終止符をうって新しい人生をはじめる人のことだよ。ちなみにこっちは給料はでない」
「転生……ですか」
「職員は、例えば――そうだね、高校在学中に両親を亡くし生きる術もない人が、新しく人生を送るためにプロデュースする。それが私たち、人生再生機関の仕事だよ。こっちはプロデュースした人間の数で給料がでるね」
それは、俺の人生。この人は、たった四時間で本当に俺のことを調べたのか。
「その、転生というのは、一体どういう仕組みで?」
「……それを聞いたら、君にはここの職員になるか転生してもらうか。選択してもらうことになる、それでもいいかい?」
今までにこやかだった立花さんは、真剣な顔つきになり、一切目を逸らさず俺を見据えていた。
……それを聞くも何も、俺にはもとより選択肢がないことぐらい知っているだろうに。
「もし、本当に立花さんが僕のことを調べたのでしたら、答えは分かるでしょう。続けてください」
「うん、じゃあ転生についてなんだけど、これはポイント制なんだ」
「ポイント?」
「そう、その人の前世の人が頑張った事だったり、その人がこれから送るはずだった人生をポイントに換算して転生することができる」
「ポイントが高ければ何か良いことでもあるんですか?」
「例えば、『お金もちの家に生まれる』とか『優れた容姿で生まれる』とか『天才に生まれる』、とかね」
「……それは本当ですか?」
「ああ、これは誰も例外じゃないさ。誰も知らないだけ、だから例えば神代君、君のポイントはざっと五千はあるね」
「多い、んですかね?」
「多いなんてもんじゃないよ、全ポイントを使えば、さっき言った三つだけでなく、君はまさに超人として転生できるのさ!」
椅子から立ち上がり、熱の篭った声色で語る立花さん。
「じゃあ、この生活ともおさらば……できるんですか?」
「そうともさ、君が望めば、私たち人生再生機関が責任を持って転生させてあげるよ」
三年間、夢も希望も無い、ただただ一日を生きるのに必死で、生き甲斐もなく、本当に息をしているだけだった。
転生すれば、金持ちになれる、容姿もよくなる、頭もよくなる。
――選択肢なんて、一択じゃないか。
「……転生します」
「そか、君のおかげで、私も今月のノルマはクリアだよ」
立花さんが席を立ち、俺の横まで来て手を差し出す。
「こちらこそ、ありがとうございます」
「一応、規則として転生するのに三日の猶予があってね、その間仮死状態になって、霊界、所謂天国に言ってもらい、君に最後の選択がある」
「最後の選択?」
「ポイントの振り分け、そして、本当に転生するかという事を君に選んでもらう。……なにか思い残すことはあるかい?」
「いえ、もう充分ですよ」
「じゃあ、おやすみなさい。いいリライフを」
立花さんの声を最後に、俺の視界が暗転する。ああ、これでやっと終わるんだ。
◆◆◆
「ここは……?」
真っ白い、なにもない空間。
「お待ちしておりました、神代様。私は霊界の管理人、ノゾミと申します」
「あ、ああ、どうも」
「三日間ここで、生活してもらいます。といいましても、食事などはとれないので、ただただ三日過ごしていただくだけになりますが」
「はい、三日間お世話になります」
「また、ポイント振り分けなどは、この端末でできるので、いつでもご使用ください」
ノゾミさんは俺にタブレットに似たものを私、元の場所へ戻る。
さて、どうしたものか。
三日間、こんななにもないところだと飽きそうだ。
タブレットをいじりながらブラブラしよう。
「お、おおお……!」
適当に歩きながら、タブレットを触っている
さっそくポイント振り分けとやらを試してみた。
『美形 500P』
『家柄 100P』
『秀才 300P』
『歌声 50P』
俺が所持している転生ポイントは5179ポイント。
ほとんどのポイントが三桁くらいまでのところを見ると、立花さんが言っていたことは本当なんだろう。
俺は来世、イケメンで、金持ちで、天才で、なんでも可能なんだ。なんでも――
「なに見てるの?」
「え?」
顔を上げると、そこには少女が立っていて首を傾げている。
「どうしたの?」
「あ、ああ。こんなところで人に会うと思っていなかったからびっくりしてな」
「こんなところって、お兄さんはここがどこか知っているの?」
「知らないのか? ここは霊界、天国らしい」
「天国? ……じゃあ私死んじゃったのかぁ」
どこか満足したような顔になる少女。
えらく、達観しているようにも見えた。
「あまり、驚かないんだな」
「うーん、まあね。そういうお兄さんは?」
「ああ、俺もな。むしろ自ら望んでここにいるし」
「えー、自殺? 変な人だね、変わっているよ」
「……いろいろあるんだよ」
「私はいつまでここにいるのかな」
「俺は三日らしいけど、えーとお前もそれくらいじゃないのか?」
「アイ、私の名前」
「そうか、俺は幸治郎。短い間だがよろしく」
◆◆◆
「ここって本当に何もないんだね」
アイと知り合って、随分と時間がたったと思う。
なぜこんな曖昧かというと、ここには時計もなければ、太陽も月もない。
体感だけで言えば一日ぐらいは経ったはずだ。
今は歩きつかれて二人して寝そべってただ上を見ている。
「イメージと違う天国である意味、新鮮だがな」
「えへへ、そうだね。もっとこう、にぎやかなところだと思ってたなぁ」
「アイ以外にもう一人、人っぽいのには会ったけどな」
「そうなの? どんな人だった?」
「ここの管理人らしい。会ってないのか?」
「うん、気づいたらここにいたもん」
「じゃあ転生についても聞いてないのか?」
「転生、また生まれ変わるの?」
「ああ、実はな――」
俺はアイに転生について教えた。
立花さんに言われたことを思い出したが、俺もこれから転生するんだ。少しくらい多めにみてくれるだろう。
「そうだったんだぁ」
「よかったら、今からでも管理人のところにいかないか?」
「え?」
「ポイント、どれくらいあるかによっちゃ、転生ポイントを使ったほうがいいだろ」
「あのノゾミさん、アイ……、この子に俺が持っているような端末って渡せれるかな?」
管理人であるノゾミさんのところまで戻って、交渉してみる。
「はい、構いませんよ。ここにいる間に入力をすませば、転生した際、振り分けられたポイントが反映されます」
ノゾミさんは意外にも快く了承し、端末をアイに渡す。
「アイ、どうだった?」
端末を操作するアイの肩越しに、画面を見る。
そこには2000ポイントという表記があった。
「結構ポイントあるもんなんだな、どうするんだアイ?」
「……なんでこんなにポイントあるんだろうね」
「え?」
アイはなんとも言えなさそうな苦笑いを浮かべ、端末を閉じる。
「私ね、生まれつき病弱で、ずっと寝たきりだったの。だから、ここに来て、久しぶりに歩いたんだ。」
「アイ?」
「もし幸治郎さんが言ってた事が本当なら、私は今持っているポイントの1も換算していないはずなんだよ?
なのに、こうしてたくさんポイントがある。それってさ、私の前世、その人の前世の人とかが、ポイントを使わずにそのままにしておいたからこうなっているんじゃないかなぁ」
……考えたこともなかった。
俺は俺の持っている5000ポイント近くを俺だけの人生で換算していると思った。
よく考えたら、ただイケメンに生まれる為だけで、500ポイント消化する。十回転生してイケメンになれば、それで終わりのポイントだ。
「私は、ポイントを使わない」
「なんでだ? 病弱だったんなら、次は健康な体に転生すればいいじゃないか」
「多分だけどね、私の前世の人は私と同じことを考えたんじゃないかなぁ。だから使わずに、そのままにしたんだと思う」
「べ、別にいいじゃないか。使わずにそのままにしてても意味がないだろ?」
「そうじゃないよ幸治郎さん。もし前世の人たちが何度も人生を過ごして、使わずそのままにしたポイントを私一人がそれを使うのは、だめだと思う。だから、私はこのまま、次の人生を送るよ」
「俺には、……理解できない」
「えへへ、ちょっと昔話、してもいい?」
◆◆◆
窓から見える一本杉、それが私の世界。
朝おきたらタオルで体を拭いてもらい、ご飯を食べさせてもらう。
一日中ボーっとして、また朝が来て、たまにお医者さんが来て。
そうして、気づいたらここにいた。
「だからね、ここで歩けた時すっごい嬉しかった。それに、幸治郎さんと仲良くなって、お喋りするだけでも楽しかったの」
アイは一人で踊るようにステップを踏みながら笑っている。
俺も、事務的な会話以外で、普通にしゃべったのは久しぶりだった。
「だったら、なおさらポイントを使って――」
「ううん、ポイントは使わない。このままにしておくのが一番いいんだよ、別に来世でも病弱って決まったわけじゃないでしょ?」
「……そうだけどさ」
「幸治郎さんはなんで死んじゃったの?」
「俺は――」
まだ死んだわけじゃない、そう言いかけた時、アイの体が薄くなっていった。
「あれ?」
「お、おいっ! アイっ!」
「時間がきたのかなぁ、ばいばい幸治郎さん、楽しかった……!」
「俺もっ! 俺もっ、……楽しかった」
「また、来世でたくさんお喋りしよ? その時には忘れているだろうけど――ね」
最後に、満面の笑みを浮かべて消えていくアイ。
なんで、あんなにいい子が死んで、俺は、ここにいるんだろう。
歩きたくても、生きたくても、それが叶わなかった子。
それが叶っているのに、自らの欲望のために、それ以上を望む俺。
最後の選択……か。
――――――――――
「やっぱり、戻ってくると思ったよ」
「すいません、思い残した事ができました」
「いや、いいんだよ。君みたいな人のための最後の選択だ。もっとも、それが正しいかは、私は保証しかねるけどね」
仮死状態、とはいったものの最後の選択というのがある以上、現世に戻ってくることも想定してあったのだろう。
霊界でアイがいなくなった後、俺はノゾミさんの元へ行き、頼み込んでこちらに戻ってきた。
自分で言うのもアレだが、情けない。
「霊界で会った子に、ちょっと心打たれまして」
「そうかい。で、これからどうするんだい?」
「申し訳ないですが、今回の件はなかった事にしてください」
頭を下げ、返答を待つ。
「一つ、条件がある。私たちのこと、転生のこと。これらのことを一切口外しないのであれば、元の生活にもどってもいいよ」
「……ありがとうございました。失礼します」
◆――◆――◆
彼、神代 幸治郎が戻ってくることは予想していた。
こんな仕事をしていると、嫌でも人の本質というのが分かる。
だからこそ、私は彼に最後の選択を与えた。
人生再生機関は、転生のプロデュースだけじゃない。
その人の、人生をもう一度送ってもらう。まさに再生した人生、それを送ってもらう。
やぁ、画面の前のそこの君。
君も人生、再生してみないかい?
◆――◆――◆
アレから、死に物狂いで借金を返し、今では普通の暮らしを送っている。
もちろん、転生のことは誰にも言っていない。
……酒の場でぽろっと漏らしてしまったが、だれも信じてはいなかったし、問題ないはずだ。
「あなた、そろそろ行かないと。あの子がぐずっちゃってるわよ」
「静香。そうだな、全く手間のかかる子だ」
あの後すぐに知り合った静香と結婚して1年、至って普通の新婚生活、でもすごく幸せだと思う。
「ふふっ、今がちょうど世話しがいのある頃ですよ。最近は一人で走りまわるんだもの、ちょっと不安だわ」
「それぐらい、元気なほうがいいだろ? 可愛さ有り余って、なんてな」
「ぱーぱ、まーま、えんそくぅ」
「はいはい、今行くよ逢」