竹林
ある夏の頃、高瀬義鷹は一人の人物に出会った。
年の頃は五十七、八といったところか。帯に太刀と脇差しを差し、紋付きを羽織っている。
すらっとした出で立ちで、顔は笠を被っているため窺えなかった。
その人物は静かな竹林の中を一人で歩いている。
その後ろには義鷹が続く。
義鷹は藩主である嘉川秋久の命により、城からかなり離れた場所にある中井村へと向かっている途中であった。
…あの者も中井村へ向かおうとしているのだろうか?
前方を歩く侍にどうしても目がいってしまう。
そんなことを思いながら歩き続け、日が暮れだした時。
急に前を歩く侍が歩を止めた。
不審に思い、義鷹も歩を止め、近くの竹に身を隠した。
その時であった。
不意に侍の周りの竹林から数人の浪人が飛び出してきて、あっと言う間に侍を取り囲んだのだ。
何事かと思い、義鷹は身を乗り出す。
すると、浪人のうちの一人が何かを叫び、侍に斬りかかる。
危険だ…!
義鷹は刀の柄に手を掛け、隠れていた竹から飛び出そうとした。
その時だ――
ビュンッ!!
勢いよく風を切る音。
「ぐぇっ……!」
その場に倒れこむ浪人。
一瞬何が起きたのか、理解しかねた。
しかし、その答えはすぐに出た。
倒れた浪人を見て、残りの浪人が侍に斬りかかろうとする。が、その他の浪人も次々に倒れてしまう。
辺りがまた静かになった頃、侍は刀に着いた血を振り払い、音もなく鞘にしまった。
あまりにも突然かつ一瞬の出来事であったため、義鷹は呆然と立ち尽くすほかなかった。
と、その時。
「先程から私の後を着けているのは何者だ」
侍が後ろを振り返ることもせず、言葉を発した。
背筋が一気に凍る。
義鷹は恐る恐る竹から出て、名を名乗ることにした。
「尾張藩藩主、嘉川秋久の家臣、高瀬義鷹と申す」
何故だろうか、胸の鼓動が早い。
侍はゆっくりと振り返り、
「………高瀬…殿」
義鷹の名を呼んだ。
義鷹は生唾を飲み込み、侍の顔をじっと見つめる。
侍は顔色ひとつ変えず、
「私の名は向井忠亮」
ただ、それだけを呟き、また静かに歩き始めたのであった。
義鷹はその後、暫くの間立ち止まり、すっかり向井の姿が見えなくなってから歩き始めた。