高校受験と幼なじみの女の子
※短編の課題文より
受験前日そして受験当日
「明日が決戦の日だというのに、無様ね」
「お、おい!!ノックぐらいしろよ!!」
幼なじみで、永遠のライバルである鏡見リンが勝手に俺の部屋に入ってきた。そして、ベッドで寝込んでいる俺の近くまで来て、見下ろしながら言う。
「高校受験の直前に大風邪引いて寝込むなんて、狙ってできることじゃないわ」
「うるっせーーよ!!お前に俺の気持ゴホゴホゴホ……」
豪快に言い返してやろうと思ったが、高熱のせいで立ち上がれず、さらには咳に遮られるという情けなさ。俺の頭上にいるリンは、まるで汚らわしいケダモノでも見るかのような目つきで俺を見やる。まったく何しに来たんだこいつは…。そんなことを思っていた
「今日は慰めに来たんじゃなくて、様子を見に来たの。今週入ってからずっと休んでるから」
そう言って、鞄から休んでいる間に配られたらしい学校のプリント類を取り出し、俺の机の上に置いていく。それも乱雑に。幼なじみな上に家が近いからということで引き受けたのだろうが、その素振りに優しさはみじんも感じない。そして、なにか思いついたようにまたしゃべりだす。
「試験には出るの?見た感じ、無理そうだけど」
「行く。ぜってーー行く」
そう言って、近づいてきたリンめがけて、手を伸ばす。ひっひっひ。完全防備されたマスクをひっぺがして、俺の風邪をうつしてやるのだ。
しかしそのたくらみはあっけなく失敗。リンはひょいとかわしたが、俺の手はだらりとだらしなく垂れ下がった制服のスカーフを引っ張っていた。
「やめろよ変態!!」
腕のあたりをバシッと叩かれ制裁された俺の手は、ヒョロヒョロと弱々しく布団の中に戻っていった。
「お、俺は病人だぞ!!」
「病人の前に一人の変態でしょ!!」
くっ、あっけなく論破される俺。
「……この調子だと、私と同じ高校は無理かもねー」
リンのトーンが急に代わり、真面目モードになった。
「ワンランク上の高校受けたんだっけ?」
「……そうだ。お前との勝負に一度も勝ったことが無いからな」
「それだけの理由で志望校決めたの?」
「何か変か?」
「ばかね~。男ってほんっっっっとにばかで最低で、くだらない生き物」
ヤレヤレといった素振りをしながら呆れたように言う。だから俺は思わず反論したくなった。
「そこまで小馬鹿にすることねえだろうがよ。俺だって俺なりに頑張ってきたつもりなのにヨォ」
そこで一拍おいて俺は続ける。
「思えばお前とは、何をやっても負けてばかりだったな……。勉強も、運動も、ゲームの対戦まで、ありとあらゆる勝負事全てに勝てたことがなかった。だから高校も同じ所に入って、この戦いを続けるんだ」
「勝手にそっちが張り合ってくるんでしょ」
「小さい頃から、見たくもない実力差をまざまざと見せつけられてきた俺の気持ちは……お前にはわからんだろうよ」
近所に同い年の子がリンしかいなくて、何かと一緒に遊ぶ機会が多かった。最初は女の子と遊ぶなんて恥ずかしくて嫌がったものだった。しかし、リンのズカズカと何にでも上がり込んでくる性格に押されて、恥ずかしいとか気にならなくなった。それで仲睦まじい幼なじみの関係で終わるのなら丸く収まったのだが……。
一緒になにかやると、何をやってもリンのほうが上手にこなしていって、いつもいつもこっちは悔しい思いをさせられてきた。勝者のリンにとっては、なんてことない気にも留めない出来事なのだろうけど、負けっぱなしの俺にとってはトラウマとか劣等感を沢山刻みつけられたようなものだ。
「私に勝ったからって何になるわけ? 優越感に浸って、それで終わりじゃないの? そんなことで意地になるなんてくだらないって言ってんの」
口調が荒いというか、どことなくピリッとしてるのは、高校受験のプレッシャーのせいなのだろうか?俺は、前々から思っていたことを口にした。
「最近さ……そういえば、こうやって2人きりで家で遊ぶのって、ずっとなかったよな」
俺はゆっくりとリンの方を見た。そしたら、恥ずかしいのかあからさまに目を逸らした。だから俺は言いたいことを構わず続けることにした。
「中学3年間ずっと同じクラスだったし、ケンカとかして仲悪くなったとかでもないのに、お前との距離が知らず知らずに離れてった気がする。なぜだ? 小学生の頃、2人でよく遊んでいたのが、はるか昔のことのように感じるんだよな……」
「いまさら、小学校の頃の話をされても、ナニ?ってカンジ」
リンのこの返しが、今の俺にはすごく痛々しかった。なんとなく。寂しいっていうか、前は良く一緒に遊んで仲良くやっていたのが当たり前だったのに、中学に上がって、環境が変わっていくと同時に、リンとの幼なじみの関係もお互いが気づかないうちに変わっていたのだった。
「帰る。明日試験だし」
それほど間をおかず、おもむろに立ち上がって俺の部屋から出ていこうとするリンに、俺はたまらず声をかけていた。
「何?」
「あっいや……お疲れ」
「あっそ。じゃね」
バタンと素っ気なく扉は閉まった。
『違う高校に進学しても、俺達一緒だよな?』
去り際に呼び止めて言いたかった言葉。だが言えなかった。言うわけにはいかなかった。それを今言ってしまうと、敗北宣言になってしまうから。あいつの前で、負けを認めるような発言をするのは、俺のプライドが許さなかった。もっとも、あいつは何も気にしないことだろうが、それでも、今一番気にしていることを言えなかった。
受験は明日。まだ結果は出ていない。合格率は絶望的だし、おまけに風邪がひどくて、試験を受けに行けるかどうかも分からない。でも、明日のために俺は俺なりに頑張ってやってきた。
なんだろう。俺が頑張ってきた理由。あいつに勝ちたくて同じ高校を選んだ。その高校は俺の成績では入るのが厳しい。だけどそこを選んだ。
…………!
違う、そうじゃないな。俺は根本的に思い違いをしていた!
あいつに勝ちたくて同じ高校を選んだんじゃなくて、あいつと離れたくなくて同じ高校を選んだんじゃないだろうか。
お笑いなことに、俺はあいつと久しぶりに話してみて、そんな基本的なことに気づいたのだった。しかも、決戦前夜に。
これが世に言う“恋愛感情”なのか?ははは、いや、違う。これはそんなんじゃない。まだ15の子供が恋愛を自覚したり悟ったりするのは勘違いも甚だしい話だ。
リン、俺はふるくさい男か?過去に、思い出の中に生きてるようなダメな男か?
おとなになるために捨てなきゃいけないもの、持ちきれないものを後生大事に抱え込もうとしている俺はみっともないか?
あいつが帰った後、俺はずっとそんなことを考えていた。一時間かそれ以上だろうか……。部屋で一人、悶々と同じことを考えていた。
晩御飯を食べて、風邪薬を飲む。だが、今日に限って寝付けなかった。
PCの電源を入れ、勉強しながら聴いていたネットラジオのページを開き、いつも聴いてる番組を再生する。そしてまたベッドに入り、物思いにふける。
中学校のこと、勉強のこと、受験のこと、友達のこと、そして、あいつのこと。
あいつに、離れ離れになりたくなくて一緒の高校を選んだなんて言ったら、怒るんだろうな。さっきの調子で。
『ばっかじゃないの!?』って、きっと言うんだろう。
だけどダメか?一緒にいたいからという理由は、ダメか?恋とか愛とかそんなんじゃねえけど、この感情は。でも、そういうのに発展する可能性はある。それはそれで、あいつはまた、怒るんだろうけど。
そんなことばっかり考えて、受験前日の夜はふけていった。
――翌日
風邪は一向に治る気配がなく、俺の身体を痛めつけていた。多少無茶をしてでも行くつもりだったが、引かない高熱と、猛烈な喉の痛みと咳のせいで、とてもじゃないが無理だった。
さすがに親にも止められ、学校にも欠席の連絡が行った。俺は、こんな大事な日に、風邪を引いてダメにしてしまった。
はあっと深い溜息を付く。
今日の受験のために、必死になって頑張ってきたのに。なんて……なんてことだ!!
やりきれない気持ちと怒りにさいなまれ、暴れたくなった。しかし、具合がわるいので、それすらもやらせてもらえない。
母さんには「受験失敗しても人生そんなに変わらない」なんて言う慰めの言葉がかけられたが、はっきしいって気休めにもならない。俺が、どんな思いをして、この日のために準備してきたか……。それを思い返すと、本当に、本当に、悔しくてたまらなかった。
表に出て暴動でも起こしてやりたい気分だったが、今の俺には、このクソ忌々しい風邪を治すために寝ることしか出来なかった。昨日寝付けなかったことが幸いし、今日はこれだけ胸糞悪いことがあっても、睡魔に身を任せることが出来た。
ケータイの着信音で目が覚めた。窓の外を見ると、日が傾いて来てて夕方といった感じだった。寝起きで頭がボーっとしていたので、誰からかも確認しないで出た。
「おーい、ゲームしようぜ」
電話から聞こえてきたのは、リンの呑気な声だった。
「お、おう……」
さすがに戸惑ったが、あいつの仕掛けてきた誘いに身を任せることにした。何事もなかったかのように振る舞うのは、全く気を遣ってないと言うと嘘になるが、変な気遣いはしてないだろう、おそらく。
ベッドから身を起こし、ゲーム機の電源を入れる。皮肉なことに、今日一日ふて寝をしたことで、だいぶ体調が回復してきたようだった。……一日遅いんだよ。
「ゾンビハンター」という、ひたすらゾンビを殺害しまくるゲームを、ネット接続して2人協力プレイするモードで遊ぶ。このゲームは、小学生の時、あいつとよく遊んだゲームだ。ちょっと古めのゲームになるのだが、そんなことはどうでも良かった。
ボイスチャット機能を使いながら遊ぶ様は、昔と寸分違わなかった。
「風邪、どう?大丈夫?」
ゲームに夢中になっているとき、不意に聞かれたので、俺はこう答えた。
「元気になったら、またスカーフ引っ張っていい?」
「ゲームの中でも殺されたいか?変態?」
カチャリ……と、俺は銃口を頭に向けられた。もちろんゲームの中での話だ……。そんなやりとりが、ノリが、懐かしかった。
高校受験は失敗してしまって、お先真っ暗でどうしようもないが、なぜだかそれほど不安にはならなかった。そんな不思議な心境に、包まれていた。
自然な会話と丁寧な描写をするように気を使いました。
しかし4000文字を突破してしまったので、後半がまだ雑だと言う心残りがあります。
男女の会話も苦手とのことなので、敢えてそういう内容を考えました。