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短編『親切に付け込まれたのか、恩を仇でかえされたのか、それが問題だ』をお読みにならないとわかりづらいかもしれません。

設定の甘さはお見逃しください。

 近頃宮廷で嘲笑と共に噂されるディクスゴード次期男爵夫人アデラの父親 イクセル・ディクスゴードは、高利貸しだった。

 王都にほど近い地方都市で手広く商売をするイクセルは、金を返し渋る客に対しては容赦なく、アデラに対してはめっぽう甘かった。

 アデラは子宝に恵まれなかった夫婦の間にやっと生まれた一粒種であり、アデラを産んですぐに亡くなった妻の忘れ形見でもあった。甘くなるのも当然といえる。

 だが仕事で忙しいイクセルはアデラを構う時間がほとんど取れず、仕方なしに育児を使用人に任せていたが、時折仕事を早めに切り上げてきては小さなアデラのお願いをきくことでアデラを愛しんでいた。


 ある時、小さなアデラが体調を崩した。

 とはいっても幼児のことだ、発熱はしょっちゅうだしいろいろな病気にもかかる。

 普段であれば愛おしいアデラの苦しんでいる姿に胸を痛ませながらも仕事に行くイクセルであったが、このときは玉のような汗をかくアデラになにか不吉なものを感じて自ら病院に連れて行った。

 医者はアデラの様子をくまなく診つつイクセルにしつこいくらいの問診をした。

「毒の可能性があります」

 淡々と告げられた診断にイクセルは計り知れない衝撃を受ける。

 高利貸しという職業上、どうしても恨まれることは多い。

 金を借りたいから借りる、貸すことで利益があるからこそ貸す。

 単純明快な話だというのに人というものはえげつない、金を借りるときはぺこぺこと馬鹿の様に下でに出るが、いざ流質期限が迫り金を返すように迫ると手のひらを返す。

 そして自分の身から出た錆びをすべて高利貸しであるイクセルに当然のごとく投げつけるのだ。

「自分は悪くない」「返せないと分かっていて貸す奴が悪い」「あれは家宝だ、金はないが返してくれ」「ない金をむしり取ろうとする、お前は悪魔だ」「お前に情はないのか。心臓がからっぽで中には俺たちから巻き上げた金だけがはいっているのだろう」「今金を返せば今日の飯がない。俺たちに死ねというのか」

 情で訴え、情けで流質を免除してもらおうとする浅ましさ。

 無様な姿を晒して見逃してもらおうとしている輩の下心が見え隠れして、イクセルは相手が激高するほど冷えていく。

 動かないイクセルに相手がとる手段はいつもひとつ。

 己の不甲斐なさを棚に上げ、淡々と商売をしているイクセルを怨み、悪者にしたてあげて世間の同情をかうのだ。

 赤い血が流れない金の亡者ディクスゴード。

 いつしかそう呼ばれるようになった。

 そしてその名が通るころから、街を歩けばかなりの確率で罵り声が上がり、店を訪ねれば門前払い、子供たちからは石を投げられ、ご婦人方などまるで汚いものでも見るように顔を引きつらせてそっぽを向く。

 堅実な商売をしているイクセルにしてみれば理不尽この上ないが、流れた噂を挽回することは難しい。

 仕方がないと割り切るしかなかった。

 だが、家族は違う。

 愛妻を亡くし、残された家族はアデラ一人きり。

 イクセルは自分の身よりも屋敷に一人残しているアデラに心を砕いた。

 雇い入れている使用人たちはみなきちんとした紹介状を持参していたし、雇う際には必ず身元調査を行い三親等までイクセルの商売にかかわったことがないか確認をした。

 小さなアデラには専用のナニーを付け、いつでもそばに大人がいるようにもした。

 外で遊ぶべき小さな子供を中庭にすら外出禁止にしたのは営利誘拐を恐れてだ。

 そこまでしたというのに、まだ足りなかったのか。

 一度懐に入れた者を疑いたくはなかったがもうそれは許されない。

 イクセルはアデルの容体が落ち着くのを待たずに少しでも疑いのある使用人に暇を出した。


 もともと高利貸しの家に奉公したがる酔狂な人間などいない。

 悪名高いイクセルの家ならばなおのこと。

 募集をかけても集まってくるのは一癖も二癖もあるようなものばかりで頭を悩ますこととなったが、背に腹は代えられない。

 何とか人数を揃えることができたとき、予期せぬ幸運がイクセルに訪れた。

 男爵位を質草に、男が店にやってきたのだ。

 男爵は辺境と言われる国の南西に位置するアルメアン領を統治していたが、経営破綻を起こしどうしても金がいるとのこと。

 王都でもない街にやってきたのは領地民や他の貴族に知られたくないただその一心だったようだったが、胡散臭さに鼻がもげそうなほどだった。

 アルメアン領といえば確かに国の中心部から外れ辺境扱いだが、肥沃な土地に恵まれ裕福な穀物地帯だ。

 その上ここ数年天候にも恵まれて穀物収穫量は安定、経営破綻を起こすほどの借金などよほどのことがない限りできるはずもない。

 当たり前のことを指摘すると目に見えて青くなった男爵だったが、それでも借金を申し出てくる。

 質草は確かなものだし、返せる当てもある。

 胡散臭いと分かりながらも断る理由が思いつかないイクセルは契約書とペンを男爵に差し出して借り入れる際の注意事項を説明した。

 イクセルの勘は当たっていた。

 男爵は豊富な資金をもとに賭け事と女に入れあげていたのだ。

 調べたところ、女には王都内に屋敷を買い与え、週に一度は仕立て屋と小物屋を呼びつけて豪奢な衣装に袖を通させ、宝飾品で飾らせる。そのまま連れ立って行くのは決まって賭博場だった。

 賭博場ではビギナーズラックから勝つことに快感を覚え執着しだしたが、四対三という微妙な負け越しをさせられているとも気づかないほどの間抜けっぷり。

 それでも勝てば女も男爵にしな垂れかかり、その夜は最高のものになると杯を空けるたびに笑っていた姿が逆に嗤いを誘っていることに気づかない。

 膨れ上がっていく借金に気が付いたのはいつなのか。

 元締めに呼び出されて締め上げられたときだったのか、それとも金払いが悪くなってきたと女がさっさと男爵に見切りをつけて屋敷を売り払いどこかに逃げたときなのか。

 領民から税をしぼりとることなどできない気弱で実直な男爵は、最後にイクセルにたどり着いたようだった。

 今年の収穫量による、か。

 男爵位があれば貴族に食い込むことも可能だろう。

 イクセルが男爵となれば辛い思いばかりを強いさせているアデラに、少しばかり人生に有利な道を開かしてやれるかもしれない。

 イクセルは晴れ渡る空を見上げながら、生まれて初めて初めて人の不幸を願った。


 願いは、通じた。


 収穫前のアルメアン領に記録的な豪雨による被害がもたらされたのだ。

 穀物は根元から腐り、木々は実りを地へと落とす。

 流質の期限が迫り、男爵は期限を一年待ってもらえないかと懇願したが、それは無理な相談だった。

 農業地帯というのは天候に全てが左右される。

 去年実りが良かったとはいえ、蓄えがなければこの冬を乗り越えるだけの力はないだろう。

 よい領主であるならば豊作の時に貯蔵できるものは貯蔵し、できないものは現金に換え、不作の年に供えるものだが、女と賭博にうつつを抜かした男爵には望めない。

 簡単には返せないだけの借金を背負い、返せる見通しが無くなって、それどころか冬を越すために更なる借金を背負わなければならくなったというのになぜまだ来年には返せるといいきれるのか。

 領民がこの冬生き残るために金策をしないといけないはずの領主は、己の欲望で膨らませた借金に首を絞めたのだ。

 貴族院で爵位の譲渡手続きをする男爵の背中に、貴族の威厳などひとかけらも見受けられなかった。


「さあ、お姫様。我が領地に向かおうか」

「なあに、お父さん。りょうちってなあに」

「アデラが外で遊べるところだよ。くるくる回ったって、走ったって、大きな声で歌を歌ったっていいところだよ」

「ほんとう?お父さん。じゃあもう窓の向こうばかり見て、路地を走っている子たちにいーだってしなくったっていいの?あの子たちみたいにみんなと笑って遊べるの?」

「……アデラ」

 嬉しそうに瞳を輝かせ、頬をピンクに染めているアデラはやったやったとぴょんぴょんと部屋中を跳ね回っている。

 どれほどアデラに窮屈な思いをさせていたのか目の当たりにしたようで、イクセルは小さなアデラにそれ以上何も言うことができなかった。


 アルメアン領までの道のりはとても楽しいものだった。

 初めての遠出によほど嬉しかったのか、アデラは馬車の窓から顔を出す勢いで流れていく景色を見続けていたし、イクセルは一つひとつに感嘆の声を上げるアデラが愛おしくてたまらなかった。

 ところが領内に入って高揚した気分は一転する。

 疲れ切った顔で田畑を耕す人々から馬車に、ひいてはイクセルに向けられる視線が非難と不満で満ちていたのだ。

 前領主がどれほど領民に慕われていたのか調査はしていて知ってはいたイクセルだったが、まさかこれほどと自分に非難が寄せられるとは思っていなかった。

 屋敷に入ると出迎えた執事に丁寧な挨拶を受けたあと耳打ちされた話に、イクセルは合点がいったと口元を歪めた。

 前領主がなぜ借金を背負い、期日になっても返金できずに男爵位をイクセルに譲渡したのか。

 真実は語られず、豪雨による土砂災害と深刻な穀物被害ででた赤字を補填するためにこれしか方法がなかったのだと、前領主の放蕩は綺麗に隠され都合のいいように流布されていたものだから、これから領を治めていくイクセルにとっては頭が痛い話だった。 

 事実、屋敷の中を見渡してみれば、前男爵を慕う使用人たちは皆屋敷を去り、残されたものは帰るあてのない者か少数の真実を知る者だった。

 屋敷の広間に集まった使用人たちを見回して、イクセルは腹をくくった。

 真実を知る執事と家令にアデラの教育に相応しい人を見繕うに指示を出すと、早速山積みされた帳簿を開く。

 眼を覆いたくなるほどでたらめに改ざんされていた帳簿は役に立たず、前段階の書類を漁る日々が続く。

 借金だらけの領地を、それも初めから負の感情しか向けない領民付きで手に入れたのだ、忙殺されても仕方がない。

 机の向こう側からアデラの一日の様子を話す家令に頷くと、手前の書類から一つの束を取り出して読み始めた。

 アデラの顔を見れるのは、アデラが深く寝入ってからしかできなかった。


 月日は流れ、イクセルの茶色の髪に白いものが目立ち始め、アデラは少しお転婆だけれど美しいと評判の娘になっていた。

 前領主を追い出したイクセルと違い、幼かったアデラは気のよい領民たちに受け入れられていた。

 というよりも、領民たちが自分たちの子に「親が誰であろうとその子供には関係がない、自分が良いと思ったら友人になれ」と教えていたせいだろう。

 もともと同年代と遊んだこともしゃべったこともないアデラだったが、誰かと遊びたいという思いはずっとあったせいで必死になって領民の子供たちに喰らいつく。

 あまりの必死さに初めは疎ましがっていた子供たちも次第に根負けしたのか受け入れるようになったというのが真実だが。

 貴族の子女のくせに領民を見下すわけでもなく、それどころか子供たちと共に悪ふざけも平気でやり、一緒になって大人たちに叱られる。

 綺麗なドレスを纏っていても、やることはなんら平民と変わらない娘。

 アデラの人気は前男爵を追い出したイクセルをはるかに凌いでいた。

 家令の報告はどこまでもアデラに優しかった。

「アデラ様は本日は経済学をお学びでした。教師も舌を巻くほどの呑み込みの早さで先が楽しみだと教師もいっておりました。昼からは領地の視察においででした。領民からはかなり慕われていおいでのようで、領民が親しげに話しかけておりました」

 幼かった頃、薄暗い屋敷の中で誰とも遊べずに息を殺すように過ごしていたアデラはもういない。

 イクセルは報告に満足した。

 それが間違いだと気づいたのは貴族のしきたりを実地で学ばせようと入学させた格式あるエイデン校で、問題があると指摘されたからだ。

 成績には全く問題はないが、上下関係を理解しようとしない。人の足並みを乱し和を壊す。

 そんなはずはない、と初めは訝しんだイクセルだったが、学校からの定期的な連絡で同じことを書かれ続ければそれは間違いではないのだろうと頭を抱えた。

 厳しい指導を願いますと認めて投函した手紙に、なぜだか一抹の不安を覚えた。

 それは小さなアデラが毒を含まされた時に感じたものによく似ていたが、まさかと頭を振った。

 だが不安はやはり的中する。

 学園が長期休暇に入る前に、アデラから一通の手紙が届いた。

『逢わせたい人がいます』

 父の健康を気遣う優しい言葉の後に書かれてあったその文字に、小さなアデラはもういないのだなと感慨深く思ったイクセルだったが、同時にこちらの予定を確認せずに連れてくる相手の都合のみを重視し、滞在する日程をすでに決めていたことに不信を持った。

 アデラのことだから身元の確かな人間しか連れてこないだろうことはわかっていても、この強引なやり方に愛娘といえど叱らねばならないなとため息をついた。

 ほどなくしてやってきたのは上位貴族であるバーリクヴィスト伯爵家の子息、アーロン・バーリクヴィストだった。

 これにはイクセルも驚いた。

 上位貴族とはこのようなものなのか。

 こちらが成り上がりの男爵だからとなめているのか。

 ようこそお越しくださいましたと口先で挨拶をすれば、アーロンは不遜な上位貴族の子息らしくなく、イクセルが下位だということを忘れそうなほど礼儀正しくこちらの都合を聞かずにやってきたことを詫び入れてくる。

 アデラもすかさず援護する。

「私が来てほしいと願ったから来てくださったのよ。彼はきちんと手順を踏まないとといっていたのだけれど」

「実際のところ、こうやって予定も伺わずに訪ねたのだから非はこちらにあるだろう?」

 二人のやり取りは初々しい恋人同士として微笑ましく見ていられた。

 多少礼儀を反したからといってなんだというのだ。

 二人の年齢から言えばまだまだこれから伸びしろがある、大目にみてもよいところだ。

 そう己を納得させて、執事に宿泊する部屋まで案内をさせた。 

 だが違和感は否めない。

 好感が持てる男、だのに妙にそらぞらしい。

 イクセルはこの時の自分の勘に従わなかったことを後々後悔することとなる。


 アーロンと知り合ってからのイクセルは、なぜだか胸に不安を抱くことが増えた。

 事業面ではこれ以上に無いほど順風満帆だが、どうしてかそれを素直に喜べない自分がいる。

 天候も穏やかで、今年も例年、いやそれ以上の収穫量を誇るだろうと予想される。

 アルメアン領の財政も、イクセル個人の資産も右肩上がりで上がっていく。

 まったくもって喜ばし限りであるというのに、不安感が拭えないのはなぜか。

 それに。

 本来伯爵と男爵では爵位の違いから婚姻関係を結ぼうとするとなにかしらの軋轢が生じると言われているというのに、両家間では全く起こらず婚姻話も驚くほどスムーズに進んでいる。

 アーロンという人物、もしくはバーリクヴィスト伯爵家に関して調べても、真っ白とはいえないまでも決して黒くはなく、バークリヴィスト家の事業も順調、アーロンは成績優秀で学年で表彰されるくらいだった。

 どこにもおかしなところがない。

 それが逆におかしいのだと、イクセルの勘は告げていた。


「アデラ、結婚式に呼びたい友人はいないのかい」

「一人だけいるけれど、受けてくれるかどうかわからないわ」

 まさか、おめでたい席に呼ばれて来ないものなどいないだろう。

 花嫁側の席に誰もいないなどと恥ずかしいことはできない。

 イクセルはアデラが呼びたいと言っていた友人の名を聞き出して、招待状を送った。




誤字訂正 感→勘

     怒らず→起こらず

     恋人どおし→恋人同士


ご指導くださり、ありがとうございました。

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