5,幼女、初めての葛藤
カップヤキソバのお湯を捨てたら麺がお亡くなりになった。
これだからペヤングは。
視界いっぱいに広がる数々の武器。
大剣、大槌、大斧、大杖、長槍、短剣、曲剣、刺突剣etc.etc.……。
拳銃や空対地ミサイルなどの現代武器や兵器ではない、ファンタジーならではのキラキラ光る武器たち。
ロマンの塊がそこに詰まっていた。
光と一緒に刃に映る幼女が一人。
武器と同様に目をキラキラと輝かせ、しっぽは犬のようにぶんぶん揺れている。
「…………すごい」
ブレンダさんに対して唐突に起きた拒絶反応に、身を震わせながら、逃げるように街に入った俺はいま、武器屋にいる。
ライアはゴブリンの耳を精算中で、俺はライアに保育園よろしく『ここで私が来るまでいい子でまってなさいね』と、放り投げられたわけだ。
なぜ拒絶反応なんて出たのだろうか?
もしかして、あれが女性のみが感知できる未知の領域『男のいやらしい視線』ってやつなのか。
あんなものを女性は日常的に浴びているというのか。
どうして普通にしていられるのか理解が及ばない。
おぞましい。
剣に反射されて映る自分の顔をもう一度よく見つめる。
「……どう見ても女の子」
そうだ、女になったんだ。
今更だが、性別の違いとは恐ろしい。
だって俺は、男の体で育ち、男の心で生きてきた。
それがいきなり女の体になったのだ。
天然物の性同ではない。
普通なら、心の葛藤があると思う。
男の心のまま女として生きるか、男の心を捨てて身も心も女として生きるかの葛藤だ。
そもそもが、葛藤とは心の中に相反する欲求が同時に起こり、そのどちらを選ぶか迷うことをいう。
俺がなぜ、これまで葛藤していなかったのかは、リリコットたんを演じると決め、女であることを男のまま受け入れていたからだ。
でも、ここで受け入れられない現実が挑んできた。
ブレンダさんは後五年成長したら、といっていた。
ということは、成長するということなのだろう。
今のこの二次成長前な幼女から、大人の女性へと。
そうなると、『女性としての男性に対する問題』が遠からず起こることになり、『リリコットたんを演じる』以上は、受け入れなければならない。
受け入れる?
誰が?
俺が?
男を?
そんなの答えは決まってる。
「………………無理だ」
もちろん、リリコットたんを演じることは無理じゃない。
でも、俺に女を演じることはできないらしい。
だってそうだろう?
視線一つで、こんなにも心が拒絶しているのだから。
「二次元だったらよかったのに。二次元なら今頃相良和也に付き従……っ…………て」
顔から血の気が引いていく。
そうだ、この世界は三次元。
二次元じゃない、現実だ。
であるならば、リリコットたんと俺がボディーチェンジしたら、リリコットたん(中身俺)が二次元で、俺(中身リリコットたん)が三次元にいなければならない。
そして、俺はリリコットとなって、相良和也が操るプレイヤーキャラクターの使い魔じゃないとおかしい。
しかし、俺を召喚したのはライアで、マスターになったのもライアだ。
これはおかしい、辻褄が合わない。
もしかして、リリコットたんも俺の体でこの世界にいるのでは?
なんのスペックもない、デブでブサイクな体で、この厳しい世界に……?
急に俺の体になって、苦しんでるんじゃ?
誰かに助けを求めてるんじゃ?
俺のせいで…………?
「…………体を返そう」
もし、リリコットたんがいるかもしれないなら、探そう。
いないなら、それが一番いい。
体を返す方法がわからないから、それも探そう。
それまで、精一杯、演じよう。
そうと決めたら、こんな情けない顔じゃダメだな!
どれ、一発可愛いポーズでも決めて気分を盛り上げよう!
可愛いポーズってなんだろうなー。
うーむ、両頬を手で挟んで、内股にして、はにかんだ感じで微笑んで……声も出した方がいいかな……。
剣にむかっていっせーのーせ!
「…………えへへ」
「あらかわゆい。何かいいことでもあったの?」
「…………!?」
ライアが、背後にいた。
そして、見られた。
Q,何を? A,かわゆいポーズを。
「まままま、ますたー。ここ、これはですね」
「あら、いいじゃない。全然笑わないから心配してたのよ?」
不覚!
一生の恥!
顔が熱い!
冷静になれ、クールだ。クールになるんだ。
「さぁ、マスターの武器を見にいきましょう」
「ふふっ。はいはい」
なにやら、ライアがニヤニヤとしているが、いったいどうしたのだろうか?
どうやら、清算は無事に終えたらしく、ライアの手には白い布袋が握られている。
ならば、ライアの武器を買ってしまおう。
ゴブリンだけ狩り続けるわけにはいかないし、そうなるとライアの戦力が必要だ。
武器さえあれば、ライアも戦える。
もっとも、ウィザードが槍装備してる変な人に見えるだろうが。
俺はライアの手を引いて槍のコーナーへと先導した。
なお、早歩きなのは恥ずかしいからではない。
ないったらない。
「ここです。マスターはどの槍にするのですか?」
「うーん、どれにしようかなぁ」
コーナーにはおびただしい量の槍が立てかけられている。
そこで、少しだけ紹介していこうと思う。
『ショートスピア』
日本で素槍と呼ばれる基本的な槍。
余分なものはいっさいついてなく、全体的にすっきりしている。
穂は鋭く、両手持ちで使用する。
『コルセスカ』
穂以外はショートスピアと変わらないが、最大の特徴は穂にある。
一本の細長い穂がついており、その根元には翼のように二本の突起が生えている。
斬撃を突起で防いだり受け流すことも可能で、その長い穂は刺さったまま抜けないなどの事故も防ぐ。
『トライデント』
形状はコルセスカと似ているが、こちらは突起ではなく、フォークのように3本の刃がついている。
三本も刃があるのは命中率の向上のためである。
さすがに、普通のコーナーにユニーク武器はないみたいだが、それでも本物は迫力がある。
そこでふと、一山いくらの中古置き場で、乱雑に置かれている一本の槍に俺は目が釘付けになった。
「…………あれは」
そこには、俺がボディーチェンジチケットを使う前に売り払った『雷槍エレクトロン』が、ボロボロの姿になって置かれていた。
『雷槍エレクトロン』
英雄エレクトロンは、渇欲を司る龍王シュラムに破れた。残ったのは、彼が相棒としたその槍だけだった。
ドラハンの設定ではこんな感じだ。
なぜ、こんなゴミ捨て場にあるのか。
ユニークでもないそこらへんの槍よりは断然いい槍だ。
というのも、例えボロボロでも雷属性はついているはずなのだ。
俺はライアのローブの端をくいくい引っ張った。
身長差があるからであって、決してあざとくはない。
ないんだ。
「マスター、あの槍にするべきです」
その後、ボロボロだから嫌というライアをなんとか説得し、俺は機嫌よく武器屋を去った。